公開日:令和8年9月10日
1.題材:「入間基地での初めての訓示」(平成26年8月29日)
一言にまとめると、『変わるべきものを変え、受け継ぐべきものを受け継ぐ。』
2.要約
平成26年8月29日、航空支援集団司令官として入間基地の隷下部隊を初度視察した。
入間基地は、私が昭和56年、幹部候補生学校を卒業した直後に配置された初任地でもある。当時はまだ航空支援集団という組織は存在せず、その後、組織改編や国際平和協力活動への参加など、航空自衛隊を取り巻く環境とともに、その任務・活動は大きく変化していった。
若い幹部として勤務した思い出の基地を、33年後、編合部隊指揮官の立場で視察し、時代とともに変化してきた部隊の姿を目の当たりにした。
一方で、時代や装備、任務が変わっても、任務に対する責任感や誇りなど、組織として受け継ぐべきものがある。
この訓示では、入間基地との個人的な縁を振り返りながら、変化する組織を率いる上で大切にしていた考えを伝えた。
3.当時の背景
私にとって入間基地は、昭和56年9月、幹部候補生学校を卒業した直後の初任地であった。
第1高射群第4高射隊に配置され、当時の高射部隊はナイキシステムを保有していた。また我が国が北方におけるソ連の脅威を強く意識していた時代でもあった。
当時、航空支援集団はまだ存在していなかった。入間基地には、輸送航空団隷下の第2輸送航空隊、保安管制気象団隷下の飛行管理隊、入間管制隊、入間気象隊、飛行点検隊などが所在していた。
その後、それらの組織は航空支援集団へと改編され、さらに国際平和協力活動に参画するなど、その任務・活動は安全保障環境の変化とともに大きく変貌していった。
若い幹部として勤務した基地に、今度は航空支援集団司令官として戻り、そこに所在する実績ある部隊を直接指揮することになったことには、特別な感慨があった。
4.「指揮官の言葉」― 訓示原文
航空支援集団司令官 入間基地初度視察訓示
平成26年8月29日
入間基地に所属する隷下部隊の諸官、本日の視察及びこれまでの準備、ご苦労様。そして航空支援集団の任務遂行に昼夜を問わず精励努力していることに対して心から敬意を表したい。
私にとって、入間基地は昭和56年9月、幹部候補生学校を卒業した直後の初任地である。第1高射群第4高射隊に配置になり、当時、高射部隊はナイキシステムを保有、そして我が国は北方においてソ連の脅威を肌で感じていた時代であった。
当時は航空支援集団は存在せず、輸送航空団隷下の第2輸送航空隊及び保安管制気象団隷下の飛行管理隊、入間管制隊、入間気象隊、飛行点検隊があった。
それから10年の月日を待つことなく、航空支援集団として改編され、そのわずか4年後には国際平和協力活動に初めて参画するなど、支援集団は任務・活動において情勢の変化とともに大きく変貌を遂げていくのである。
さて、本日の初度視察を通じて諸官の部隊にそれぞれ期待することは個別に述べたところであるので、ここでは私の認識のほどを総括する。
まず第2輸送航空隊については、C-1の減勢管理を適正に実施しながら、昨今では国内空輸のみならず国外運航の任を担う勢いを有している。
飛行管理隊にあっては、主に中空エリアの飛行管理並びにFADPの維持管理において、それぞれ安定した業務を推進している。
入間管制隊は、関係部隊と連携した上で多種多様な航空機のきめ細かい航空管制及びターミナル管制の各種業務を的確に実施している。
入間気象隊は、いわゆる方面気象隊として中空関係部隊に適時気象状況を提供しつつ、新潟救難隊の任務支援についても抜け目なく実施している。
飛行点検隊においては、保有機の可動率の最大確保を図りながら、陸・海・空が管理する航空保安無線施設等の飛行点検を実施。本年には初の国外任務も遂行している。
こうした実績ある入間所在の隷下部隊を、今般私が直接指揮するに至ったことは誠に光栄なことであり、心から感謝する次第である。
【編集注】
この後、訓示では、就任時に示した三つの統率方針、
「変化への適応」
「矜恃の保持」
「改善と自律の追求」
について説明しています。
これらは他の初度視察においても共通して伝えた内容であるため、本シリーズでは重複を避け、基本的な説明部分を割愛します。
三つの統率方針の詳細については、「指揮官の言葉」元航空支援集団司令官シリーズ Vol.2をご覧ください。
ただし、この入間基地での訓示において、私が「変化への適応」について述べた次の言葉は、この日の訓示全体を象徴するものとして、ここに改めて記しておきたい。
「過去の成功体験にこだわることなく、時代の要求、情勢の変化等に敏感に反応し、先見性を持って変革することを恐れてはならない。」
そして、
「伝統とは、変革、改革、改善の積み重ねである。」
5.この訓示で真に伝えたかったこと
第一は、組織は変わり続けなければならないということである。
私が若い幹部として入間基地に勤務していた時代と、航空支援集団司令官として戻ってきた時代とでは、組織、装備、任務、そして我が国を取り巻く安全保障環境は大きく変わっていた。
過去の成功体験にとらわれ、これまでのやり方を守ることだけでは、新しい任務や環境には対応できない。
第二は、変革と伝統は対立するものではないということである。
伝統とは、昔からのやり方をそのまま守り続けることではない。先人たちが、その時々の環境に適応するために行ってきた変革、改革、改善の積み重ねが、やがて組織の伝統になる。
そして第三は、変化する中でも、守り続けなければならないものがあるということである。
それが、任務に対する責任感、プロフェッショナルとしての誇り、そして自ら考え行動する姿勢である。
6.今振り返って
昭和56年、幹部候補生学校を卒業したばかりの若い幹部として入間基地に赴任した時、後に自分が航空支援集団司令官として、この基地に戻ってくることなど想像もしていなかった。
その間、冷戦が終わり、自衛隊を取り巻く安全保障環境も、航空自衛隊に求められる任務も大きく変化した。
装備も変わり、組織も変わり、活動する地域も国内から国外へと広がっていった。
しかし、振り返ってみると、その変化を実際に支えてきたのは、各時代の現場にいた一人ひとりの隊員であったと思う。
指揮官が示す方針やビジョンだけで組織が変わるわけではない。
現場の隊員が、その意味を理解し、自ら考え、改善し、それぞれの持ち場で行動する。その積み重ねによって、初めて組織は変化することができる。
「伝統とは、変革、改革、改善の積み重ねである。」
今振り返っても、この考えは変わらない。
7.現代へのメッセージ(第三者の視点から)
この訓示で印象的なのは、「伝統」と「変革」を反対のものとして捉えていないことです。
長く続いている組織ほど、「これまでこうしてきた」という成功体験を持っています。それは組織の強みである一方、環境が変化した時には、新しい発想や行動を妨げる要因にもなり得ます。
だからといって、過去を否定して新しいものに置き換えればよいわけでもありません。
重要なのは、
何を守り、何を変えるのか。
その判断を繰り返すことです。
入間基地で若い幹部として勤務した時代から33年。組織も装備も任務も大きく変わりました。
しかし、その変化自体が、それぞれの時代の隊員たちによる改善と挑戦の積み重ねだったと考えれば、
「伝統とは、変革、改革、改善の積み重ねである」
という言葉の意味がより明確になります。
これは自衛隊だけではありません。
企業、行政、大学など、歴史を持つあらゆる組織にとって、「伝統を守る」とは何を意味するのかを考えさせる言葉だと思います。
8.読者への問い
あなたの組織には、「守るべき伝統」と「変えるべき慣行」がありませんか。
そして、
10年後、それを「良い伝統」として次の世代に残すために、あなた自身が今、改善できることは何でしょうか。