ASPI航空宇宙戦力研究所

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寄稿文

不足は年間4万人、米軍リクルート危機の背景に「国民の信頼低下」と「政治利用」


荒木淳一(元航空教育集団司令官)


 50年前に徴兵制を撤廃した米軍で、入隊志願者の減少が続き「志願制の危機」が懸念される。採用数が米軍全体で約4万人不足している現状が戦闘力低下に直結するとは言えないが、好景気下の人手不足に加え、入隊基準を満たす若者の減少、新型コロナ禍による対面リクルート活動の中断といった複合要因の根は深い。背景にあるのは軍への米国民の信頼低下と、それを加速しかねない党派対立による「軍の政治利用」の悪影響だ。


  

 米国において軍のリクルート危機が大きな問題となっている。2023年度(米会計年度、以下同じ)において新規採用目標数を達成できたのは海兵隊と創設5年目の宇宙軍だけであった。その他の軍種はほぼ全ての区分で採用目標数を達成できず、ここ数年、厳しいリクルート状況が続いている。

 2024年度の国防授権法においては、米軍の最終兵力レベルである現役兵の数が128万4500人に縮小するとの見通しが示されている。過去3年で約6万5000人も減少しており、第二次世界大戦の兵力規模を下回る見込みであることを懸念する報道がある。ロシアのウクライナ侵略の継続やイスラエルとハマスの紛争に伴う中東情勢の不安定化に加えて、核・弾道ミサイル開発を進める北朝鮮や武力による台湾統一を放棄せず既存秩序に挑戦し続ける中国など、厳しさを増す国際安全保障環境等を背景として、米軍のリクルート危機に対する関心が高まっている。また、米国においては1973年に徴兵制が撤廃され、現在の全志願兵制(All-Volunteer Forces System、以降は「志願制」と言う)に移行して50年の節目を迎えたこともあって、米軍のリクルート危機により一層の脚光が当たっている。

 

2年で5%減少した陸軍の現役兵力

 米軍のリクルート危機は、軍種や採用区分(将校、下士官等)によって状況は異なるが、総じて厳しい状況にある。中でも陸軍のリクルート状況は最も厳しいものとなっている。2022年度、陸軍は約1万5000人(目標の25%)の現役兵を採用できず、最終兵力計画を47万6000人から46万6000人に削減せざるを得なかった。2023年度は目標数に約1万人届かなかった。単純計算ではあるが、陸軍の現役兵力が僅か2年で5%も減少し、最終兵力数が更に減少する可能性もある。

 空軍は、2022年度はかろうじて将校の採用目標数を達成したものの、現役の下士官採用目標は1999年以来初めて未達成となった。2023年度は将校・下士官を合わせた目標数約2万6900を2500人以上下回った。海軍は、陸軍ほどではないが厳しい状況にあることに変わりはない。2022年度に海軍は将校・下士官共に採用目標数を約20%下回り、2023年度も現役下士官の目標数約3万7000人に対して約7000人も下回っている。

 これに対して目標数を達成したとされる宇宙軍、海兵隊のリクルート事情が好調なわけではない。(陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊に次ぐ)第6番目の軍種として2019年に独立した宇宙軍は、兵力規模の当面の目標が約1万8000人と小規模であること、他の軍種から移籍する兵士を主体に宇宙軍を建設する途上にあること、従って毎年の新規採用目標数が約1000人程度(うち約半数は他軍種からの転属)と少ないことから、厳しいリクルート事情が顕在化していないだけである。他方で、海兵隊はトータルの戦力規模がとであることに加えて、海兵隊コミュニティの強い絆を最大限活かした独自の取り組みを進めている。しかし、かろうじて採用目標数を達成している状況であり、2023年度は現役入隊者、予備役将校、下士官の目標数を数名から数十名超えたギリギリの達成状況であった。

 

理由は「好景気の人手不足」だけではない

 米国社会は一般的に軍に対する信頼が厚く、軍人に対する尊敬の念が強いと言われる。何故、その様な米国において軍のリクルート危機が生じているのであろうか。その答えを見いだすのは決して容易ではない。様々な要因が複雑にかつ多層的に絡み合い、短期的、中・長期的な影響を及ぼし合っているからである。

 最も分かり易い要因として指摘されるのは、強い米国経済とそれを反映した労働市場の現状である。最近の米国の失業率は3.9%前後の低位で落ち着いており、多くの企業が賃金を引き上げ優秀な人材を引き付けるために魅力的なインセンティブを提供することに鎬を削っている。若者にとって職業の選択肢が増えたことに加え、年俸数万ドルの兵役に就くことが必ずしも若者の目に魅力的に映らないこと等が指摘されている。

 次に指摘されるのがCOVID-19のパンデミックによる短期的な影響である。COVID-19によって各軍のリクルーターが最も頼りにし、成果を挙げてきた対面でのリクルート活動、すなわち直接顔を合わせてコミュニケーションを取る機会が殆ど無くなってしまったことの影響である。学校が閉鎖され、リモート授業になったことに起因すると思われる肥満率の増加や学力の低下も影響している。軍隊の入隊試験の平均点数はパンデミック前から9%も低下し、身体検査で不適格の理由となる肥満率が19歳以下の世代で19%から22%に増えたとされる。17歳から24歳のアメリカ人のうち、約23%しか兵役の資格基準を満たさないという国防総省の調査結果がある。太りすぎ、過去の薬物使用、精神的・身体的な健康問題等が主要な不適格の事由である。

 1997年から2012年生まれの所謂「Z世代」と呼ばれる若者の人生や仕事に対する見方や価値観の変化が兵役希望者の減少に繋がっているとの見方もある。インターネット時代に育った彼らは「手っ取り早い満足」を得ることに慣れており、厳しい訓練や長年にわたるスキルトレーニングが必要な軍での仕事に魅力を感じなくなっている。加えてSNS上で氾濫する真偽不明の情報に左右されやすく、軍事組織に関するステレオタイプの批判や中傷に影響を受け易い。兵役に就くことに関心がある若者の数は、パンデミック前でも僅か13%と低かったが、2022年には9%に減少するなど減少傾向が続いている。加えて、若者に兵役を薦める軍関係者や家族の割合が減少傾向にあることも影響している。自分の大切な人に兵役を薦める軍人やその家族の割合が、2019年に75%であったものが2021年には63%弱まで低下している。一般のアメリカ人の内、家族や友人に軍隊に入ることを薦める人は約50%であり、33%は薦めないという調査結果もある。また、親や家族が兵役に就いている若いアメリカ人の割合は13%であり、1995年の40%から大きく減少している。

 

軍への信頼低下を招いたアフガン撤退

 このような状況に至った背景的要因として指摘されるのは、米国社会における軍隊という組織に対する信頼の低下である。ギャラップ社の調査によるとアメリカ人の(警察などを含む)に対する信頼度は大きく低下しており、過去最低の27%となっている。その中で調査回答者の64%は軍への信頼を表明しており、依然として軍に対する信頼は高い。しかし、その度合いは減少傾向にあり、1997年以来、最低の数字であるとされる。別な調査によると米軍への信頼が、2018年の70%から2021年には45%まで下がっている。

 何故、このように米国社会における軍に対する信頼が低下し続けているのであろうか。最近の事由としてアフガニスタンからの米軍撤退を指摘する意見もある。9.11同時多発テロ以降、約20年にわたって米軍が取り組んできた「テロとの戦い」は2021年のアフガニスタン撤退で終了した。この間、米軍兵士が7000人以上死亡し、現地で90万人を超える犠牲者が出ている。8兆ドル近い戦費を費やしながら、民主主義制度の構築も復興も果たせないまま、結局タリバンが国を支配する現状は、軍事的な失敗の結果と捉えられがちである。戦いに勝利するという軍の存在意義を果たせず、政治目的も達成できなかったことから、軍隊並びにその指導者に対する信頼が著しく損なわれたという意見がある。

 加えて最近特に顕著になってきている共和党と民主党の党派間の争いが軍に対する信頼に影響しているとの指摘もある。超党派として扱うべき軍に関わる問題を政治的に利用する動きが、政治不信につながるのみならず、軍に対する信頼を低下させる間接的要因になっているとの指摘もある。

 また、米軍における様々なハラスメント事案や性的暴行事案等も、軍への不信感を募らせる要因となっている。2021年の調査では16歳から24歳のアメリカ人の30%がセクハラや暴行の可能性を理由に米軍への入隊を考えないとしている。

 

減少が続けば志願制は持続不可能

 このような軍のリクルート危機は何をもたらすのであろうか。軍の現役兵力規模が戦略的判断に拠らず縮小し続けることは国家安全保障上の重大な問題である。米国内で指摘されるように第二次世界大戦前よりも少ない数になること自体が問題ではない。米国は戦争の度に徴兵制によって多数の軍人を徴用し戦力を急速に増強し、終戦とともに動員を解除して軍を大幅に縮小することを繰り返してきた。1973年に徴兵制が廃止されて以降も200万人台前半の規模を維持してきた。冷戦崩壊とともに1991年から2000年にかけて米軍の規模は198万人から138万人に減少したが、これは国家安全保障戦略等の変更に伴う戦略判断に基づく削減である。

 米軍全体で約4万人が採用できない現状が直ちに米軍の戦闘力を危険なレベルに低下させるわけではない。志願制に移行した際のセーフティネットとして米国は軍種ごとに現役兵力数の約3分の1から6分の1の予備役(総計約規模)を維持している。また、一時的な採用数の未達成は、例えば景気の動向に応じて失業率が上がった際に採用数を増やしトータルとしての現役兵力数を維持する等の措置は理論上可能ではある。しかし、ピラミッド型を基本とする階級人員構成が歪となり、組織編成上の課題を長年抱えることにはなってしまうリスクがあり、基本的には毎年の目標を適切に設定し、達成し続けていく必要がある。

 現在も志願者を増やすために軍種毎にそれぞれの予算と権限の範囲内で様々な取り組みを行っている。特別な要件を満たす場合のボーナスの支給、入隊時の資格基準の緩和、広告キャンペーンの強化などである。海軍は全米最大のスポーツイベントであるアメフトの祭典・スーパーボウルに数百万ドルの広告費を掛け、最高額14万ドルの入隊時ボーナスを支給したとされる。空軍では、条件付きで入れ墨を認め、マリファナの陽性反応が出た者にも再検査の機会を与えるなど、入隊基準の緩和を行っている。陸軍においては、学力、体力の採用要件を満たさない者に対して、勉強と体力向上を指導する準備支援プログラムを提供している。

 このような取り組みの成果を注視する必要はあるが、志願者減の傾向に歯止めがかからずリクルート危機が継続し続けるならば事態は深刻である。リクルート危機を懸念する声の多くは、米国国民の軍隊に対する信頼の低下と、若者の愛国心や公共の為に奉仕するという意識の低下に強い危機感を抱いている。この問題に対処できなければ、50年以上米国が依拠してきた志願制そのものが成り立たなくなってしまうからである。戦略的な理由とは全く無関係に、かつ不本意に兵力規模が減少を続け、国の安全保障を危うくしてしまう可能性があるのだ。ロシアの侵略戦争に直面したウクライナは徴兵制を復活させた。しかし、今の米国において徴兵制を復活させることは望ましいことでも、政治的に実行可能なことでもない。志願制を持続可能な状態に維持し続けることが求められているのである。

 

シビリアンコントロールを揺るがす「軍の政治利用」

 軍隊、軍人と退役軍人、そしてより広範な安全保障コミュニティは、軍の精強性とプロフェッショナリズムを損なわない範囲で採用資格を見直し、兵役が若者にとって魅力的な職業の選択肢となるような総合的な取り組みを継続しなければならない。また、軍と米国社会との溝を埋めるため、軍人と米国市民との交流を促進する機会の創出や軍の実態を知ってもらう情報発信の努力を惜しむべきではない。その上で、リクルート危機の根本的な課題である軍に対する信頼の低下や愛国心、公共への奉仕の精神の希薄化の防止という、国家的な課題に安全保障コミュニティのみならず、連邦政府、議会、各州政府などを含むアメリカ社会全体で取り組むことが必要不可欠である。

 毎年50万人の高校生に対してリーダーシップやシチズンシップを指導する機会を提供する「ジュニア予備役将校訓練団(JROTC)」というプログラムがある。このプログラムは、入隊を義務付けることなく米軍に触れる機会を提供しているものの、南部地域に偏在している。これを全米に拡大するとともに、教育省や各州の教育局と連携して基本的な公民教育を徹底すべきという提言もあり、草の根レベルでの取り組みが重要となる。

 また、迂遠なようであるが健全な政軍関係を維持することも重要である。政治指導者は軍の特性や存在意義を正しく理解し、明確な政治目的のもと適切に軍隊を運用しなければならない。同時に、国民の目に触れる場において軍の政治利用や軍の政治化とみられるような言動を避けなければならない。軍に関する問題を党派的なアピールに利用することは、本来解決すべき問題の所在を曖昧にし、間接的に軍の即応性や精強性に影響を及ぼすことになる。昨年、人工妊娠中絶をめぐる党派的な対立から米軍高級将校の人事を長期にわたって凍結した上院の事案は、政治に対する国民からの信頼を大きく損なったとされる。一方で、軍においてもLGBTQ+の多様性を認めるべきだという議論も党派的な主張が色濃く、問題を政治利用している感がある。軍の政治利用が続くならば、超党派的な立場であるべき軍人が政治判断に左右され、シビリアンコントロールの基本原理が揺らぐという懸念も生じてしまうので絶対に避けなければならない。

 

自衛隊の募集難は更に深刻

 米軍のリクルート危機は様々な要因が複雑に絡み合った深刻な問題である。国防総省、各軍は、リクルート危機を乗り越えるためのあらゆる努力を惜しむべきではない。同時に現在のリクルート危機を志願制そのものの危機に発展させないために、米国民の軍に対する信頼を取り戻すための政府全体としての取り組み並びに健全な政軍関係を維持する等の政治的な配慮が求められている。

 自衛隊の募集難は更に深刻である。少子化で加速する若年人口減少への対応、自衛官の憲法上の位置づけの明確化とそれに相応しい処遇・名誉のあり方の検討、自衛隊の果たすべき役割の質的・量的な拡大への対応などの連立方程式を解かなければならないからである。国家安全保障上の重大な問題であるとの危機感が希薄であることが最大の懸念だ。

米空軍の将来動向について(その3)」-米空軍の新たなドクトリン策定の動き-

この記事は、荒木淳一が日米空軍友好協会(JAAGA)の機関誌「JAAGA便り」No.62に寄稿したものです。

1 はじめに

 本稿は、米空軍の将来動向に関する第三回目であり最終回となる。第一回目、二回目では、米国の防衛計画、戦力設計、予算等に関する有力シンクタンクである戦略予算評価センター(Center for Strategic and Budgetary Assessments:CSBA)の報告書や米空軍の態勢報告等、米空軍の将来動向を探る上で参考になると考えられる文献等を紹介してきた。
 中国が米国の対等の戦略的競争相手として台頭し、「地経学」的アプローチ/グレーゾーンにおける現状変更の試みを常態化させ、A2ADの脅威や宇宙・サイバーを使った非対称な挑戦が常態化している中、米国は国家安全保障戦略/国家防衛戦略を抜本的に見直した。対中スタンスは「関与」から「戦略的競争」へと大転換し、新たな戦略や作戦構想を模索する努力が続けられている。
 その根底には、「米国の圧倒的軍事優位性が失われつつある」という強い危機感がある。米海兵隊は「フォースデザイン2030」に基づき機動基地前進作戦(Expeditionary Advanced Base Operations:EABO)に関するマニュアルを作成し、陸自との日米共同訓練での実際の演練を始めている。2020年12月には米海軍・米海兵隊・沿岸警備隊の連名で「海上における優位:統合された全領域海軍力による勝利(Advantage at Sea:Prevailing with Integrated All-Domain Naval Power)」という構想が発表される等、各軍種の新たな戦い方の模索は概ね収斂しつつあるように思われる。

 その様な中で、前空軍参謀総長ゴールドフィン大将が提起した「統合全領域作戦(Joint All Domain Operation:JADO)」は、国防省内で各軍種の新たな作戦構想の基盤として位置付けられるとともに、米空軍内においてはこの構想に基づくドクトリンが策定されつつある。


 本稿では、米空軍の新たなドクトリン創出の動きとその方向性を3つのドクトリン関連文書を通じて紹介したい。2つのドクトリン・ノート①「統合全領域作戦における米空軍の役割」(AFDN 1-20)②「迅速な戦闘展開」(AFDN 1-21)並びに米空軍の最も基本的なドクトリンである③「空軍(The Air Force)」(AFDP 1)における「任務指揮(Mission Command)」を重視する改正について取り上げることとする。これらは、日米共同作戦の実効性を向上させる観点からも極めて重要であり、中台危機への対応を含む日米共同作戦構想の検討や防衛力整備においても十分に考慮されるべきものであろう。
 我が国においても戦略3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱/中期防衛力整備計画)の見直しが行われており、検討結果を受けて今後どのように米空軍の動向を施策に反映するか十分な検討が必要である。
 また、本稿の執筆中に生起したロシアによるウクライナへの軍事侵略は先行きが見通せない厳しい状況が続いている。如何なる形で戦闘が終結するかに関わらず、今後、米国が欧州におけるロシア、インド太平洋における中国という二正面対応を迫られる可能性はより高くなった。
 その際、同盟国の果たすべき役割に対する米国の期待は今まで以上に高くなっていることに留意が必要である。我が国の防衛力の強化のみならず日米同盟の実効性向上に向けたより一層の努力は待ったなしの状況である。米空軍の新たな作戦構想やそのドクトリンの動向を理解し、我が国の防衛力の強化、日米共同の実効性向上に反映させることは、今まで以上に重要になっていると言えよう。

 本稿では、2つのドクトリン・ノート並びに基本ドクトリンの主要改正点について、それぞれの概要、特徴並びに空自に対する含意について述べた上で、最後に空自として取り組むべき課題や方向性に関する私見を述べてまとめとしたい。

 

2 「統合全領域作戦(JADO)における米空軍の役割」(AFDN 1-20)について

(1)概要

 ドクトリン・ノートとは、新たなドクトリンを策定するために、確立されつつある概念に関して主要なポイント、定義等、議論の出発点となる枠組みを提供するものである。本ドクトリン・ノート(AFDN1-20)は、2018年の国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS2018)が米軍に要求する任務、すなわち戦略的競争相手とのハイエンドの戦いを抑止し、必要に応じて打ち破る(勝利する)ことを達成するために、前空軍参謀総長ゴールドフィン大将が2020年3月5日に策定したものである。

 AFDN1-20では、JADOや統合全領域指揮・統制(Joint All Domain Command and Control:JADC2)等の鍵となる用語の定義、何故JADOが必要か、JADOとは如何なるものかについて記述するとともに、航空戦力運用の理論家であるボイド大佐のOODA(Observe、Orient、Decide、Act)ループによるJADC2の意義に関する理論的説明、更にはJADO実行の前提となる3つの作戦概念、「機敏な支援(Agile Support)」、「全領域の防護(All Domain Protection)」、「強靭な持続性と兵站(Resilient Sustainment and Logistics)」について記述されている。

(2)特徴

 まず第一に、AFDN1-20はJADOにおいて敵に対する優位性を獲得する鍵を初めて明確化したことである。それはJADC2の実現であり、全領域のデータを適切に処理・融合・分配するとともに、権限に応じた適切なレベルでの判断・決心をより迅速に行うことによって、統合戦力をより迅速かつ効果的に発揮しようとするものである。常に相手に勝る速度で判断・命令・行動し、予測不可能な行動の多様さによって敵を困惑させ、対応不能状態にしてしまおうというものである。
 これまで議論されてきた空海作戦(Air Sea Battle)、領域横断作戦(Cross Domain Operation:CDO)、国際公共財へのアクセス・マニューバー(Joint Access Maneuver - Global Commons:JAM-GC)等の作戦概念は、何をもって作戦の優位性を獲得するかが極めて曖昧であった。

 第二に、他軍種の作戦構想が軍種指揮官の視点に基づくものであるのに対して、AFDN1-20は戦域の戦闘コマンド司令官、つまり統合軍指揮官の立場で書かれていることである。米空軍は「グローバルな警戒(Global Vigilance)」、「グローバルな到達(Global Reach)」、「グローバルな戦力発揮(Global Power)」の機能を担っており、あらゆる地域の作戦に主導的役割を果たす必要があること、統合戦力の火力発揮を調整し最大効果を得るためには、航空戦力運用にかかる指揮・統制機能が最も適していること等がその理由として考えられる。国防省においてJADO/JADC2が各軍種の戦い方を包括する構想として位置づけられたのは、このような航空戦力運用の考え方が統合運用に大きく寄与することが理由の一つと考えられる。

 第三に、米空軍がJADC2を支える先進戦闘管理システム(Advanced Battle Management System:ABMS)の実現にAFDN1-20策定と並行して取り組んできたことである。ABMSは元々は老朽化したE-3AWACSやE-8Joint Starの後継機事業に替えてゴールドフィン大将が立ち上げたプロジェクトである。
 戦域における目標情報の収集や融合、配分の機能を抗堪性を持つ網の目状のネットワークで行おうとするもので、プラットフォームからネットワークへの転換として注目を集めた。またABMSの開発に関するプロセスでは、従来の研究開発プロセスとは異なるアプローチが関心を集めている。
 情報通信技術に優れたスタートアップ企業との協力や他軍種のウェポン・システムをアプリやソフトで連接し、キル・チェーンを完結する試みを現場実験(オンランプ実験)として各戦域の戦闘コマンドの演習として実施している。
 他方でABMSは対象とする作戦のレベルや範囲が不明確であったことから、ケンドール空軍長官は着任直後からABMSに対して批判的であった。しかし、ABMSの運用要求やマイルストーンが明らかになるにつれて批判のトーンは下がっている。ケンドール長官が明示した空軍省として取り組むべき主要命題として、次世代制空戦闘機(Next Generation Air Dominance:NGAD)、地上配備型核抑止システム(Ground Based Strategic Deterrence:GBSD)等と並んで、ABMSも位置付けられている。加えて、米空軍には国防省内におけるJADO/JADC2を主導する役割も与えられている。
 他軍種でもABMSと類似のプロジェクト、すなわち陸軍の「Project Convergence」、海軍の「Project Overmuch」が進められているが、最終的にはABMSと連接され、JADC2の一部として機能することが期待されている。

 最後に、JADC2の追求は米空軍が抱える他の課題、すなわち近代化の遅れや戦力規模の縮小等に対する一定の解決策になっているという点である。JADC2によるJADOが実現すると、一軍種の特定のプラットフォームの火力に依存せず、様々な火力を目的、目標に応じて柔軟かつ適時適切に組み合わせることが理論上は可能となる。近代化の遅れたレガシーシステムも、ABMSを通じてネットワーク化されることによって、引き続き能力発揮が可能となる。
 エッジの効いた最新機能を短期間で開発しABMSのネットワークに連接することによって、その機能の規模が小さくても全体としての優位性獲得に寄与できる。従来は、様々な機能を一つのプラットフォームに載せようとする際、システム全体としてのバランスを取るため個々の機能の能力を下げざるを得なかったり、バランスを取るための試行錯誤によって開発に長期間を要し、開発費が高騰することもあった。
 しかし、個別の新たな機能をネットワーク化できれば、機能の最大発揮や開発期間の短縮も可能となる等、近代化の遅れの解消や開発・装備化の費用の低減により、レディネスに及ぼす影響も局限できると考えられる。

(3)空自に対する含意

 ABMSプロジェクトは未だ運用要求を検討している段階であり、装備化、実運用化までには一定の時間が掛かると考えられる。しかし、米軍は既に各軍種間でのネットワーク連接のみならず同盟国等とのネットワーク連接、情報の共有も想定してプロジェクトを推進している。既に構想の段階から同盟国軍のABMSへの関与を求めており、ABMSプロジェクトの定期的な情報共有の場に同盟国が招聘されたり、各国軍との調整を実施する部署も空軍省内に設置されている。
 またABMSに関する現場実験では、既に欧州の同盟国空軍のプラットフォームをネットワークに繋いで演習が実施されている等、同盟国との連接も想定内と見られる。

 最新の通信技術やクラウドを使ったネットワークの構築、データの共有、融合、配分等にAIや機械学習(Machine Learning:ML)の技術を適用することにより、指揮・統制機能を迅速化、最適化するのが狙いである。
 我が国も統合作戦構想を念頭に統合のC2系統の構築に速やかに着手すべきであり、その中核はJADGEをベースとする空自のC2系統であると考える。少なくとも統合運用の基本的C2が確立されていない限り、日米共同の場面において陸海空自衛隊のプラットフォームが個別に米軍のネットワークに加入することを求められてしまう。
 我が国の統合C2を構成した上で米軍のネットワークと連接する場合でも、米軍ネットワーク内におけるデータの処理、融合、共有、配分等に関する考え方やAI処理の判断基準、アルゴリズム等について熟知した上でネットワークに加入しなければ、日米間の指揮統制権の独立が曖昧になる等、政治的に難しい問題を抱えることとなる。

3 「迅速な戦闘展開(Agile Combat Employment:ACE)」(AFDN1-21)

(1)概要

 本ドクトリンノートは、2021年12月1日に現米空軍参謀総長ブラウン大将の署名によって発出されたものである。ACEという用語が何時から使われ始めたかは定かではない。しかし、中国のA2ADの脅威によって航空戦力発揮の前提である航空基地の脆弱性が明らかになるとともに、作戦運用、後方補給の大規模な拠点基地を構える現在の態勢では、航空作戦の遂行が困難と認識されてからであることは間違いない。

 本AFDN1-21においては、ACEに関連する重要な用語の定義、事態の推移に応じたACEの実行要領、ACEを実現させるための2つの能力促進要因とACEを構成する5つの核となる能力、3つの重要な要素が示されている。

 ACEの能力促進要因として、第一に「派遣可能で多機能なエアマン(Expeditionary and Multi-Capable Airmen)」、第二に「状況に合わせ構成される戦力パッケージ(Tailorable Force Package)」が挙げられている。脆弱な作戦運用基盤を分散しつつ、従来の大規模拠点における運用と同等量の戦力を提供するためには、敵の攻撃下においても分散された場所で様々な航空機をターンアラウンドし、必要なソーティ数を生み出さなければならない。
 分散された場所に派遣し得る人員数には限りがあることから、必然的に一人の要員が様々な業務を実施できる多機能の専門性を有していなければならない。また特定の場所でしか特定の航空戦力を運用できないならば、数が少なく高価値のアセットを運用する場所がボトルネックとなり全体としての戦力発揮を左右する可能性がある。したがって、状況に応じて柔軟に航空戦力を組み合わせ、パッケージ化することがACEの重要な要素となる。

 次に、ACEの5つの鍵となる機能として、①「態勢(Posture)」、②「指揮統制(Command &Control)」、③「展開と機動(Movement and Maneuver)」、④「防護(Protection)」、⑤「持続(Sustainment)」が示されている。

 ①「態勢」では、敵の威力圏内におけるリスクを低減し、戦域内及び戦域間の展開・機動を状況に応じて柔軟に実施するためには、レディネスの高い態勢が重要であるとしている。また、事態の進展に先んじて同盟国やパートナー国との調整を行うためにも、政府全体としてACEに取り組む必要があると指摘している。

 ②「指揮・統制(C2)」においては、先に述べたJADO/JADC2を前提として、ACE実行上のC2の要点を示している。作戦域内においてC2系統に対する攻撃や妨害を受けることは前提であり、被害を受け機能低下した状態でも作戦継続しなければならない。そのためには、適切な権限の委任と上級指揮官の意図の範囲内で臨機応変に任務を継続することがACEの鍵となる。

 ③「展開と機動」では、ACEを実行することによって能動的に敵の判断に働きかける、つまりACEの機動性、迅速性によって敵の攻撃計画を混乱させるなど、敵を出し抜いて優位性を維持しようとする主体的・能動的な意図が示されている。米空軍は世界規模で戦力を展開しているが、戦域内と各戦域間における迅速な戦力の展開や機動をよりダイナミックに実施することを前提としている。ACEを実行するに当たり、全て米軍の能力だけで自己完結することは考えておらず、民間力の活用によって輸送力の負担を軽減することも必要と考えている。

 ④「防護」は、航空基地がどこに所在していても、敵の攻撃を免れる「聖域」は存在しないというNDS2018の問題認識をベースにしている。そのため、積極防御と消極防御を適切に組み合わせた統合ミサイル防衛(IAMD)態勢の確立が戦力保全と戦力の最大発揮には不可欠であると強調している。現在の大規模な作戦拠点基地を中心にした防御計画や戦略はACEの分散運用に不適であり、分散運用を前提として統合戦力を展開させるとともに受け入れ国戦力との組み合わせも事前に計画しておくべきであるとしている。その際、情報機能、対情報機能、緊急事態管理機能、法執行機能等は、空軍単独で準備するのではなく統合の機能として準備するとともに、同盟国等の支援によって補完することも念頭に置くべきとしている。

 ⑤「持続」では、兵站システムや輸送システムを現在のプル型でジャスト・イン・タイムの効率性重視の兵站システム(現場のニーズに応え必要な時期に必要量を提供するもの)から、分散運用の最大効果を発揮することを重視したプッシュ型に転換すべきと述べている。敵の攻撃に晒される環境下においても戦力を展開し、防護し、持続するために、兵站インフラを大きく変革させ、戦時品と非戦時品を区別し優先順位を付けて配分する等の新たな取り組みが不可欠としている。特に広い戦域内において運用場所を増やす際、ACEによるソーティ数の確保に焦点が当たりがちであるが、作戦を持続するための後方補給、輸送のための細部計画の策定がより重要であると強調している。このことから、現地でサービス、補給、装備品等を確保するための新たな契約要領の策定などの重要性も指摘している。

 5つの鍵となる要素以外に、ACEにとって重要な3つの事項として、①情報戦、②インテリジェンス、③火力、を挙げている。戦力の展開、機動のタイミングや場所、規模等にかかわる明示的な情報は、戦略的メッセージとして抑止や同盟国支援の保証として機能する。
 また、能動的、受動的に関わらずACEの計画と実行においては、欺瞞的な情報の活用により敵の混乱や判断ミスを導くことができることも強調されている。同様にインテリジェンス、カウンター・インテリジェンスの活動もACEの実行に不可欠である。JADOとして全ての領域からの火力集中を実現するためにも、ACEの計画、実行の段階において、情報戦、インテリジェンス、火力の観点と任務指揮の活用が重要であると述べている。

(2)特徴

 AFDN1-21で示されたACEの特徴の第一は、前方展開戦力をベースに戦域外の拠点から航空戦力を投入する従来の航空作戦構想を大きく変えたことである。対等の競争相手である中露とのハイエンドの戦いを想定していること、弾道ミサイルや巡航ミサイル等のA2ADの脅威によって、戦域内のみならず戦域外の作戦拠点の脆弱性が増したこと等が理由として考えられる。そのため、攻勢主体であった従来の発想から、攻防の両面を重視したバランスを重視する作戦構想となっている。

 第二の特徴は、中国のA2ADの脅威に対する対応を検討する過程で、2010年代半ばごろから急速に発展した概念であるという点である。
 ACEの起源は、米国の安全保障・国防戦略(NSS/NDS)が見直された以降、米太平洋空軍との意見交換の場で示されたたった一枚のコンセプト・ペーパー(概念図)であったと仄聞する。その後、ハブとなる航空基地を中心に複数の航空基地を含んだクラスターを構成し、その中で航空戦力を柔軟に運用するという概念に発展したとされる。
 しかし、空自にとって特段目新しい構想では無かったはずである。何故なら、冷戦期に圧倒的戦力差のある旧ソ連空軍に対して防勢的な航空作戦で対抗しようとしていた空自にとって、作戦基盤である航空基地が攻撃を受けることは必然であった。
 それを前提とした上で、隠ぺい、掩ぺい等によって作戦基盤の抗堪化を図ると共に、被害復旧を行いつつ複数の飛行場群で粘り強く作戦を継続するという構想を有していたからである。
 しかし、法的制約によって民間飛行場の運用態勢を事前に整えることが困難であること、作戦基盤の抗堪化への予算措置が続かなかったこと等から、空自の構想は実現の目途が立たないまま現在に至っている。
 これに対して、米空軍のACEは既に実際の訓練や演習を重ねており、インド太平洋地域のみならず欧州方面においても中露のA2AD脅威に対抗する作戦構想として急速に検証、議論が重ねられ、ドクトリン化される一歩手前まで進展してきている。

 第三の特徴は、当然と言えば当然であるが、ACEはJADO/JADC2並びに次項で説明する「任務指揮」の考え方と整合されていることである。中露とのハイエンドの戦いにおいては、敵の攻撃を受け作戦基盤が機能不全に陥ったり、指揮統制系統(C2系統)が一部機能を失っても、作戦目的達成のために同調された作戦行動を継続しなければならない。また、ACEは、競争継続(Competition Continuum)という考え方に則り、平時からグレーゾーン、有事に至るまでのスパンでその活動や対応を捉えている。

(3)空自に対する含意

 第一にACEは、米統合軍の航空戦力がA2ADの脅威下においても航空戦力の特性を最大限発揮し、ハイエンドの戦いを制するための前提となる作戦構想である。インド太平洋地域という海洋域においてACEを実行するためには様々な工夫と努力が必要であり、また同盟国やパートナー国への期待は大きい。
 我が国周辺を含む地域内でACE実現のための環境を整えることは、わが国の南西諸島防衛の前提となる要時要域における航空優勢の獲得に寄与するのみならず、米国の対中作戦構想であるJADOの成否を左右する米国航空戦力を支援することにもつながることから、戦略的に大きな意義がある。

 第二に、米空軍のACEと空自の飛行場群の運用構想は類似した概念であるが、その考え方や姿勢には違いがある。日米共同作戦の計画・実行に当たっては、その違いに留意することが重要である。
 空自の飛行場群運用の構想は、敵の第一撃を受け一定の被害が生じる状況下でも粘り強く防空作戦を継続するための、受動的な構想である。これに対して米空軍のACEは、戦域への出入り、戦域内の機動などにおいて航空戦力の機動力や柔軟性、スピードを発揮して、敵の目標選定に関する判断を混乱させることを企図するなど、能動的な発想に立つ構想である。双方に共通するのは、「展開可能で多機能な能力を有するエアマン」の養成と維持がその構想実現の鍵であることである。既に、米空軍においては実動演習を通じて多機能な能力を付与するための訓練基準や実施要領の検討が具体化しており、米空軍のACEに対する取組みは空自を追い抜きつつある。JADC2を支える包括的な指揮・統制システムであるABMSが装備化されるまでの間においても、ACEを実現するための現実的な取り組みが進んでいる。インド太平洋地域におけるACE実現のために統合戦闘ネットワーク(Integrated Warfighting Network:IWN)を2022年夏を目途に立ち上げることが米空軍ニュースで報じられている。
 また、空自の改善提案に相当する制度において、ACE実現に寄与できる技術や装備に関するアイデアを募った結果、持ち運び可能な太陽光発電の器材によって分散された運用場所において必要な電力と水を一定量確保できる提案が最優秀賞となり、その実装化が見込まれている。

 第三に、このような米空軍の具体的な取り組みに対して、空自の飛行場群の運用構想は様々な制約を理由に具体化が遅々として進んでいない。飛行場群の整備が具体的に進まなくとも、今手に入る技術や装備品を使って如何に飛行場群の運用を可能にするかという発想に立って検討を進めることが重要である。
 民間飛行場をそのまま運用することを前提に持ち運びできる後方補給資器材を整備するなど、できる努力を継続すべきである。ブラダー・タンクの増勢、搭載Mx等を運搬・保管可能なコンテナの整備、衛星通信を使って何処でもATOを受領できる機動型C2 系統の構築、持ち運び可能な自家発動発電機の増勢、その他飛行場運用に不可欠な資器材のワンパッケージ化等、構想実現のために具体的に検討し実現に向けて予算措置すべき事項は多々ある。
 また、装備品の取得だけでなく操縦者、整備員、後方補給員を始めとして分散地での運用能力を身に付けるために必要な訓練実施基準の策定や練成訓練の計画、実行も重要である。滑走路被害状況下での運用に不可欠な短距離離着陸訓練を実際に演練したり、離陸後ただちに空中給油を受けて長時間戦闘する訓練を行う等、日頃からの訓練・演習で実施し、経験を積むべき事項は多い。
 必要であれば運用規則等の見直し、例外規定の設定なども必要であろう。中長期的には、ACEを実現するための鍵として挙げられている持続性(Sustainment)を担保するために、戦術空輸能力の大幅な強化(C-130/CH-47の増勢等)にも取り組むべきであろう。多機能の能力を付与する整備員や特技員の教育・訓練等を含めた要員養成計画の策定、実施など空自全体での組織的な取り組みが不可欠なものも多い。着手しなければ、状況は変わらないことを肝に銘ずべきである。

4 基本ドクトリン(AFDP1)の改正(作戦指揮(Mission Command)関連)

(1)概要

 AFDP1「空軍(The Air Force)」(10 March 2021)は、米空軍のドクトリン体系の最上位に位置づけられるドクトリン文書である。空自の教範体系における「指揮・運用綱要」に相当するものと言うことができるであろう。

 AFDP1には、次に述べるような本質的かつ普遍的内容がまとめられている。①何故戦うのか(戦争とは何か)、②我々は何者か(エアマンとはどういう特性を有する者なのか)、③我々は何を使うのか(エアパワーとは何か)、④どのように発揮するのか(航空戦力の本領)、である。
 ①においては、1)戦争の特質、2)レベル、3)競争継続の中での航空戦力、4)国家防衛戦略と目標、が示されている。②においては、米空軍のエアマンの核となる3つの価値観(Core Values:Integrity first, Service before self, Excellence in all we do)が示されている。③では、航空戦力の概観、基盤、エアマンが信じる航空戦力の見方、が記述してある。④においては、航空戦力をどう運用するかを示すために、7つの本領が示されている。そのうちの一つが「任務指揮(Mission Command)」である。AFDP1が2021年に改正された際、最も注目を集めたのがこの「任務指揮」であった。

(2)特徴

 AFDP1の特徴の第一は、NDS2018に示された新しい考え方が盛り込まれている点である。NDS2018で示された「競争継続」(Competition Continuum)という考え方を受け、統合ドクトリン・ノート(JDN1-19)[5]が策定されている。その中で、協力(Cooperation)、武力紛争以下の競争(Competition below armed conflict)、武力紛争(Armed Conflict)という戦争の全ての段階における航空戦力の使い方が明示されている。

 第二に、米空軍を明確に統合軍のための軍種であると位置づけるとともに、統合軍指揮官の目標達成にJADOを通じて寄与することが明示されていることである。我が国においても統合運用の重要性は認識され、統合運用の体制は段階的に整備されてきている。しかし、陸海空の教範やドクトリン関連文書においてここまで徹底して統合運用の考え方が示されているものはまだ存在していない。
 更にAFDN1-20で提示されたJADOの考え方がそのまま基本ドクトリン(AFDP1)に反映されている点である。このことは、関連ドクトリンの整合が図られている事実を示すのみならず、米空軍としてJADOにコミットする強い意志が感じられる。

 第三に、航空戦力の本領の一番目に「任務指揮」が挙げられていることである。以前のAFDP1で示されていた「一元的指揮・多元的実行(Centralized Control Decentralized Execution)」は「任務指揮」の実行を説明する項目の中に、「一元的指揮、分散された統制、多元的実行(Centralized Command, Distributed Control, and Decentralized Execution)」として再定義されている。
 2021年3月のAFDP1改正で一番目に付く変化が「任務指揮」の強調であった。NDS2018で求められる対等の戦略的競争相手とのハイエンドの戦いにおいて勝利するため、JADOの実行に不可欠な本領として示されたものと考えられる。長らく従事してきたテロとの戦いとは異なり、対等の競争相手によって我のC2系統が狙われ損害を受けることが前提となる。
 航空戦力を最大発揮するためには指揮官の意図が徹底され、C2が一部機能喪失した状況下にあっても委任された権限に基づき現場の柔軟な判断によって作戦を効果的に継続する必要があり、「任務指揮」の考え方を強調したものと考えられる。C2ネットワークを網の目状に構成したり、常時接続を前提とせず必要な時に接続、離脱を自由にできるネットワークの確立や、AIやMLを使った情報処理網を検討している。

(3)空自に対する含意

 本稿で紹介した米空軍の取組み、すなわち新たな戦い方を最上位のドクトリン文書に速やかに反映させ、他の関連文書とも整合させるプロセスは、空自も大いに参考にすべきである。空自もドクトリン関連文書の整備を進めてきているところではあるが、教範の体系との整理を含めて課題は多く、タイムリーな修正・変更ができていないのが実情である。
 昭和47年に制定された「指揮・運用綱要」は、空自の指揮・運用に関わる本質的・普遍的事項が格調高く表現されている。しかし、統合運用の進展、平時における国際平和協力活動等の常態化、ミサイル防衛体制の構築、任務の常態化、グレーゾーン事態に対する常続的警戒・監視の重要性の向上、更には宇宙・サイバー領域の作戦領域化への対応等々、制定後約50年にわたる我が国防衛のあり方に関わる大きな変化が反映されていない。
 勿論、今でも通用する普遍的かつ重要な考え方も含まれているので、残すべきもの変えるべきものをしっかりと見極めた上で再整理すべきであろう。その際、教範としての位置づけに拘泥することなく、空自で新たに整備しつつあるドクトリン関連文書への取り込みや他の教範へ分散させた書き込みなど、我が国特有の政治的制約を過度に受け過ぎず、航空戦力の本来あるべき運用の在り方(戦略的、攻勢的活用等)に関わる議論の触媒となるものにする着意が必要である。
 現在の教範体系の中で許容される議論だけに限定されてしまうと、航空戦力を扱う軍事組織の一員、軍事専門家として不可欠な姿勢や考え方、指揮運用綱要に「百時防衛行動を基準」として示された作戦運用を第一義とした軍事合理的な発想・、考え方が廃れてしまうリスクを内包していることを忘れてはならない。

 「任務指揮」という考え方そのものは、作戦の推移が速く他自衛隊に比べてより柔軟な「統制」という考え方を採用する空自にとって馴染みやすい概念である。しかし、その考え方を現在の運用の基本である統合運用に反映させることについても考えるべきである。
 既存のBMD網を突破する新たなMx脅威への対応やドローン等によるスウォーム攻撃への対応、更には拒否的抑止力として保有する反撃力の運用(ターゲティング、指揮・命令、実行)を含めた統合ミサイル防空システム(IAMD)を確立し実効的に運用するためには、被害状況下においても柔軟に「任務指揮」できる態勢をわが国においても整えておくべきであろう。

5 おわりに

 本稿では、米空軍の動向を探る上で重要な手掛かりとなる米空軍の最近のドクトリン関連文書の概要や特徴、空自に対する含意について述べてきた。改めて、取り上げたAFDN1-20、AFDN1-21、AFDP1について確認する過程で、これらが既に一つのドクトリンとして纏め上げられ、「JADOにおける空軍省の役割(The Department of Air Force Role in Joint All Domain Operation)」(AFDP3-99 SDP3-99)[6]という米空軍並びに米宇宙軍のドクトリン文書として発出されている事実を確認した。

 一読したところAFDN1-20、AFDN1-21の考え方はほぼそのまま取り込まれている。「任務指揮」に関しては、JADOの指揮統制(Command &Control)の項目の「計画(Planning)」、「実行(Execution)」、「評価(Assessment)」の中に適切な権限委任を行うべきこととしてしっかり反映されている。今後、更なる内容の精査が必要であるが、その要点と方向性は本稿で紹介したものと大きな違いはない。

 国家防衛戦略の転換を受けて新たな戦い方を模索し、その成果を僅か4年でドクトリンに昇華させた米空軍の組織としての知的能力の高さには何時ものことながら驚かされる。今後はドクトリンに基づき装備体系、戦力組成、教育・訓練が整合されていくわけであるが、運用主導の発想、実行力が良く現れている。我が国においては、安全保障・防衛に関する独特の政策的制約や縛りが依然として残るのは事実であり、米軍のやり方が必ずしも空自に全て適合するわけではない。
 しかし、現在、厳しい安全保障環境の下で共通の脅威に直面している状況で、航空戦力を運用する軍事専門家である我々が少なくとも課題に対する姿勢や取り組みで米空軍に後れを取ってはなるまい。以下に、一連のドクトリン文書に関わる動きから筆者が捉えた空自の課題や取り組みに関する私見を述べて、本稿を締めくくりたい。

 まず第一に、米空軍のJADO/JADC2に対する取り組みは、ABMSの実装化を含めて実現に時間が掛かるものがある。しかし、今後も着実に進展し同盟国との共同作戦に関するベースとなることは間違いない。
 JADO/JADC2実現の鍵は、作戦運用に関わるデジタル・データを共有、融合、配分するC2ネットワークである。陸海空のアセットが個々にネットワーク化されるのではなく、一体化された形で米のC2ネットワークと連接するためにも、我が国における統合C2系統の確立、陸海空アセット間のネットワーク化を最優先すべきであろう。
 その際、既存のプラットフォームと新たなプラットフォームがソフトやアプリを使って自由に接続、離脱ができたり、民間のクラウドやネットワークも活用するなど、従来の発想に捉われない取り組みが重要である。

 第二に、日米共同によるACEの実現は、南西諸島防衛作戦に不可欠であるのみならず、米国航空戦力を戦域内に引き入れ、戦域外に離脱させないための鍵であり、戦略的な意義を有する。
 従って、米空軍のACEを十分に理解した上で、柔軟な発想を参考に、長年積み上げてきた空自の飛行場群の運用構想を更新すべきである。その際、法的な制約や予算上の観点から思考停止に陥ることなく、必要となるツール、アセットを具体的に検討し、準備を進めることが重要である。
 既存の民間飛行場の使用を前提とした訓練を実施するための環境を整えるとともに、多機能で多様な能力を有する要員の養成・維持に関する具体的な養成基準、計画を策定し、速やかに実行に移すべきであろう。

 最後に、新たな戦略をベースに新たな作戦構想を作り上げ、それをドクトリン化するとともに必要な装備品等を整備し、所要の訓練を行うという米空軍の運用構想主導のプロセスを参考とすべきである。
 我が国と米国では条件が異なるものの、常に国家防衛戦略は如何にあるべきか、そこに示された目標を達成するために如何なる作戦を実施すべきか、そのために必要な装備品は何か、如何なる人材を育成・維持すべきか等を検討し、実行可能な選択肢を常に準備しておくことは軍事専門家の責務であり、存在意義でもある。
 「指揮・運用綱要」の見直しやドクトリン関連文書と教範体系との関係整理なども、速やかに進められるべきであろう。そのような地道な活動によってのみ、予測困難な国際情勢の中で我が国防衛を全うするための政策策定に寄与し、最終的に我が国防衛の責務を果たし得るのである。

「米空軍の将来動向について(その2)」-米空軍態勢報告(U.S. Air Force Posture

この記事は、日米空軍友好協会(JAAGA)の機関誌「JAAGA便り」No.59に寄稿したものです。

1 はじめに

前回、JAAGA便りに「米空軍の将来動向について(その1)」として、CSBA報告書「米空軍の将来の戦闘空軍力に関する5つの優先事項」に関する個人的な分析を投稿させて頂いた。その切っ掛けは、昨年のJAAGA訪米団の一員として参加したAFAカンファレンス及び主要幹部との意見交換において感じた準備不足への反省であることは前回述べた通りである。前回取り上げたCSBA報告書以外にも、米空軍の将来動向を探るために参考になる文書等は多数存在するが、今回は米空軍態勢報告(USAF Posture Statement:PS)を取り上げてみたい。

米空軍態勢報告(PS)とは、次年度の予算要求を行う過程において米空軍長官と米空軍参謀長が連名で作成し、米国議会(上院、下院)軍事委員会等の公聴会における説明の基礎資料である。この報告書は、次の三つの観点から米空軍の現状や将来動向を探る上で重要な手掛かりとなると考える。まず第一に、各予算年度毎に作成されるPSは、その時点における米空軍としての戦略環境等にかかる認識並びに米空軍の現状と課題等について言及されている。第二に、複数年度のPSを分析することで、米空軍の考え方のトレンドや変化を理解することが出来る。第三に、戦略体系文書の改訂などの安全保障政策の転換点や空軍参謀長等のリーダーシップの交替の節目における米空軍の対応や変化を知ることが出来る。特にトランプ政権発足後、米国の安全保障戦略、国家防衛戦略は大きな転換を遂げており、転換前後のPSを比較することで米空軍の変化の方向性やその背景的要因を理解することは将来を見通す上で重要な手掛かりを得られるものと考える。

本稿においては、FY2017PSからFY2021PSの5年分のPSを分析することとしたい。この間に米空軍参謀長はウェルシュ大将からゴールドフィン大将へ、オバマ政権からトランプ政権に移行する等、リーダーシップの大きな転換の時期であった。また、2018年には国家防衛戦略が改定されるなど、米国国防政策の大きな転換の時期でもあり、その際の米空軍の変化やその方向性を確認することは将来を見通すうえで貴重な示唆を与えてくれるであろう。また、本年8月には米空軍第22代参謀長にC.Q.ブラウン大将(前PACAF司令官)がゴールドフィン大将の後任として就任した。今後、彼が初めて出すPSがどう変化するかを分析する為にも、この五年間のPSの流れを概観することには大きな意味がある。本稿ではFS2017PSから5年分のPSの概要並びにキーポイントを分析することにより、米空軍の将来動向を考えるヒントを探ると共に航空自衛隊に対するインプリケーションを考察することとしたい。

 

2 過去5年間の米空軍態勢報告(PS)の概要等

(1)全般

 5年間(FY2017~FY2021)のPSを通して、2011年の予算制限法(Budget Control Act: BCA)以降、継続する国防予算の抑制傾向並びにテロとの戦いの継続(高いOPETEMPO)により、米空軍のレディネスの低下、戦力規模の縮小、近代化の遅れ等の負の影響が出ていることに対する強い危機感が示されている。

ウェルシュ大将の出したFY2017PSにもこの問題認識は示されており、政権交代、参謀長交替前から米空軍の継続する組織的課題であったことが伺える。但し、FY2017PS策定時には、国防戦略上の焦点は国際テロとの戦いであり、「Global Vigilance, Global Reach, Global Power(地球規模での監視、到達、力の行使)」というビジョンを米空軍は引き続き達成可能であると評価している。これに対して、ゴールドフィン大将は、彼にとっての最初のFY2018PSの冒頭において、「米空軍の規模が歴史的に最も小さくなり、技術的優位が危険に晒されている」ことから、任務達成が困難になりつつあることを間接的に示すなど、強烈な危機意識を表明し、速やかな改革が必要であると述べている。

 戦略文書(NSS,NDS)により大国間競争への回帰が示され、米議会からNDS2018を実現する為に必要となる米空軍の能力に関する検討を求められていることがゴールドフィン大将にとって二番目のFY2019PSに示されている。そして、その次のFY2020PSにおいて、「Air Force We Need: AFWN」という文書の中で386個飛行隊が必要であるとの検討結果が示されている。国家が求めることを実現する為に「空軍は小さすぎる(Air Force is too small)」と述べる一方で、「過去と同じで単に量が多いことは最善の答えではない(More of the same isn’t the best answer)」とも述べている。その為、最先端技術と革新的な方法によって戦略的競争のみならずハイエンドの戦いにも勝利できる圧倒的な優位性を獲得することを目指すと述べると共にその為の新たな作戦構想(Joint All Domain Operation: JADO)(当初はMulti-Domain Operation : MDO)を提示している。

落ち込んだレディネスの回復、戦力規模の増強、近代化の遅れの取り戻しという三つの重い課題を同時に解決し、大国間の競争(ハイエンドの戦い)に対応できる態勢づくりを行うことは決して容易なことではない。ゴールドフィン大将は、戦略文書策定以前から、PSにおいて米空軍の課題や問題認識を明確にしているが、年々課題へ取り組む焦点や優先順位を整理してきている。まず当面は、「衰退傾向の阻止」や「戦力の回復」を図るとして、レディネスの回復を最優先させつつ、必要な近代化を進めることを追求すると述べている。同時に従来のやり方では課題の解決は不可能であるとして新たな作戦構想概念(JADO)を提示している。また、「冷戦期の調達システムでは(大国間の競争に)勝てない」として、将来戦力を「より速くより賢く」実戦配備することによって敵に対する優位性を維持出来るのであり、その為に開発・調達プロセスの改革が必要であると強調している。

 FY2018PSからFY2021PSの流れを見るとゴールドフィン大将の問題認識は大きく変わらないものの、年々それに対する解決策が整理され焦点が明確になると共に各課題の関連性を踏まえて最終的には作戦構想から研究開発・調達の在り方を含む総合的な「戦力設計(Force Design)」へと収斂している。このような流れを踏まえ、後任のブラウン大将がどのような考え方をFY2022PSに示すのか、ゴールドフィン大将が主導してきた構想の核であるJADO(JADC2、ABMS等)を今後どのように発展させてゆくのかが今後の注目点となるであろう。

 

(2)各年度の態勢報告(PS)の概要等

 ア FY2017PS

オバマ政権末期に、ゴールドフィン大将の前任であるウェルシュ大将が策定した最後のPSである。中東における長年のテロとの戦いの継続と予算制限法(Budget Control Act: BCA)による予算抑制の影響により、戦力規模の縮小、レディネスの低下、近代化の遅れが生じているという空軍の問題認識は、事後のPSと共通するものである。また、米国の戦略的優位性は変わらないものの技術的優位や能力的優位は危険なほど差を詰められており、競争力の低下が紛争誘発の原因になりうると警告している。テロとの戦い継続によるOPTEMPOの影響よりも、オバマ政権下で作られた国防予算の上限を定めた予算制限法(BCA)とそれを巡る議会の動きの予測困難性がレディネスの維持や近代化に及ぼす影響が大きいとしてBCAの破棄を求めている。

他方で、戦略体系文書で示される脅威は、依然として非国家主体(国際テロ等)による非対称的アプローチへの対応(テロとの戦い)であり、空軍のビジョンである「Global Vigilance, Global Reach, Global Power(地球規模での監視、到達、力の行使)」は達成可能であると述べている。NDS2018が想定する大国間競争の結果として予期されるハイエンドの戦いは未だ想定されていないことから、戦力規模の縮小、レディネスの低下、近代化の遅れという問題が生み出す国家としてのリスクに関する認識が議会との間で共有できないというジレンマを抱えているように見える。従って、随所に危機感が示され、削減される予算の下で何を優先するかという難しい判断が求められているものの、最終的に求められる任務は達成可能であると読める内容となっている。ウェルシュ大将のPSの特徴の一つとして、各種課題やその影響に関する表現が婉曲的であり、ある意味で官僚的で曖昧な表現が多いことから、空軍のトップの問題認識や意図がストレートに伝わりにくい文書となっている。

 

  イ FY2018PS

ゴールドフィン参謀長にとって初めてのPSであり、トランプ政権となって半年後に出されたPSである。未だ戦略文書の改定は行われていないものの、敵対的勢力(中露)が米国の戦力投射や行動の自由を阻害する為の能力を急速に開発していること(A2AD能力の向上)、米軍が何十年も維持してきた圧倒的な軍事力、技術力の優位性が急速に失われつつあること、それらにより国際社会の不安定化と戦略的リスクが増大するという危機感を率直に示す文書となっている。

PSの冒頭で、どのような観点から分析しても同じ結論になるとして二つの強烈な問題認識を提示している。一つは、空軍の規模が求められる任務に対して小さすぎることであり、二つ目は、航空宇宙領域における米国の優位性が危険に晒されていることである。その上で、まず取り組むべき課題として、衰退傾向への歯止めと戦力の回復を上げている。前年度予算(FY2017)によるレディネス回復への着手並びにクリティカルな能力不足と近代化の遅れに関する対応を評価しつつも、それまでの予算削減や予算を巡る不安定さが戦略に基づいていないことを強く批判している。

戦力の回復の為の取り組みとして次の四つの分野を挙げている。①レディネスの回復、②費用対効果の高い近代化、③将来に向けた革新、④強力なリーダーの育成、である。①レディネスの回復に関しては、結局は人の問題であり専門家養成の為には募集、教育・訓練、維持が重要であり、必要な増員を行うとしている。また、空軍の心臓部でありレディネスを生み出す現場である飛行隊(SQ)の再活性化に努力する旨述べている。②費用対効果の高い近代化に関しては、最優先すべき近代化事業(F-35A、KC-46、B-21)の推進と核抑止力の近代化、宇宙における脅威への対応、サイバー領域の近代化を上げている。中でも米空軍が担う核のトライアッドの2/3の近代化と核のC3を重視する旨述べている。③の将来に向けた革新の為には、研究開発と試験・評価プロセスが死活的に重要であり、ゲームチェンジャーへの投資を増加すると共に、敵勢力に差を詰められることなく圧倒するために、調達プロセスの加速化が極めて重要であるとしている。

前年のFY2017PSと較べると単刀直入かつ簡明な表現の文書であり、問題認識と何をなすべきか、何をしたいのかが具体的に書き込まれ、参謀長の問題認識と意図が極めて明快な文書となっている。FY2018予算で、戦力の衰退化傾向を止め、戦力の回復を図ると共に必要な近代化を進めるという明確な意思表示はなされているものの、どのように改革を行うかという考え方は示し切れていない。

 

  ウ FY2019PS

二つの戦略文書(NSS2017、NDS2018)を受けた最初のPSであり、戦略の大きな変更(大国間の競争、力による平和)を踏まえ、同等の大国と競争し、抑止し、ハイエンドの戦いにも勝利できる能力と規模を目指すという明確な意志が示されている。米空軍の現状に関する問題認識(長年に渡る予算削減と対テロ戦への専念によるレディネス低下、戦力規模の縮小、近代化の遅れ等)は変わっていないものの、達成すべき目標が戦略文書等によって明確になったことから、議会の要求に応じてNDS2018の実行に必要な空軍の能力に関する検討(検討結果は「AFWN」)を実施していることに言及している。

戦略環境と脅威認識を踏まえた5つの主任務(①航空・宇宙優勢の獲得、②地球規模の攻撃、③迅速な地球規模の機動、④地球規模のISR、⑤指揮・統制)、戦略的方向性(中露との長期的な競争、将来戦はMDO、SQが戦力の基本単位)を示し、努力を継続すべき事項(レディネスの回復・維持、人のケア、核抑止力/戦力の近代化)、更にNDS実行に当たって変えなければならない事項(宇宙優勢、MDC2、航空優勢、対テロの軽攻撃能力、科学技術戦略)と予算的な優先順位(戦闘レディネスの改善、安全・確実・効果的な核抑止、費用対効果の高い近代化、防御可能な宇宙への迅速な移行、ネットワーク化された戦闘管理(Networked Battle Management)、同盟関係の強化)を提示している。また、それらを実行する上で必要となる空軍省改革(事業見直し、司令部見直し、調達見直し、業務の簡素化)が示されている。単刀直入で理解しやすい表現と構成であり、問題認識と取り組みが極めて明確となっている。

他方で、これ以前のPSで示された予算削減に対する強い危機感の表明や議会に対する支援の要請は見当たらない。トランプ政権移行後に国防予算が増加されたこと踏まえたものと思われる。依然としてBCAの対象期間であり予算決定を巡るプロセスは予測困難な状況が続くものの、FY2018予算をある程度評価していることから、直接的な言及を避けたものと推測される。

戦略文書を受けた大国間競争とハイエンドの戦いに対応する新たな作戦構想の一部として、MDC2やABMSの考え方が表明されている。議会の要求に応えた検討(NDS実行に何が必要か、何個SQ必要か)を実施中であることに言及しており、検討結果(「AFWN」)はFY2020PSに反映されている。FY2018までに示していたJSTARSやAWACSの換装(機種更新)事業を転換させ、MDC2に寄与するABMSへの移行(プラットフォームからシステムへの移行)を表明しているのは大きな特徴と言える。更に、米空軍の戦闘能力の基本がSQであり、それを再活性化することがNDS遂行に必要な将来のリーダー育成に繋がるというゴールドフィン大将の現場重視の考え方が伺える。

 

  エ FY2020PS

議会からの要請を受け、NDS実行の為に必要な空軍力を検討した結果(「AFWN」)を踏まえた初めてのPSであり、ゴールドフィン参謀長にとっては三回目のPSである。NDS2018が示す5つの主要任務(①本土防衛、②安全、確実、効果的な核抑止、③強力な通常戦力の敵の撃破、④機会主義的な侵略の抑止、⑤暴力的原理主義組織を費用対効果の高い方法で崩壊させる)において、競争し、抑止し、勝利する為には、空軍力が常に最前線に立たなければならないとの認識を示している。

「AFWN」で示された386個飛行隊は、予算的に賄える戦力ではなく、NDSを実行する為に必要とされる理論的な戦力規模であるとしつつも、現状(312個飛行隊)では小さすぎるとして増強する必要性を強調している。他方で、規模を増やすだけでは議会に対する答えにはならないとして、新たな革新的方法で最先端の能力を生み出すための作戦構想(MDO)の概要を提示している。この構想は、センサー、ウェポン、プラット・フォームを統合ネットワークにより繋ぎ、情報の優越によって全ての領域の戦闘効果を同時にかつ総合的に向上させることにより、敵に対して許容できない程のジレンマを強要することを念頭に置いている。また、実戦的な実・仮想訓練場の整備などの取り組みと共に費用対効果が高い整備と後方を実現する為の取り組み(「Condition Based Maintenance」等)について考え方や具体的な取り組みを提示している。

技術的優位性を維持する為に、ゲームチェンジング技術(超音速兵器、指向エネルギー兵器、可変ジェット推進装置等)への投資と共にMDOの為のABMS開発やF-35の整備の推進等を追求する旨述べている。更に、宇宙領域における敵からの挑戦に対して、現在の優位性を維持する為には防御可能な宇宙態勢づくりを加速すべきとの認識を示している。トランプ政権が、宇宙領域が戦闘領域であるとの認識を公的に示したこと並びに独立軍種としての宇宙軍を目指す議会の動きを評価している。現在、宇宙オペレターであるが戦闘領域になったことに伴い、宇宙関連の専門家を戦士(Worrier、Warfighter)にする為に時間と資源を投資するとしている。

大国間競争相手が軍民融合のアプローチによって技術的優位性を得ようとしているとの認識から、冷戦時代の調達システムでは勝てないとして、新たな調達プロセスが必要であり、より速くより賢く実戦配備する為に調達改革への取り組みを示している。議会から軍種に委譲された権限(開発事業に関するもの)を最大活用し調達プロセスを迅速化する努力を行っており、次の三つの要因、①プロトタイプ化(実現可能性、効果等の先行的な検証)、②テイラード調達戦略(事業の特性に応じた調達プロセス)、③迅速なソフトウェア開発(知的財産権やデータ、ソフトウェアに関する権利の取得)等への取り組みが貢献するとしている。調達システムの改革に当たっては、競争を増やし従来の軍事産業のみならず、革新的技術をもつ中小企業やスタートアップ企業との連携や早期の契約、柔軟な予算執行を可能にする制度の見直し等を実施している。

本PSではFY2019PSではほとんど見られなかった予算に関する強い問題認識(「如何なる敵よりレディネスを痛めつけたのは予算」という強い表現)が改めて強調されている。レディネス回復が一朝一夕で出来るものではなく、同時に進める戦力規模の回復並びに近代化による優位性を保つ将来戦闘能力の獲得のためにも、十分な規模の予算が必要との認識を改めて示したものと考えられる。また、2021年が一応BCAの期限であり、トランプ政権移行後の予算を巡る流れを後戻りさせないという強い意志の表れとも言える。

FY2020PSは、過去2年のPS以上に分かり易さに意を用いており、簡明かつ端的な表現や構成になっている。問題認識や主張にかかるキーセンテンスを特だし(大文字、イタリック書体、本文から切り離しての掲載)する等の工夫が施されおり、議会に対する分かり易い説得に最大限の配意をしていることが伺われる。

 

  オ FY2021PS

ゴールドフィン参謀長にとって集大成となる最後のPSである。戦略文書を受けて前政権から続く課題(レディネスの回復、規模の回復、近代化の遅れ)に取り組み、最終的には大国間競争の時代に向けた将来の戦力設計(Force Design)として、新たな統合作戦構想(JADO)を提示すると共にその為の優先分野を示してる。

NDS2018の目標達成の為に、米空軍は次のことが出来る統合された戦力設計を追求しなければならないとして、4つの鍵となる資源投資分野を示している。①統合戦力の連結(ネットワーク化)、②宇宙の圧倒的支配、③戦闘力の創出、④攻撃下での後方の実施、である。ここに焦点を当てつつ、戦闘指揮官に準備ができた戦力を提供すること並びに人材育成と隊員・家族の面倒を見ることを重視すると述べている。

将来のハイエンドな戦いにおいて勝利する為の作戦構想がJADOであり、その為の指揮統制系統(JADC2)の構築と先進戦闘管理システム(ABMS)の開発を重視していること並びに米空軍がJADC2構築の努力を主導するとの意志が明確に示されてる。また、戦闘力の創出のため優先されてきた近代化事業(F-35、B-21, KC-46、F-15EX、T-7等)に加えて、次世代航空優勢プログラム(NDAD)をプラットフォームとしてではなくシステムとして開発していく考えを示しており、プラットフォーム重視からJADO構想下でのシステムへの転換を図ろうとする方向性が読み取れる。更に、デジタル設計技術におけるブレークスルー効果を狙って三つの緊要な分野(①デジタル工学、②迅速なソフトウェア開発、③オープン・システム・アーキテクチャー)に投資すること、産業や企業との連携により技術革新を伴った装備品を少ない数でもより速く実戦配備することで技術的優位性を維持しようとしている。

大国間の競争相手からA2ADで挑戦されることから、ハイエンドの戦いにおいても所要のロジスティックを実行できるよう、基地防衛の充実、垂直離着陸の輸送機等の装備化を進める考えを示している。2020年を統合基地防衛元年として、戦力投射及び戦力発揮の基盤である基地を防護する為に必要な装備や訓練を実施するとしている。統合による基地防衛を目指しているのはA2ADへの対応を念頭に置いているものではあるが、米軍の中で戦闘域内の作戦基盤の防衛がどの軍種の所掌か明確になっていない点も伺える。

大国間の競争相手に関連する地域として北極圏の重要性を指摘しており、この地域における能力強化と関係国との連携を強化すると述べている。また、暴力的原理組織に対しては、軽攻撃プログラムの開発と実証を通じて対処能力の向上と実際の活動支援を両立させようとしている。更に、人材が最も重要なアセットであるとして、統合リーダーを育成する為に新たな評価基準を設けると共に昇任制度の見直し(昇任管理委員会の6分割化、早期昇任制度の廃止)を行ったこと、家族を含めた支援を充実させる旨強調している。

 

3 まとめ

 本稿は米空軍の将来動向を探るための手掛かりとしてFY2017PSからFY2021PSの5年間の米空軍態勢報告(PS)の概要とキーワード等の分析を試みたものである。この期間は、大統領、米空軍参謀長等、主要リーダーシップの交替並びに戦略関連文書(NSS、NDS)等の策定による国防政策の転換などの大きな節目であり、米空軍の問題認識と課題解決の方向性にも変化があったことから米空軍の将来動向を探るうえで大きな意義がある。特にテロとの戦いが継続することによる高いOPTEMPOが二十年以上継続すること並びに国防予算の抑制傾向が続くことにより、レディネスの低下、戦力規模の縮小、近代化の遅れ等は米空軍にとって継続する深刻な問題であった。その問題を解決しつつNDS2018が求める大国間の競争、抑止、勝利を追求できる態勢に移行することは決して容易ではない。ウエルシュ大将の後を受けたゴールドフィン大将は、この課題に真正面から取り組み、最終的には作戦構想(JADO)や装備品の調達改革、作戦基盤の防護や効率的な後方・整備体制の確立、核抑止機能を含む近代化の推進等の重要な取り組みを総合的に包含する新たな「戦力設計(Force Design)」を提示している。勿論、今後の進捗によって適宜見直しはなされるであろうが大きな流れは変わらないものと推察される。新参謀長ブラウン大将が就任後の方針として「ACOL: Accelerate Change or Loose」を示したことは前ゴールドフィン大将が示したこの新たな戦力設計(What)を継承し、その迅速な実現(How)に取り組むという意志の表れであるとも考えられる。その意味でブラウン大将が策定するFY2020PSにも注目し本稿で分析した5年間のPSとの比較を通じて違いを見ていく必要がある。

 今回のPSの分析から見える空自へのインプリケーションとしては次のようなものが考えられる。まず第一に、米空軍はNDS2018が求める大国間競争への対応を追求していく中で、新たな戦力設計に含まれる様々な改革を進めることが予期されるが、その核心は作戦構想(JADO)であり、その為のJADOC2の確立やABMSの整備をスピード感をもって追求することが予想される。この動向をしっかりと踏まえつつ、米中の大国間競争の最前線に位置する我が国の位置づけを認識し、南西域の島嶼部防衛を如何に効果的に日米共同で行うか、その為に必要なことは何かを見極めつつ先行的に体制整備を行う必要がある。第二に、その為の鍵はセンサーやシューターのネットワーク化であり、軍種や領域を超えて連結しデータを共有できるC2系を構築することが不可欠である。米国としても同盟国との連携を重視しているが、米国からのアプローチを待っているだけだと米軍の基準や装備を受け入れることを強要されることは明白である。従って、日本としての領域横断作戦を実現できる独自の統合ネットワークやC2系統の確立が不可欠である。当面は、統合防空システム(IAMD)をひな型として検討を先行的に進化させておくべきであろう。第三に、米空軍が抱えてきたレディネスの低下、規模の縮小、近代化の遅れ等の課題は、空自にとって無関係ではない。平時における対領空侵犯措置の増加や大規模災害へのより能動的な対応、様々な国との安全保障協力の推進など、自衛隊の活動に対する要求はどんどん高くなる傾向の下で、ミサイル防衛態勢の強化や抑止力を担保する新たな機能の整備、老朽した装備品の維持等を限られた予算で実施しなければならない。様々な課題の解決が予算や人的資源の制約などから思うように進まない状況も問題を複雑にしている。個々の分野で出来ることを少しづつ着実に実施することも重要ではあるが、全体を俯瞰し戦力設計のレベルから見直し、総合的なネット・アセスメントによって課題解決の優先順位を付けると共に従来の発想に捉われず制度や仕組みを変えることによってブレークスルーする等、ゴールドフィン大将が主導した米空軍のアプローチについて大いに参考にすべきであろう。その為には、ネットアセスメント等の新たな手法による総合的な分析、検討を行いつつスピード感をもって各種施策の検討・立案・実行ができるよう空幕を下支えできるシンクタンク的な機能の強化が重要である。また、組織が将来において如何なる試練に直面しても責務を完遂できる組織であり続けるためには、人材の養成とリーダーの育成が必須の要件である。米空軍並びに米宇宙軍が常に優先順位の第一番に掲げる人材の育成に関しては、空自としても現状を踏まえつつ抜本的な改革に全力で取り組むべきであると考える。

「米国の対中軍事戦略の動向について」

本稿は、つばさ時評第〇号(2020年▽号)に寄稿したものを転載するものです。

 1 はじめに

       国防省のシンクタンクであるCSBA(戦略予算評価局)が、2019年3月、「鎖を締める:西太平洋における海洋圧力戦略の実行:“Tightening the Chain: Implementing a Strategy of Maritime Pressure in the Western Pacific”)」(以降、「MPS」と呼ぶ。)という報告書を発表した。対中融和姿勢が顕著であった前オバマ政権下で、様々な対中作戦構想等が検討されたものの、その議論は紆余曲折し、なかなか具体的な姿が見えてこなかった。本MPSの発表により、米国の対中軍事作戦構想を巡る混迷にようやく終止符が打たれ、対中戦略の進展に繋がると歓迎する意見もある。しかしながら、報告書の中で述べている通り、本戦略の実現の為には、所要の予算確保のみならず、「次のステップ」で提示された課題をクリアーしなければならない。すなわち、本報告書の構想を統合作戦構想へ発展させることや組織の見直し、所要の能力向上や新規装備品の開発・配備などが必要とされる。本報告書が示すアプローチは、次項以降で述べるように評価できる点が多々あるものの依然として課題も多数残っている。本稿では、評価できる点と課題等について明らかにすることにより、上記報告書の概要を理解すると共にわが国の防衛戦略に対するインプリケーションを考察するものである。

 2 本報告書の評価できる点について

     本報告書のアプローチは、以下の点で従前の対中軍事作戦構想より高く評価できると言える。まず第一に、最も評価できるのは、中国のA2/AD戦略の狙いや本質を十分理解したうえで作戦構想を構築している点である。これまでCSBAや米海軍大学を中心に議論されてきた数々の対中軍事作戦構想(Air Sea Battle、Off-shore Strategy、Deterrence by Denial、Joint Access and Maneuver to Global Commons: JAM-GC等)は、政権の対中スタンスの影響もあり、A2AD能力による挑戦に対する具体的な作戦構想というよりも一般的な作戦概念に収斂してきた。つまり中国のA2AD戦略の狙いや本質(非対称的アプローチ)に対する個別具体的な対応が不明確であった。中国のA2AD戦略の狙いとは、中国が「核心的利益」とする台湾に対して既成事実化(すなわち台湾の占領)を図るまでの間、第三国、つまり米国の関与を阻止・拒否しようとするものである。更に、その為の手段とアプローチは、圧倒的に有利な米国の海空戦力と正面から戦うことは想定しておらず、非対称的なアプローチに軸足がある。まず、米軍が大きく依存するサイバー・宇宙領域において、C2やISR機能を妨害する。その後、費用対効果が高く米国との間に能力ギャップを生じている中距離の弾道ミサイルや巡航ミサイル等によって、米海空戦力の戦域への接近阻止を図る。その上で、距離的に有利な第一列島線の内側で優位性を確保し領域拒否を図ろうとするものである。これに対して、本MPSは、その狙いと本質を十分踏まえた上で、中国のA2AD環境下においても「a fait accompli」(既成事実)化を拒否するためのアプローチを提示している点が従前の構想とは大きく異なる点である。

     第二に、そのための作戦運用上の新たな概念として「Inside-Out Defense Concept」を提示していることである。これは、緒戦の弾道ミサイル・巡行ミサイル等による飽和攻撃にさらされる空軍、海軍の前方展開戦力に替わって、地上発射型の短・中距離ミサイルを装備した陸軍、海兵隊の部隊を第一列島線上に配備し、中国の既成事実化の動きに対してコストを強要することにより「拒否的抑止」を図ろうとするものである。特に、第一列島線に展開した「Inside Force」たる陸・海兵隊兵の部隊は、機動性と消極的防御策(隠ぺい、掩蔽、分散、抗坦化)を組み合わせることにより生存性を確保しつつ、戦闘を継続する。そして、戦力保全のため第二列島線まで退避する「Outside Force」たる海空戦力と連携してA2AD網を突破し、敵の重心を攻撃することを企図するものである。

     第三に、INF全廃条約から離脱した機会を最大限活用していることである。INF全廃条約からの離脱の主たる理由はロシアの条約義務不履行である。しかし、同時にINF全廃条約の下で生起していた中国との短・中距離Mxの圧倒的な能力差(ストライク・ギャップ)も戦略的な懸念事項であった。条約離脱の機会を捉えて、SM-6、LRASM、SRBM、地上発射型トマホーク等の活用により、米中間のギャップを埋めると共に敵に対するコストを強要し拒否的抑止の実効性を高めようとしている。

      第四に、本報告書は中国の狙いの達成を阻止する戦略的アプローチ(Deterrence by Denial)とそのための作戦運用概念(Inside-Out Defense)を示しつつ、これらの具体化を図る次なるステップも併せて提示していることである。つまり、戦略的アプローチと作戦運用概念を具体的に実行に移すための課題も明示しているのであり、説得力のある構想の提示となっている。

     最後に、CSBAの矜持ともいえるが、本報告書の提言を具体化するために必要となる費用の見積もりも提示している点である。それによると、2024年までに約0.9兆円~1.4兆円(約$8Billion~13Billion)の費用が必要と見積もられている。統合作戦概念への進化にかかる費用のみならず、組織編成の見直し、能力向上のための装備品の整備、同盟国との協力までの幅広く具体的な分野における費用の見積もりがなされている。政治が意思決定するために必要な情報が提示されており、本報告書の特徴の一つともいえる。

3 本報告書の課題等について

      前項で述べた5つの点から本MPSは高く評価できるものの、次に示すような大きな課題も有ると考える。まず第一に、「名は体を現す」といわれるが、MPSは何を狙いとして行う作戦構想なのか、その名前だけでは全く理解できない。示されているアプローチは陸・海兵隊戦力の活用と海空戦力の連携による「クロス・ドメイン」作戦であり、MPSの名称はそれを的確に表現していない。対中作戦構想は、第一列島線上に位置する同盟国や友好国と十分に共有される必要があり、その意味で名称は再考すべきであろう。

     第二に、過去の作戦構想等と同じく「戦略」と銘打っているものの、内容は中国のA2ADに対抗する「拒否的抑止」を主軸とした作戦構想である。平時~グレーゾーン事態への対応や「拒否的抑止」が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーション・コントロールへの対応が欠けていることである。これまでの構想は、政府の対中融和スタンスに配慮し、通常戦力であっても中国本土への攻撃を必要最小限にとどめようとしたことで、作戦の実効性や戦略としての妥当性に疑問を持たれる結果となった。トランプ政権の中国の位置づけは、各戦略文書で明らかなように力による現状変更を行う脅威であり、「競争相手」である。拒否的抑止が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーションのコントロールについても十分に検討されなければならない。2018年に示された「核態勢見直し(NPR)[i]」との整合も図る必要があろう。更に、本MPSで言及されていない平時からグレーゾーン事態への対応についても、2019年に策定された「インド太平洋戦略[ii]」を踏まえた検討を加えることで、中国に対する戦略の大枠が抜け無く整うものと考える。

     第三に、前項とも関連するが、現在生じている米中間の所謂「ストライク・ギャップ」(中国の中距離弾道ミサイル、巡航ミサイル等における圧倒的優位な状況)への対応である。現状の米中間の「ストライク・ギャップ」は、冷戦期にソ連がSS-20を配備したことで、NATOは米国の核の拡大抑止に対する信頼性に不安を感じ、「デカップリング」を恐れた。つまりギャップの存在によって、中国との本格的武力紛争、更には核戦争へのエスカレーションを米国が躊躇した場合、台湾占領等の既成事実化を認めるのではないかと言う懸念が生じる可能性がある。特に台湾の位置づけを巡る米中の認識には大きな差がある。中国にとっては武力行使も辞さない「核心的利益」であり、「中華民族の偉大な復興」に欠かせない中台統一は国家の夢である。他方、米国にとっての台湾は、イデオロギーの戦いでもあった冷戦期には、「自由と民主主義」を掲げる西側の一部であり譲れない一線であった。しかし、「アメリカ第一主義」を掲げ、価値観や規範を重視市内bトランプ政権が何処まで台湾防衛にコミットするかは疑問であり、それが現実になる前に「デカップリング」を解消するための手立てを早急に検討し、進める必要がある。

      第四に、本MPSの柱である「Inside Force」の生存性が担保できるか否かに疑問が残ること並びに「Inside Force」と「Outside Force」のターゲッティングが如何に担保されるか不明な点である。本報告書では、機動分散型の対艦・対地ミサイルを装備した陸上部隊及び水陸両用部隊がCCD(Camouflage、Concealment、Deception)と機動性を駆使して生存を確保しつつ戦闘を継続すること、それによって彼の攻撃計画の見積もりに不確定要素を突きつけ拒否的抑止を機能させようとしている。しかし、第一列島線、特に南西域の島嶼部には十分な地積も無い上に、土地や施設の軍事的利用にネガティブな現実があることも念頭に置かなければならない。更に、第一列島線上の同盟国、友好国の警戒監視能力等には大きな差があり、A2AD環境下で適切なターゲッティングを担保する為の体制を如何に整えるかは対A2AD作戦の成否を左右する鍵になるものと考えられる。

     最後に、中国のA2AD戦略の非対称性の一つであるサイバー領域並びに宇宙領域における米国のC2やISR能力を減殺する行動に対して如何に対応するかについて殆ど言及されていないことである。この点に関して米国は既に「第三の相殺戦略[iii]」として、A/I、無人機、レーザー等の科学技術力に立脚した優位性の確保を目指すとしている。しかし、その実現には未だ一定の時間を要すること、その効果について明確でないこと等から、西太平洋、東・南シナ海におけるC4ISR能力を担保するための具体的な方策の検討と実行が不可欠である。この点に関する踏み込みの甘さは、本報告の欠点の一つとして指摘されるべきであろう。

4 おわりに

     本MPSは、さらなる検討・改善すべき点を多々あるものの、米国において迷走している観のあった対中軍事作戦構想の実効的な方向を示したものであり評価できる。特に、中国のA2AD戦略が既成事実化を図るために第三国の介入を阻止しようとするものであることを踏まえた上で戦略を構築しようとしている点は極めて大きな進展である。他方で、本稿で指摘した課題等について更に検討を深めると共に、我が国をはじめとする第一列島線上の同盟国、友好国との連携をより緊密化しなければならない。我が国も30大綱において「多次元統合防衛力」を構築し、クロスドメインに戦いにより南西の島嶼防衛態勢を確立する為の努力を開始したところであるが、より一層米国との戦略や作戦構想の擦り合わせを具体的かつ緊密に実施してゆかなければならない。

     本MPSの我が国に対するインプリケーションは、次のようなものであると考える。①30大綱に示す「多次元統合防衛力」の構築による島嶼防衛態勢の確立という方向性は米国の作戦構想に寄与するものであり着実に進展させるべき、②新たな領域における取組を加速し我の脆弱点をカバーし、彼の非対称的アプローチの効果を低減させるべき、③クロスドメインの戦いをより効果的にするため統合・共同作戦計画を具体化させるべき、④30大綱で新たに掲げた「持続性、強靭性の強化」のうち、特に強靭性の強化策を迅速かつ徹底して推進すべき、⑤核の拡大抑止に係る協議を進展させ必要な施策を実行すべき、等である。

     米国が安全保障上の軸足をアジア・太平洋に「リバランス」し、中国とあらゆる分野における競争を始めている中にあって、日本は最前線の同盟国である。冷戦期とは異なり、我が国は主体的かつ能動的に米国と戦略や作戦構想との整合を図る責任を有するのである。いずれにせよ、日米並びに関係国が、中国による如何なる不法かつ一方的な現状変更や軍事力を使用した既成事実化を拒否する強固な意志と能力を構築していくことが、21世紀のインド太平洋における平和と安定に繋がる道である。

[i] The Department of Defense, “Nuclear Posture Review,” February, 2018

[ii] The Department of Defense, “Indo-Pacific Strategy Report,” June 1, 2019

[iii] Chuck Hagel, “Secretary of Defense Speech: Reagan National Defense Forum Keynote,” U.S. Department of Defense, November 15, 2014, http://www.defense.gov/News/Speeches/Speech-View/Article/6066352014年11月「国防革新イニシアティブ」

米空軍の将来動向について(その1):CSBA報告書「米空軍の将来の戦闘空軍力に関する5つの優先事項」

この記事は、日米空軍友好協会(JAAGA)の機関誌「JAAGA便り」No.58に寄稿したものです。


1 はじめに

 昨年9月、つばさ会/JAAGA訪米団の一員として米国を訪問するという貴重な機会を得た(成果の細部は、JAAGAだより第57号を参照されたい)。期間中の米部隊研修、主要コマンドの指揮官・幕僚との意見交換及び米空軍協会主催のシンポジウムへの参加を通じて、米空軍を含む米軍が大きな転換期にあるとの印象を持った。2017年の政権交代に伴い一連の戦略文書が見直された結果、米国の対中スタンスが、関与政策(「Engagement」)を通じて中国が「責任のあるステークホルダー」となることを期待する融和的なものから、「力による平和」を求め「大国間の競争」に勝利するという厳しい対決姿勢に回帰したことが背景にあったからだ。米国滞在間の意見交換やブリーフィングを通じて、米空軍の将来動向が朧気ながら見えてくるような気もしたが、筆者の英語の聞き取り能力の不足や背景的な知識不足もあり、不明な点が消化不良のまま残ってしまったというのが実態であった。帰国後、少しでも疑問を解消したいとの思いで、関連資料をネット検索していた時に偶然、本報告書に出会った。読み進めるにつれ、自分の疑問が解消してゆくのと同時に米空軍の将来動向に興味を持つ者にとっては意味のある報告書であると考えたのが、本稿を書き始めた理由である。報告書は、「大国間の競争」相手である中露とのハイエンドな戦いを抑止し、勝利する為に米空軍が優先すべき5つの事項を提言している。従来の対中軍事戦略を巡る議論で余り適切に認識されていなかったA2AD戦略の狙いやハイエンドの戦いにおける適正な彼我の能力評価などがベースとなっており、概ね首肯できる内容となっている。南西域を主体とする我が国の島嶼防衛作戦は、米国の対中軍事作戦の一部でもあると言え、実効的な日米共同の観点からも米空軍の考え方や将来動向を見極めることは極めて重要である。また、本報告書の内容は、30大綱を受けて「進化」が求められている空自にとっても示唆に富むものであると考える。本稿の目的は、米国の民間シンクタンクである戦略予算評価センター(Center for Strategic Budgetary and Assessments: CSBA)が出した報告書を通して、米空軍の対中軍事作戦の考え方や将来動向を探ると共に空自に対する示唆を考察することである。そのため、まず報告書の要点、キーワード等を各章ごとに紹介し、その上で空自に対する示唆を考察し、まとめとしたい。

 

2 報告書の概要とキーワード等点

(1)概要

ア 本報告書は、ワシントンD.C.に所在する民間シンクタンクCSBAが2020年1月に出した72ページからなる報告書である。本報告書は、「総括的要約と提言」、各提言の細部を詳しく説明する5つの章並びに結論から構成されている。「総括的要約と提言」並びに各章の中見出しを拾って読むだけで概要を概ね理解できる構成となっている。また各種見積もりの比較や数値見積もりによる分析、概念図の提示など、理解を促進する工夫がなされており、説得力のある報告書となっている。

イ 本報告書は、米空軍が将来に備えるために優先すべき5つ事項を提言していが、特に興味深い点は、以下の5つである。まず第一に、2018国防戦略(National Defense Strategy :2018NDS)を実行するためには、中露の侵攻をほぼ同時に打破できる能力(Forces to defeat Chinese and Russian acts of aggression nearly simultaneously )が必要であるとしていることである。これは中露が武力攻撃に至らない状況(グレーゾーン)で既成事実化を図る戦略を取っており、一方との本格的な紛争の生起は他方の現状変更の試みを誘引する可能性が高いことから、妥当な考え方と言える。他方で、中露に対処する欧州方面並びにインド・太平洋地域のそれぞれの地理的特性から、統合運用を前提としても空軍力のみが双方へ同時に対応できる能力が必要とされると主張している。その上で、現在の米空軍戦力ではその能力が不足しており、必要とされる戦力規模との間のギャップを早急に埋める必要があると指摘している。第二に、中露の統合防空網(Integrated Air and Missile Defense: IAMD)の能力評価に基づき、敵の防空エリアに突入するにはステルス性が最低限の要件である一方で、現状ではそれを備えるプラットフォームの数に限りがあり、損耗のリスクがあると共に所要の攻撃効果を上げるのは困難であることを認めていることである。第三に、中露のA2AD能力向上により前方展開基地等は脆弱であることから、敵の脅威圏外から戦力を投射・発揮できる能力の向上と同時に戦域内で十分な戦力発揮が出来るよう強靭性を備えた態勢(基地、インフラ、後方補給態勢等)を構築すべきであると提言していることである。これは、米国の対中軍事戦略を巡る議論の中で、日本を含む域内の同盟国が抱いてきた「見捨てられる」懸念を払しょくするものであり、米国の本気度を示すものであると言えよう。第四に、無人航空システム(Unmanned Aerial System:UAS)を幅広く任務活用する為、開発を進めるべきとしているが、低価格で消費可能なUASの活用を提言していることである。これによって、グレーゾーン事態への対処における実効性の向上及びハイエンドの戦いにおける脆弱性の低減を狙っているためである。最後に、超音速兵器、燃料効率の高いエンジン(E/G)、戦域管理の為の指揮・統制系統(Command and Control: C2)等を次世代の戦力増幅機能(Force Multiplier)と見做し、それらの開発を加速すべきとしていることである。これは、AWACSや空中給油機等のプラットフォームを戦力増幅機能としていた従来の考え方からの大きな転換であると言えよう。

 

(2)各章の内容と要点

ア「第1章:大国間紛争の為に必要な戦闘空軍力(CAF)の規模」

 米国議会の要請に基づき、米空軍、MITRE(米国の非営利団体)、CSBAの三者は、2018NDS実行の為に必要とされる空軍戦力の規模等を検討したされる。本報告書では、その比較検討の結果に言及しているが、三者とも現有の米空軍の戦力では2018NDS実行には規模が不足しており、増強すべきという点で共通している。米空軍の検討結果は、「我々が必要とする空軍:Air Force We Need: AFWN」として取り纏められ、2030年までに386個飛行隊が必要であるとしている。(現有飛行隊数は316個飛行隊)これは、国防予算削減継続の影響とテロとの戦いでオペレーション・テンポが高い状態の継続により、レディネスの低下と共に戦力規模が歴史的に最低レベルまで低下している米空軍の現状に対する懸念が広く共有されていることを意味している。(他の資料に基づく減少規模は、湾岸戦争時(1991年)との比較で以下の通り。人員:30%減、航空機数:35%減、総飛行隊数:23%減、戦闘機飛行隊数:50%減)

 一方、増強すべき分野(戦闘機、爆撃機)や増強のペース、新旧プラットフォームの比率等の細部は、三者の主張は微妙に異なるが報告書中の比較分析表等が参考となる。本報告書においてCSBAは、戦力組成の比重を戦闘機から爆撃機にシフトさせるべきとしている。それは、紛争初期に脅威の及ばない戦域近傍に多数の戦闘機を集中させて航空優勢を獲得するという湾岸戦争のようなシナリオはA2ADの脅威下では既に成り立たなくなっているという認識からである。また、核のトライアッドを適切に担保する爆撃機の組成を維持すると共に空中給油機への負担を軽減したいという考え方によるものである。

 更に、本報告書の注目すべき考え方は、2018NDS実行に為には、中露の侵攻をほぼ同時に打破できる能力が必要であり、戦域と軍種の特性から空軍力のみがそれを必要とされているという点である。つまり統合作戦が前提であっても、陸軍が欧州方面で、太平洋方面では海軍、海兵隊が主要な役割を果たすが、空軍は両地域での航空・宇宙優勢の獲得や重要目標に対する精密攻撃等を行うことが前提なのである。中露共にグレーゾーンにおける既成事実化を狙いとしており、一方との武力紛争生起が他方の行動の誘因とならないようにする観点からも妥当な考え方であろう。

 本章のキーワードは「Size & Force Mix(規模と戦力組成)」である。必要な戦力規模を適切に見積もることは容易な作業ではない。またその評価も極めて難しいが、本報告書では米空軍、MITRE、CSBAの見積もりを比較分析しながら最大公約数的な結論、つまり2018NDS実行の為には現在の戦力規模(312個飛行隊)では不足していること、戦力組成が戦闘機に偏っておりA2ADの脅威を踏まえれば適正ではないことを指摘している。

 

イ「第2章:より残存性の高い戦闘空軍力(CAF)の構築」

 この章では、中露の兵器システム、特にIAMDシステムの発達により米空軍力の優位性が失われ、損耗リスクが増大しているという認識に基づき、生存性を高める様々な方策を取るべきことが提言されている。これは、逆に言うと高性能のIAMD網で厳重に防護されている地域、目標、つまり敵領域内の目標に対して攻撃することを想定していることでもある。経済的な相互依存関係を重視する政治的判断に配慮し、中国大陸への攻撃を極力表に出さなかった従来の議論では、中国のA2AD戦略に如何に対抗し、最終的にどう決着させるのかが不明確であった。軍事合理的な検討に基づく本報告書は、より実効的な作戦構想に繋がるものと考えられる。

 更に、中露の空対空の脅威も増大してきており、我の任務達成率が低下すると評価している。つまり彼らも第5世代戦闘機や長射程Mx等の配備を進めると共に敵を混乱させ対抗機動を難しくする実戦的な訓練も行われており、我の高価値・在空アセット(High Value Airborne Asset: HVAA)への脅威が増大していると分析している。統合防空網(IAMD)の脅威に加えて、空対空の脅威も増大していることから、航空作戦全体の有効性が低下すると懸念している。他方で、脅威圏外から長距離スタンドオフ兵器に依存する戦いも、費用対効果的には不適切であり、最低条件として将来のCAFはステルス性又は低被確認性(Stealth or Low Observability: S/LO)を確保しなければならないとして、次の五つの鍵となる技術を例示している。①先進の形状設計、②全方位・多周波数帯の反射管理、③低出力・狭バンド幅の通信、データリンク、④先進センサー、⑤多次元での相互運用性。

 地対空、空対空の脅威が増している反面、予算削減やテロとの戦いへの専念への影響により、脅威度の高い地域で作戦出来るステルス性を備えたプラットフォームは少ないのが現状である。従って、短期的にはF-35、F-22、近代化されたB-2などの五世代機の調達を最大化すること、中長期的には脅威の高い環境下で敵防空網制圧・破壊(Suppression of Enemy Air Defense/Destruction of Enemy Air Defense: SEAD/DEAD)を実施でき、進入した後の対航空/電子攻撃(Penetrating Counterair/Penetrating Electronic Attack: PCA/PEA)ができる能力を有する航空機や脅威下でも情報・捜索・偵察機能(Intelligence Surveillance Reconnaissance : ISR)が発揮できる侵攻ISR機(Penetrating-ISR:P-ISR)機を開発すべきとしている。

 この章のキーワードは「ステルス又は低被確認性(S/LO)」である。高性能なIAMD網を突破し、戦域内で機能発揮する為には、S/LOが必要条件であるとしている。敢えてS/LOとしているのは、防空網に対ステルス機能が付加されてきており、多周波数帯の電磁波の制御が重要になってきているからである。

 

ウ「第3章:前線で戦闘空軍力(CAF)を発揮」

 この章では、A2ADの脅威によりヨーロッパと太平洋の両地域における前方展開態勢が脆弱であるという認識に立ち、如何に中露の侵略行為を打破できる圧倒的な戦力を戦域内で発揮するかについての基本的考え方を示している。両地域に所在する米軍基地は、緒戦における弾道ミサイルや巡航ミサイル、無人機による連続攻撃等に対する適切な防御手段を備えておらず、極めて脆弱であると指摘している。この脆弱性は、米国の前方展開態勢の信頼性を低下させるのみならず、同盟国に対する防衛やそれを保証する能力を低下させるもので戦略的にも重大な問題だとしている。域内の同盟国が抱く「見捨てられる」懸念の原因でもある。

 前方展開戦力の大部分を脅威圏外の遠方から再展開するやり方は、飽和攻撃からのリスクを回避できるものの、侵略を抑止し、打破することを困難にするのみならず、正に敵が望む反応であることから、より大胆な行動を誘引する隙を与えてしまうと指摘する。その為、敵の攻撃を受けても所要の戦闘力を発揮できる強靭な前方展開態勢を構築することが不可欠であり、基地を防御し戦力を分散できる能力の向上が重要であるとする。

 その上で、戦闘力を前方展開基地から脅威圏外の遠方の基地に再展開することによる作戦遂行上の負の影響を次のように指摘している。遠距離からの作戦は、距離が増えるにしたがって一日当たり作り出せるソーティ数が減少し、攻撃可能な目標数も減少、他の任務に振り分ける時間も減少する。そして何より一日当たりに必要な空中給油機の数が、幾何級数的に増加する見積もりとなる。本報告書では、この負の影響をグラフで表しているが、例示された見積もりは衝撃的な事実を示している。仮にオーストラリア北部の基地から約1600NMの距離にある南シナ海スプラトリー諸島周辺のある地点に、戦闘機1個編隊(4機)を連続的に戦闘哨戒(Combat Air Patrol: CAP)させようとした場合、米空軍が保有する全てのF-22、F-15及び空中給油機を投入しても不可能という見積もりである。つまりほぼ等距離にあるグアム島から尖閣周辺の1個CAPポイントに1個編隊すら連続的に投入できないということであり、その倍以上の距離にあるハワイ(約4100NM)からの航空戦力の投入が如何に困難かも暗示的に示している。

 このため、本報告書では前方展開態勢の強靭化、つまり攻撃を受けても粘り強く戦闘域内で戦力発揮できる態勢の構築が第一であるとしている。現在の前方展開態勢は、大規模で、集約化され、抗堪化されていない作戦基盤に依存しており、これを小規模で、積極防御と消極防御を組み合わせて強靭性を備える作戦基盤に転換することが求められるとして、今後の努力の方向性として次の6項目を提示している。①脅威の探知、警戒能力の向上(特に巡航ミサイルや無人機に対する)、②分散運用する能力の向上(実施要領の検討、機動力の確保、後方補給態勢の構築)、③戦域内の作戦基盤の増加、④基地の抗堪性の向上(シェルターの整備、多重化)、⑤飛行場の被害復旧能力の向上、⑥IAMD能力の向上(UASの活用、指向エネルギー兵器等)。他方で、このような前方の作戦基盤の脆弱性は以前から認識されていたものの、予算上の優先順位が低く、結局整備されてこなかったという事実も指摘されている。

 その上で、前方展開基地のIAMD能力の整備以上に、どの軍種が前方展開基地の整備や防御に責任を有するか明らかすることが重要であるとしている。つまりこの点に関しては米軍内でもコンセンサスが確立されていないことを意味する。弾道ミサイル防衛の責任を米陸軍が有することから、その延長で考えるのか、米空軍が基地防衛に関するフォース・ユーザーとして他軍種の支援を受けるのか、新たな統合作戦構想の検討と十分な予算措置が必要としている。

 この章のキーワードは、「Forward & Resilience(前方と強靭性)」である。特にA2AD脅威下にあっても前方展開地域内で強力な戦闘力を発揮し続ける為には強靭性が不可欠である。戦力保全の観点から緒戦の飽和攻撃に対して戦力を一旦脅威圏外に引くことが作戦的にも戦略的にも大きなマイナスであることを踏まえて、前方地域で基地等の強靭性を確保しつつ戦力発揮すべきことは、対中軍事戦略における実効性の観点から極めて重要なポイントである。

 

エ「第4章:現在と将来のUASの戦闘力増幅機能を最大活用」

 本章では、無人航空システム(Unmanned Aerial System: UAS)の利点の最大活用が、CAFの戦力規模のギャップを埋めると共にA2ADへの対応に有効であると主張している。予算の制約が厳しい状況下で、新たな調達プログラムへの予算を確保する為、古いとはいえ既存のプラットフォームを退役させることは只でさえ規模が小さいCAFはリスクを増やすことになる。UASの任務と役割と再考することが、グレーゾーンへの対応や前方展開態勢の強靭化に寄与できると主張している。非ステルスではあるが長時間滞空型のUASはより小型の消耗可能(Attritable)なUASと組み合わせることにより、探知、識別、追跡の機能を発揮しグレーゾーンの侵略行為を初期段階で暴露することが可能であり、「探知による抑止」というグレーゾーン対応で重要な役割を果たすことが出来る。本報告書では、既にポーランドに配備されているMQ-9がNATO東側地域のグレーゾーン事態抑止の為に効率的(既存のA/Cの25%の運用経費、90%の可動率)に機能していることが指摘されている。

 また、MQ-9クラスのUASにAESAレーダーやISR機能、指向エネルギー装置を搭載することにより、遠距離前方で長時間の捜索、探知、一部の要撃を実施できることから、飽和攻撃に対する外縁防御網を構築でき、結果的に前方展開態勢の強靭性向上に寄与できるとする。また、防空作戦時の哨戒任務やHVAAのエスコート(防御)任務が可能なUASやIRMx、RDRMx搭載により物理的な破壊力を持つUASなどは実現可能性があり、人員、予算、インフラへの負担は有人機に比べて少ないとその利点を強調している。

 更にUASの活用は人的損耗のリスクを減らしつつ戦闘能力の向上が図れるのみならず、有人機に比して費用対効果の高い消耗可能なUASを活用することで経費削減に繋がり、結果的にCAFの近代化に寄与できるとしている。現在開発中のバルキリーUAS(Valkyrie)の場合、搭載するセンサーや機能により若干変動するものの、100機調達を前提とし1機当たりの価格は2億~2.5憶、維持費用は有人機の10%、平時の訓練時間も少なくて済むとその利点を強調している。また、現在DARPAが主導する様々な可能性のあるUASプログラムを例示すると共に比較分析している。その上で、消耗可能なUASの作戦上の優位性として、滑走路や基地インフラへの依存が減り前方展開基地の脆弱性の低減に寄与できること、戦闘域での活動の継続性を向上出来ること、有人機との組み合わせにより作戦能力が向上出来ること等を挙げて、UASの活用に関する構想を5つ示している。

 最後に、UASの飛行時間当たりの経費(Operational Cost per Flying Hour: OCPFH)が低いことに触れた上で、当面はMQ-9と他のUASを活用した基地防御やマルチ・ドメイン指揮・統制(Multi Domain Command & Control: MDC2)支援の為の運用構想を作り上げること、中長期的には有人機と連携できる消耗可能なUASを調達することを推奨している。

 この章のキーワードは、「Attritable UAS(消耗可能なUAS)」である。UASの可能性を最大限に活かしつつ中露との本格的なハイエンドの紛争において、低価格で消耗可能なUASは彼のコスト強要戦術に対して有効なカウンターとなり得る。特に有人機との組み合わせを含めてUASの活用方法について様々なプログラムを推進すべきであるが鍵はネットワーク化である。

 

オ「第5章:他の将来的な戦闘力増幅機能を開発」

 この章では、戦闘能力増幅機能(Force Multiplier: FM)の開発を積極的に進めるべきことを強調しているが、AWACSやKC等のプラットフォームを念頭に置いた戦闘力増幅機能(FM)ではなく、より費用対効果が高く兵器やE/Gなどの単体の機能に焦点を当てた戦闘力増幅機能(FM)に言及している。これはプットフォーム主体の考え方から、個々の機能の統合的効果を目指す考え方への転換の表れである。背景的には、規模拡大や近代化等のように予算的に負担の大きな課題に取り組みつつ、戦闘力の最大発揮を可能とするためには、戦闘能力増幅機能(FM)が不可欠という問題認識があるものと考えられる。

 中露のIAMDの能力向上により目標到達率が低下することから、単にマスを増やすことでこの挑戦に対応するのではなく、現状では対応困難な速度とRCSコントロールにより生存性と決定力を向上させるべきであるとして極超音速兵器をFMとして優先順位を上げるよう提言している。他方で、極超音速兵器は高価であり数的な制約があるとして、多数目標を同時攻撃できる弾薬も追求すべきであるとしている。その中には、高出力電磁波を発出しレーダー等の機能低下させる巡航ミサイルなども取り上げている。また、現在のCAFの戦力組成が航続距離の比較的短い戦闘機に偏っている等、空中給油機能への依存度が高い現状を踏まえ、行動半径の延伸と任務の持続性を向上させる次世代の可変型E/GをFMとして取り上げている。

 更に過去にFMとして活躍したAWACSやJSTARSは、大型で数に限りがあり、地上における脆弱性が高くフットプリントが大きいことから生存性の向上が困難であるとしている。これに代わるものとして、プラットフォームではなくC2と通信、センサー等とパッケージとして組み合わせたシステムとしての先進戦域管理システム(Advanced Battle Management System: ABMS)をFMとして推進することで、統合戦力の有効性と強靭性を大きく増加させることが出来るとしている。

 この章のキーワードは、「Force Multipliers(戦力増幅機能)」である。この言葉は今までも使用されてきたが、その概念に当てはまる機能は空中給油機やAWACSなどでプラットフォームであったが、今回提示されたものは個々の機能や能力であり、全く異なるものである。本報告で取り上げられたFMは、超音速兵器、多目標攻撃機能付き弾薬、先進的可変型E/G、ABMS(先進的戦域管理機能)などであり、戦力増幅機能(FM)の概念が大きく変化してきている。

3 まとめ

  本稿は、CSBA報告書を通じて米空軍の将来動向を探ることを目的に、同報告書の概要並びに各章の要点、キーワード等を紹介してきた。予算削減の継続とテロとの戦いへの関与による高いオペレーション・テンポ、戦力規模の歴史的落ち込みといった米空軍の現状に対する危機感を踏まえ、中露のA2AD戦略の狙いの適正な理解と具体的な能力評価に基づいて、今後米空軍として優先すべき5つの項目が提言されていることを確認した。各提言の細部は前述のとおりであるが、いずれも中露とのハイエンドの戦いを抑止し、勝利する為には極めて重要な提言である。特に、中国のA2AD能力による挑戦に対して、前方展開態勢を強靭化しつつ戦域内で所要の空軍力を発揮し続ける意志を明確にしたこと並びにその為の方策に言及されていることは極めて重要である。また、5つの提言の内容も今後米空軍に如何に取り込まれていくかをフォローすべき重要なポイントである。

  その上で、空自に対するインプリケーションは次のようなものが考えられる。第一に、米空軍が、前方展開態勢を強靭化し、A2AD脅威下であっても戦域内で所要の空軍力を発揮することを重視している点である。中国のA2ADに最前線で向き合う我が国にとって西・南西地域の島嶼防衛は我が国防衛であるのみならず、米空軍の戦力発揮を担保する重要な前提条件となるということである。同地域内の自らの作戦基盤の強靭性を向上させるのみならず、日米共同の観点から米空軍の戦力発揮を支える前方展開態勢の構築並びに日米共同態勢の構築に主体的に取り組むべきである。その為には、西・南西地域における作戦基盤の拡大と後方補給態勢を含めた強靭化を統合的観点から着実に進める必要がある。もとより、南西域における過去の歴史や政治状況を踏まえると使用可能な官民飛行場等を増やすことは容易ではない。しかし、日米の対中航空作戦の鍵であることから、知恵を絞りつつ地道な努力を積み重ねる必要があろう。特に作戦基盤の強靭化に関しては、日米共に必要性を認識しつつも予算上の優先順位から置き去りにされてきた課題であることを念頭に、同じ轍を踏んではならない。第二に、米空軍が消耗可能なUASの多様な任務・シナリオでの活用を考えていることである。空自はようやくグローバル・ホークを運用する部隊の建設が始まった段階ではあるが、米空軍のUAS活用の動向を踏まえ消耗可能なUASの活用に関する検討を進化させるべきであろう。特に、作戦基盤の強靭化に消耗可能なUASを活用する考えは、西・南西域の作戦基盤が緒戦の巡航ミサイル、無人機等による飽和攻撃に対して極めて脆弱である現状から重要である。消耗可能なUASに多様なセンサーや兵器を搭載し、基地の遠方外縁に探知・防御網を構築すると共にインフラの抗堪性を高める消極的防御策の着実な実行、被害復旧能力の向上は急務と言える。またその際、米空軍が念頭に置く作戦域内の戦闘管理システム(Battle Management System: BMS)とJADGEとの連接を考慮する必要がある。

  本報告書は、米国の民間シンクタンクの報告であり、米空軍/国防省がこの通りの施策を採用するか否かは不明であるが、少なくとも軍事合理的に首肯できる内容であり、米空軍の他の関連資料等(米空軍態勢報告(USAF Posture Statement))からも概ねの方向性は共有されていると考える。本報告の提言がどのように米空軍の予算や防衛力整備に反映されるかを注意深くモニターすると共に我が国としてなすべきことは主体的かつ先行的に実施しなければならない。何故なら、我が国防衛のニーズと米国の対中軍事戦略のニーズが一致しているからである。特に西・南西域における作戦基盤の強靭性を向上させる努力を自ら行うことが米国の対中航空作戦を支援することにも寄与出来ることを念頭に置く必要がある。またその際「消耗可能なUAS」の活用による基地防空並びにBMSC2を支援しJADGEとの連接を支援するUASの開発等が極めて重要であると考える。

米CSBA報告書「鎖を締める:西太平洋における海洋圧力戦略の実行」について(令和元年9月:荒木淳一)

この記事は、航空自衛隊退職者団体「つばさ会」機関誌「つばさ」No.〇〇に寄稿したものです。


1 はじめに

      国防省のシンクタンクであるCSBA(戦略予算評価局)が、2019年3月、「鎖を締める:西太平洋における海洋圧力戦略の実行:“Tightening the Chain: Implementing a Strategy of Maritime Pressure in the Western Pacific”)」(以降、「MPS」と呼ぶ。)という報告書を発表した。対中融和姿勢が顕著であった前オバマ政権下で、様々な対中作戦構想等が検討されたものの、その議論は紆余曲折し、なかなか実効的な姿が見えてこなかった。本MPSの登場により、米国の対中軍事作戦構想を巡る混迷にようやく終止符が打たれ、対中戦略の進展に繋がると歓迎する意見もある。しかしながら、報告書自身が述べている通り、本戦略の実現の為には、所要の予算確保のみならず、「次のステップ」で提示された課題をクリアーしなければならない。すなわち、本報告書の構想を統合作戦構想へ発展させることや組織の見直し、所要の能力向上や新規装備品の開発・配備などが必要とされる。本報告書が示すアプローチは、次項以降で述べるように評価できる点が多々あるものの依然として課題・疑問も多数残っている。本稿では、上記報告書の概要を理解するため、その評価できる点と共に未だ不十分な点について明らかにすると共に、わが国の防衛戦略に対するインプリケーションを考察するものである。

 

2 本報告書の評価できる点について

    本報告書のアプローチは、以下の点で従前の対中軍事作戦構想より高く評価できると考える。まず第一に、最も評価できるのは、中国のA2/AD戦略の狙いや本質を十分理解したうえで作戦構想を構築している点である。これまでCSBAや米海軍大学を中心に議論されてきた数々の対中軍事作戦構想(Air Sea Battle、Off-shore Strategy、Deterrence by Denial、Joint Access and Maneuver to Global Commons: JAM-GC等)は、時の政権の対中融和政策の影響もあり、A2AD能力による挑戦に対する具体的な作戦構想というよりも一般的な概念に収斂してきた。つまり中国のA2AD戦略の狙いや本質(非対称的アプローチ)に対する個別具体的な対応が不明確であった。中国のA2AD戦略の狙いとは、中国が「核心的利益」とする台湾に対して既成事実化(すなわち台湾の占領、統一化)を図るまでの間、第三国、つまり米国の関与を阻止・拒否しようとするものである。更に、その為の手段とアプローチは、圧倒的に有利な米国の海空戦力と正面から戦うことは想定しておらず、非対称的な手段に軸足がある。まず、最新装備を備える米軍が大きく依存するサイバー・宇宙といった領域においてC2やISR機能を妨害する。そして、費用対効果が高く米国との間に能力ギャップを生じている中距離の弾道ミサイルや巡航ミサイル等によって、米海空戦力の戦域への接近阻止を図り、距離的に有利な第一列島線の内側での優位を確保し領域拒否を図ろうとしている。これに対して、本MPSは、その狙いと本質(非対称的アプローチ)を十分踏まえた上で、中国のA2AD環境下においても「a fait accompli」(既成事実)化を拒否するためのアプローチを提示している点が従前の構想とは大きく異なる点である。

    第二に、そのための作戦運用上の新たな概念として「Inside-Out Defense Concept」を提示していることである。これは、緒戦の飽和攻撃等の脅威にさらされる空軍、海軍の前方展開戦力に替わって、地上発射型の短・中距離ミサイルを装備した陸軍、海兵隊の部隊を第一列島線上に配備し、中国の既成事実化の動きに対してコストを強要することにより「拒否的抑止」を図ろうとするものである。特に、第一列島線に展開した「Inside Force」たる陸・海兵隊兵の部隊は、機動性と消極的防御策(隠ぺい、掩蔽、分散、抗坦化)を組み合わせることにより生存性を確保しつつ、戦闘を継続する。そして、戦力保全のため第二列島線まで退避している「Outside Force」たる海空戦力と連携してA2AD網を突破し、敵の重心を撃破することを企図している。

    第三に、INF全廃条約から離脱した機会を最大限活用していることである。INF全廃条約からの離脱の主たる理由はロシアの条約義務不履行である。しかし、同時にINF全廃条約の下で生起していた中国との短・中距離Mxの圧倒的な能力差(ストライク・ギャップ)も大きな懸念事項であった。条約離脱の機会を捉えて、SM-6、LRASM、SRBM、地上発射型トマホーク等により、米中間のギャップを埋めると共に敵に対するコストを強要し拒否的抑止の実効性を高めようとしている。

    第四に、本報告書は中国の狙いの達成を阻止する戦略的アプローチ(Deterrence by Denial)とそのための作戦運用概念(Inside-Out Defense)を示しつつ、これらの具体化を図る次なるステップも併せて提示していることである。つまり、戦略的アプローチと作戦運用概念を具体的に実行に移すための課題を明示しているのであり、意思決定者に対する説得力がある。

    最後に、CSBAの矜持ともいえるが、本報告書の提言を具体化のために必要となる費用の見積もりも提示している点である。それによると、2024年までに約1.2兆円~1.9兆円(約$8Billion~13Billion)の費用が必要と見積もられている。統合作戦概念への進化にかかる費用のみならず、組織編成の見直し、能力向上のための装備品の整備、同盟国との協力までの幅広く具体的な分野における費用の見積もりがなされている。政治が意思決定するために必要な情報が適切に提示されており、本報告書の信頼性を向上させていると言える。

 

3 本報告書の課題等について

    前項で述べた5つの点で本MPSは高く評価できるものの、次に示すような大きな課題も内在している。まず第一に、「名は体を現す」といわれるが、MPSは何を狙いとして行う作戦構想なのかその名前からだけでは全く理解できない。示されているアプローチと作戦概念は陸・海兵隊戦力の活用と海空戦力の連携による「クロス・ドメイン」作戦であり、MPSの名称はそれを的確に表現していない。対中作戦構想は、第一列島線上に位置する同盟国や友好国と十分に共有される相互補完する必要があり、名称は再考すべきである。

  第二に、過去の作戦構想等と同じく「戦略」と銘打っているものの、内容は中国のA2ADに対抗する「拒否的抑止」を主軸とした作戦構想であり、平時~グレーゾーン事態への対応や「拒否的抑止」が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーション・コントロールへの対応が欠けていることである。過去の構想は、政府の対中融和スタンスに配慮し、通常戦力であっても中国本土への攻撃を必要最小限にとどめようとして苦心した挙句、作戦の信頼性のみならず戦略としての妥当性に疑問を持たれる結果となった。トランプ政権の中国の位置づけは、各戦略文書で明らかであるように「大国間の競争相手」である。拒否的抑止が機能しなかった場合の核戦争を含むエスカレーションのコントロールについても十分に検討されなければならない。2018年に示された「核態勢見直し(NPR)[i]」との整合も図る必要がある。更に、本MPSで言及されていない平時からグレーゾーン事態への対応についても、2019年に策定された「インド太平洋戦略[ii]」を踏まえた検討を加えることにより、中国に対する戦略の大枠が抜けなく整うと考える。

  第三に、前項とも関連するが、現在生じている米中間の所謂「ストライク・ギャップ」(中国の中距離弾道ミサイル、巡航ミサイル等における圧倒的優位な状況)への対応である。現状の米中間の「ストライク・ギャップ」は、冷戦期にソ連がSS-20を配備したことでNATOで問題となった米国の核の拡大抑止に対する信頼性の揺るがす「デカップリング」のリスクを孕んでいる。つまりギャップの存在によって、中国との本格的武力紛争、更には核戦争へのエスカレーションを米国が躊躇した場合、台湾占領等の既成事実化を認めるのではないかと言う懸念が生じる。特に台湾の位置づけを巡る米中の認識には大きな差がある。中国にとっては武力行使も辞さない「核心的利益」であり、「中華民族の偉大な復興」に欠かせない中台統一は国家としての夢である。他方、米国にとって台湾は、イデオロギーの戦いでもあった冷戦期には、「自由と民主主義」を掲げる西側の一部であり譲れない一線であった。しかし、「アメリカ第一主義」を掲げ、価値観や規範を重視しないトランプ政権が何処まで台湾防衛にコミットするかは疑問であり、それが現実になる前に「デカップリング」を解消するための手立てを早急に検討する必要がある。

  第四に、本MPSの柱である「Inside Force」の生存性が担保できるか否かに疑問が残ること並びに「Inside Force」と「Outside Force」のターゲッティングが如何に担保されるか不明な点である。本報告書では、機動分散型の対艦・対地ミサイルを装備した陸上部隊及び水陸両用部隊がCCD(Camouflage、Concealment、Deception)と機動性を駆使して生存を確保しつつ戦闘を継続すること、それによって彼の攻撃計画の見積もりに不確定要素を突きつけ拒否的抑止を機能させようとしている。しかし、第一列島線、特に南西域の島嶼部には十分な地積も無い上に、土地や施設の軍事的利用にネガティブな現実があることも念頭に置かなければならない。更に、第一列島線上の同盟国、友好国の警戒監視能力等には大きな差があり、A2AD環境下で適切なターゲッティングを担保する為の体制を如何に整えるかは作戦の成否を左右する鍵になるものと考えられる。

   最後に、中国のA2AD戦略の非対称性の一つであるサイバー領域並びに宇宙領域における米国のC2やISR能力を減殺する行動に対して如何に対応するかについて殆ど言及されていないことである。この点に関して米国は既に「第三の相殺戦略[iii]」として、A/I、無人機、レーザー等の科学技術力に立脚した優位性の確保を目指すとしている。しかし、その実現には未だ一定の時間を要すること、その効果について明確でないこと等から、西太平洋、東・南シナ海におけるC4ISR能力を担保するための具体的な方策の検討と実行が不可欠である。この点に関する踏み込みの甘さは、本報告の欠点の一つとして指摘されるべきであろう。

 

4 おわりに

  本MPSは、さらなる検討・改善すべき課題を多々含むものの、米国において迷走している観のあった対中軍事作戦構想の実効的な方向性を示したものであり評価できる。特に、中国のA2AD戦略が既成事実化を図るために第三国の介入を阻止しようとするものであることを踏まえた上で戦略を構築しようとしている点は極めて大きな進展である。他方で、本稿で指摘した課題等について検討を深めると共に、我が国をはじめとする第一列島線上の同盟国、友好国との連携をより緊密化しなければならない。我が国も30大綱において「多次元統合防衛力」を構築し、クロスドメインに戦いにより南西の島嶼防衛態勢を確立する為の努力を開始したところであるが、より一層米国との戦略や作戦構想の擦り合わせを具体的かつ緊密に実施してゆかなければならない。

  本MPSの我が国に対するインプリケーションは、次のようなものであると考える。①30大綱に示す「多次元統合防衛力」の構築による島嶼防衛態勢の確立という方向性は米国の作戦構想に寄与するものであり着実に進展させるべき、②新たな領域における取組を加速し我の脆弱点を防護し、彼の非対称的アプローチの効果を低減させるべき、③クロスドメインの戦いをより効果的にするための統合運用に資する施策を進展させるべき、④30大綱で新たに掲げた「持続性、強靭性の強化」のうち、特に強靭性強化策を迅速かつ強力に推進すべき、⑤拡大抑止に係る協議を進展させ必要な施策を実行すべき、等である。

    米国が安全保障上の軸足をアジア・太平洋に「リバランス」し、中国とあらゆる分野における競争を始めている中にあって、日本は対中戦略、作戦構想の最前線の同盟国である。冷戦期とは異なり、我が国は主体的かつ能動的に米国と戦略や作戦構想との整合を図り、実効的な共同作戦計画を構築していく責任を有するのである。いずれにせよ、日米並びに関係国が、中国による如何なる不法かつ一方的な現状変更や軍事力を使用した既成事実化を拒否する強固な意志と能力を構築していくことが、21世紀のインド太平洋における平和と安定に繋がる道である。

[i] 2018、NPR

[ii] 2019 Indo-Pacific Strategy

[iii] 2014年11月「国防革新イニシアティブ」

「核問題に対する政治の覚悟」(令和7年4月:荒木淳一)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである荒木淳一が日本戦略研究フォーラムの《リレーエッセイ 百家争鳴》に寄稿したものを再掲載したものです。

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JFSS第4回政策シミュレーションに参加して(令和6年10月:荒木淳一)

 この文章は、F3プロジェクト・メンバーである荒木淳一が日本戦略研究フォーラム季報の【特集】第4回台湾海峡危機政策シミュレーション報告に寄稿したものを再掲載したものです。


1 はじめに

 台湾海峡危機をメインテーマとするJFSS主催の政策シミュレーションは今年で4回目を迎えた。シナリオ、参加者、実施要領等に様々な工夫を凝らすことで年々内容が充実し、多くの政策課題を明らかにすると共に台湾海峡危機が我が国の安全保障に及ぼす影響を広く国民に伝える貴重な場となっている。今回の焦点の一つは、台湾海峡危機が、日本の経済活動や社会活動に如何なる影響を及ぼすかを明らかにすることであった。次官級の関係省庁会議やNSC会議等において、その見積もりや必要とされる経済・財政・金融にかかわる政策を議論することにより、その実相を明らかにすることができた。また、エネルギー資源や食料などを海上輸送路(SLOC)に大きく依存する我が国にとって、普段から経済力のレジリエンシーを高めておく重要性やインド洋から我が国に至る海上輸送路(SLOC)防護の重要性が改めて浮き彫りとなった。
 この他にも、認知戦への対応、複合事態への対応、国民保護や在外邦人の輸送などの重要なテーマについても真摯な議論が行われ、多くの示唆を得ることができた。他方で、第一回のシミュレーションから繰り返し指摘される課題がより一層鮮明となっており、課題解決のために具体的な取り組みがより一層強く求められていることを痛感する。本稿では、繰り返し指摘される二つの課題、すなわち事態認定の課題と日本と台湾との関係に起因する課題等について私見を述べてみたい。

2 事態認定に関わる課題ついて

 過去のシミュレーションでは、毎回、事態認定の議論に多くの時間とエネルギーを費やしてきた。4回目の今回、ようやく存立危機事態等が認定されたが、中国に取り残された日本人の退避を困難にするトリガー(特定国との戦争状態の認定)になることや実際に米国に対する攻撃が生起していない時点での認定を巡ってNSCでの議論は白熱した。
 事態認定を巡る課題の第一は、武力攻撃事態等法を含む安全保障法制の複雑さにある。そもそも、異なる時代背景、異なる安全保障上のニーズに対応する為、個別に策定された法律を包括して安全保障法制と総称しており、個々の策定の経緯等を踏まえた法解釈の境界(コメンタール)を理解しつつ、目の前の現実にどう適用するかを個別具体的に考えなければならない。武力攻撃事態等法は、そもそも中国によるサイバー戦や認知戦、武力紛争の閾値以下でのグレーゾーンにおける力による現状変更等に対応することを想定していなかった。存立危機事態についても、国会議論で例示されたシナリオは、中東における機雷による海上封鎖などであり、台湾海峡危機にどう適用するかという具体的な議論はなかった。時々刻々と状況が変化し、認知戦の影響を加味して限られた情報を基に危機に対応しなければならない。その為には、関連法の理解のみならず、わが国の死活的国益を踏まえた厳しい判断ができる能力と覚悟が求められる。政権の中枢を担う各閣僚は、任命後速やかに台湾海峡危機を含めた幾つかのシナリオに関するTTX等を通じて、危機対応の訓練を行う必要がある。更に、そのプロセスを通じて、危機管理上の各種課題を明らかにし、政府内で共有する仕組みを構築することが必要不可欠である。特に戦後思考停止してきた核を含む拡大抑止の議論が進めば、当然、核戦略に関する意思決定の演練も必要となることから早急な取り組みが求められている。
 第二の課題は、事態認定に伴う在外邦人(在中国、在台湾)の輸送と国民保護を巡るジレンマである。国民保護措置を発動する為には、武力攻撃事態等又は存立危機事態の認定が必要となるが、事態認定の性格上、特定の国との交戦状態を宣言することと捉えられる。そうなると当該国への渡航情報のレベルが引き上げられ、民間航空等の運航が停止され、邦人退避のための手段を失うことになる。加えて国際法上、邦人の身柄は所在国(つまり交戦相手国)の管轄となり、国際機関又は第三国を通じて間接的にしか邦人の安全を担保できなくなってしまう。従って、在外邦人の退避に一定の目途が立つ前に事態認定することを躊躇することとなり、国民保護措置の発動のみならず事態生起を抑止する為に陸上自衛隊等の部隊を前方展開させる措置が遅れるという悪循環となる。よって、国民保護措置を事態認定と切り離すための法改正や、在外邦人の退避を担保できる仕組みについて速やかに検討すべきである。本来は、安全保障法制全体をまとめて見直すのが筋であるが、相当強固な政治基盤が必要であり、当面は現行法制の解釈の範疇で如何に柔軟に対応できるかに知恵を絞るべきであろう。在外邦人退避の仕組みを検討するにあたっては、様々なケースを想定した上で確保可能なチャーター機の機数や輸送に必要な日数などの具体的な見積もりが必要である。緊急時に政府の求めに応じて民間航空会社が一定数のチャーター便を提供する契約のあり方などを検討すべきである。その際、想定される損害を補償するのみならず、契約に応じる会社に対して一定の税額控除を行う等のインセンティブについても考慮すべきであろう。また外務省の渡航情報等の出し方についても見直すべき余地があると考える。

3 台湾との関係に起因する課題について

 台湾海峡危機への対応を考えるにあたって各種課題の背景となっているのが、台湾の位置づけを決めた1972年の日中共同声明である。日中国交正常化にあたり、台湾問題は台湾海峡両岸当事者間の話し合いによって平和的に解決されるのが日本の希望であり、その結果、台湾が中華人民共和国に統一されるのであればこれを受け入れる、とするものである。中国が武力を用いて台湾を統一しようとして武力紛争が発生した場合には、事情が異なることから日本は対応を留保している。当時、親中政策、関与政策を通じて中国の民主化への期待も高く、米国が圧倒的な軍事的優位性を保持していたことから武力による統一はほとんど想定されていなかったはずである。その後、米国は関与政策の失敗を認め米中間の戦略的競争に舵を切るなど、米中関係並びに日中関係は当時と比べると劇的に変化しているにも関わらず、50年以上前の共同声明の考え方が依然として我が国の対応を抑制的に縛っていることが最大の問題である。
 第3期目に入った習近平国家主席の台湾を巡る様々な発言は、独立阻止(現状維持)ではなく台湾統一(現状変更)を目指していることを示唆している。米国を含む第三国からの介入を招く武力攻撃は最終手段として留保しつつ、認知戦やサイバー戦を含めた武力紛争の閾値以下のあらゆる手段を駆使した圧力で台湾統一を目指すシナリオが最も蓋然性が高いと分析されている。それにも関わらず、武力紛争が発生するまでは平和的話し合いによる統一実現に中国がコミットしているという前提を疑わず、台湾海峡危機を抑止する為に必要な手立てを取らないことは問題である。政策シミュレーションでは毎回、日台間の連絡調整メカニズムの必要性が指摘されるが、具体的な進展が全く見られない。日中共同声明下で維持される日台間の「非政府間の実務関係」の範疇においても、普段から安全保障に関する情報共有や危機時における邦人等の輸送、必要な連携に関わる調整を行える仕組みを構築するために知恵を働かせなければならない。
 更に言えば、平和的な話し合いによる台湾統一が本当に日本の国益に適うのかを改めて考え直さなければならない時期にあると考える。香港における一国二制度の現状や既存の国際秩序に対して力による現状変更の試みを続ける現在の中国の姿が、今の国家安全保障戦略上の中国の位置づけ(「深刻な懸念事項」「最大の戦略的挑戦」)となっていることを改めて認識すべきである。日本にとっての国益は台湾海峡の現状維持であり、台湾海峡危機の抑止であるはずだ。であれば、当然、台湾海峡危機に関わる政府全体での各種見積もりや検討などの取り組みが行われてしかるべきであるが、外交上の配慮からか、そのような検討の存在すら公にはされていない。シミュレーションの中の議論では、日本の台湾海峡危機に対するスタンスがブラックボックスであるとの意見があった。少なくとも現状維持を目指すことを明らかにし、台湾海峡危機の発生を抑止し、対処に万全を期すために政府全体で取り組む姿勢を明示することが、抑止に寄与するはずである。
 事態認定の手続きに関しても、対処基本方針と対処計画を具体的に書く為には、各省庁における事前の見積もりや検討が不可欠である。経済安全保障、食料・エネルギー安全保障などの観点から、経済活動や国民の社会生活に如何なる影響があるのか、どのような措置をどのタイミングで行うべきか、その財源等はどうするのか等を日ごろから専門家を交えて検討し見積もっておくことが極めて重要である。

4 おわりに
 多くの成果を上げる本政策シミュレーションに対して、国家としての手の内を晒す等とする批判も存在する。しかし、課題を放置し続ける限り事態への対処は困難となり、結果的に国益を損なうのは自明の理である。また、継続して指摘される課題には速やかに政府として具体的な取り組みを行うべきである。そのことが事態生起を抑止すると共に事態対処を適切にする重要な鍵なのである。

JFSS第3回政策シミュレーションに参加して(令和5年10月:荒木淳一)

 この文章は、F3プロジェクト・メンバーである荒木淳一が日本戦略研究フォーラム季報の【特集】第3回台湾海峡危機政策シミュレーション報告に寄稿したものを再掲載したものです。

1 はじめに

令和5年7月15日(土)~16日(日)、JFSS主催の第3回台湾海峡危機政策シミュレーションに参加する機会を得た。筆者にとって第1回から3年連続の参加であったが、終了後の充実感・達成感は前の2回に較べて遥かに大きなものであった。台湾海峡有事という対象とする事態こそ共通であるものの、シナリオも年々精緻にかつリアルになっており、参加プレーヤーも実務に関わってきた元事務次官クラスや安全保障に詳しい政治家の方々などが増え、年々充実してきている。模擬する意志決定の場も国家安全保障会議(NSC)9大臣会合を中心に関係国、関係省庁等との協議・調整の場も設けられるなど極めてリアルな場の設定の中で、論点を絞った重要なテーマに関して真摯で活発な議論が時間を忘れるほど熱心に交わされ、極めて有意義であったことを実感したからでもある。

1、2回目はプレーヤー(航空幕僚長役)としての参加が主体であったものの、今回はシナリオ作成から政策シミュレーション全体の建付けまで企画・運営サイドとして参加することとなった。昨年8月に第2回シミュレーションが終了した直後の9月からキックオフ・ミーティングが開始され、ほぼ1回/月の頻度でシナリオ検討会議が重ねられた。本番数か月前からはシミュレーションの運営・実行の為の様々な調整会議も頻繁に行われた。所用で参加できなかった次の会議で、シナリオの進展・深化の度合いに戸惑うほどスピード感をもって精緻なシナリオが作成されるなど、毎回真剣な議論が積み重ねられていた。この様な準備プロセスへの参加を通じて、第3回シミュレーションの狙いと焦点、シナリオの意図、期待するアウトプット等を十分理解して本番に臨めたことも、遥かに多くの気付きや学びを得ることに繋がったと考える。安全保障・防衛に関する国民の理解を深め、各種政策を推進する国内環境を醸成することは制服OBとしての責任でもある。今回の政策シミュレーションに関与することで少しでもそれを果たすことができたことに安堵するとともにこのような機会を与えてくれたJFSSに深く感謝したい。

今般のシミュレーションは世界で初めて日米台のシンクタンク関係者が参加するなど、内外のメディアの関心は極めて高かった。シミュレーション期間中も各メディアで取り上げられ、TV番組内での視聴者アンケートで91%が「台湾有事に日本が巻き込まれると思う」と回答するなど、台湾有事に対する国民の関心を喚起するというミュレーションの狙いの一つが達成されつつあることを実感できた。同時に、ウクライナ戦争が長引くにつれてメディアの報道はどんどん少なくなり、国民の関心が薄れていく実態を見るにつけ、継続的な発信がいかに重要であるかを改めて痛感している。

本稿では、プレーヤーではなく企画・運営側の一員として関与する機会を得た第3回政策シミュレーションの特徴、意義、成果についての私見とオブザーバー(大使館関係者)支援を担当して気付いた点について述べてみたい。そして、最後に今後の日本の安全保障における民間シンクタンクのあり方についての私見を述べてまとめとする。

 

2 第3回の特徴と意義・成果

 今回の政策シミュレーションの特徴は成果速報等でも触れられている次の三点である。第一にはシミュレーションのサブ・タイトル「徹底検証:新戦略3文書と台湾危機」が示すとおり、戦略3文書に書き込まれた日本政府としての取組みの一部が実現していることを想定し、2027年時点での日本の安保体制が台湾有事に機能するか否かを検証しようとした点である。第二に、台湾海峡危機に直接・間接的に大きな影響を受け、深く関与せざるを得ない関係国等(日米台)からの研究者や実務者などの参加を得たことである。第三には、従来の我が国における机上演習やシミュレーションにおいて殆ど実施されてこなかった武力紛争を如何に終結させるかというシナリオを採用したことである。

第一の点に関しては、1回目、2回目のシミュレーションで浮き彫りになった課題、すなわち日本の危機管理体制に関する課題や日米同盟の実効性を高める為の課題、更には日台関係に関する課題の多くは戦略3文書に取り込まれたが、その多くが今から取り組まなければならないものである。課題ばかりが浮き彫りとなった前回までとは異なり、政府として如何に適切に判断し実行していくかが焦点となる等、シミュレーションの焦点が過去2回の政策課題の抽出から日本の安全保障体制の実効性検証にステップアップするなど大きな進展であった。他方で、戦略的コミュニケーションを実施する政府内の体制構築、能動的サイバー防御を実施するための法制の整備、台湾との連絡調整メカニズムの構築、更には特に南西諸島における国民保護計画の策定等、現時点で未だ実現していない取り組みの重要性が改めて浮き彫りになったとも言える。すなわち、それらの取組みが実現出来なければ、シミュレーションの様に日本政府として台湾有事に対処する手段すら持ちえないことを意味するからだ。従来、重要な政策決定や新たな戦略策定など、政治的に重い課題を実現した後は、ややもすると「策定して終わり」に陥る傾向があることから、戦略3文書で示された各種取り組みを実現する政府の取組みを詳細にフォローする必要がある。日本の安全保障を全うする政府の覚悟が問われているのであり、国内事情等を理由に先延ばしされることがあってはならないと考える。

第二の点に関しては、台湾当局の外交等の実務に豊富な経験と知識を持つ有識者の参加を得たことで、プレーヤーの各種判断、調整が極めてリアルなものになると同時に台湾当局が日本に対して何を期待しているかなど、当事者の認識を確認出来たことは大きな成果であった。更に、日米台のシンクタンクが参加した本シミュレーションが国内外のメディアに取り上げられたことによって、日米台が台湾海峡危機への対応に真剣に取り組んでいるという戦略的なメッセージを中国政府に送れたことは大きな意義があったものと考える。他方で、今後、台湾有事に対する国民の関心が低下したり、戦略3文書にかかる各種取り組みが国内政治事情を理由に進まないならば、台湾有事に対する日本の真剣さが侮られることになることを政府は肝に銘ずべきであろう。

第三の点に関しては、戦後初めて保有することとなった反撃能力(主として巡航ミサイル)をどの様に使用することが最も効果的かについて、政治レベルで考える良い機会となった。しかし、保有する反撃能力のあり方(保有する長距離精密誘導兵器の種類、弾頭、規模等)については軍レベルで詳細なシミュレーションとネットアセスメント等の分析に基づき結論を得るべきものであり、中長期的な取り組みが不可欠である。当面は現在、整備することとなっている12式SSMの能力向上型やトマホークなど、巡航ミサイルを有効に発揮できる体制・態勢の整備を優先しつつ、並行して敵のA2AD脅威に対する拒否的抑止の観点から弾道ミサイルの保有の可能性を含めて総合的に検討する必要がある。また、反撃能力に関しては、自己完結的なキルチェーンの構築や日米共同でのターゲティング、反撃能力の行使のあり方など、新たに創設される予定の常設統合司令部(PJHQ)とインド太平洋軍司令部との連携の在り方を含めてスピード感を持って検討を進めなければならない。

その他の成果として、第1回から今回まで共通の課題として事態認定の問題が改めて浮き彫りになった。特に政府による事態認定が自衛隊の行動の根拠や政府の権限や危機管理体制の立ち上げなどのトリガーとなっており、認定することによって生じるプラスとマイナスの影響を踏まえた判断が必要になる。事態認定したことによって抑止体制を強化するための自衛隊の展開が可能になる反面、相手から事態をエスカレーションさせたと捉えられたり、民間輸送業者の支援が得にくくなったりする等の背反的な性質を持つことから、法律の枠組みの変更を含めて政治の場での議論が求められる。また、事態認定のための政府としてのプロセス(対処基本方針の作成、国家安全保障会議への諮問、対処基本計画の決定、国会承認、事態対策本部の運営等)に関して、一部の机上検討に止まっていることは大きな問題であり、NSSや関係省庁における個別の検討・検証から始めて最終的には関係者が揃っての総合的な訓練・検証が実施できる枠組みを構築しなければならない。「練習で出来ないことは本番でも出来ない」とよく言われるが、そのレベル以前の現状であることに危機感を覚えなければならない。

また、台湾危機時に想定される邦人輸送、国民保護等にかかる課題も改めて浮き彫りになった。今回のシナリオでは海保の巡視船を含む政府の保有する全海洋力資産を平時から有事に掛けて変化する情勢に応じて如何に最適に資源配分するかという対応が検討された。しかし、そもそも政府保有の海洋力資産のみならず航空力資産にも限りがある。従って、邦人輸送や国民保護等に関わる輸送力の確保に関しては、民間輸送業者(海上輸送、航空輸送)と情勢が悪化する段階に応じて如何なる調整が可能か、どの程度の期間でどの程度の輸送が可能かについて見積もった上で、必要な輸送量を確保するための方策について早急に検討する必要がある。例えば、米国の民間予備航空隊(Civil Reserve Air Fleet; CRAF)を参考に情勢緊迫時に政府が民間航空会社の航空機の機体を一定数チャーターし、予備自衛官として登録された元自衛隊パイロットが運航を担任することを可能とする契約のあり方等について検討する価値は十分にある。

更に、今回のシナリオでは余り検討・議論されなかったが、米軍の事前配備部隊(インサイド・フォース)の展開を担保するために必要な九州、南西諸島を中心とする民間空港や港湾の使用、更には燃料・弾薬等の事前配備等を具体的にどのように実現するかについて法制上の課題や具体的な資器材の整備、更には地域社会の理解を得るための取組みなどについて検討を加速化する必要がある。特にA2AD脅威下における台湾有事に対応するために米空軍は迅速な戦闘機動展開(Agile Combat Employment; ACE)という構想によって地上における脆弱性を局限するとともに航空戦力を最大発揮するドクトリンの具体化を急いでいる。ACE実現の鍵の一つが自衛隊の飛行場等の使用のみならず民間空港の使用、弾薬等の事前配備等である。これらの措置はわが国の航空戦力運用にとっても不可欠な措置であるだけでなく、米軍の航空戦力の展開と活用のための前提条件でもあることから、事態の推移に応じて民間空港、港湾等の特定公共施設をより早い段階で使用できるよう、法制度の改正を含めて検討すべき課題である。

 

3 オブザーバー(大使館関係者)担当としての気付き

 シミュレーション期間中においては、オブザーバー(大使館関係者)支援の担当であったことから、米国、英国、フィンランド、台北中日經濟文化代表處からの18名のオブザーバーに対して補助者1名と共に対応した。英語版のプレーブックと各シナリオの狙い、期待するアウトプットを要約したシナリオ概要(英語版)を手交し、別室で説明した後、シミュレーションのシナリオ結節時に質疑応答を受けたり、補足説明を加えるなど彼らの理解が深まるよう支援した。その質疑応答のやり取りの中で気付いた点は以下の通りである。

 第一に、当然ではあるが、在日大使館勤務の外交官、武官等であっても必ずしも日本の有事法制に関する理解が十分であるわけではないということである。日本の武力攻撃事態法を含む安全保障法制は、その都度、新たな法制を継ぎ足してきた「増築を重ねた古い旅館」のような構造になっており、実務に携わった経験がある日本人にとっても理解が難しく複雑な法体系となっている。シナリオにおいて何が論点となっているのかより、何故そのような法体系になっているのかに関する質問が多かったのも頷ける。彼らの視点からすると安全保障・国家防衛を全うする為の合理性より、憲法を頂点とする国内法体系との整合が優先されるように見えることに違和感や不思議さを感じているようであった。従って、日本政府の危機対応時に如何なる課題があるのかについて、武力攻撃事態法を含む安全保障法制に関する理解を得られるよう不断に在京の大使館関係者に対して説明する機会が必要であり、本政策シミュレーションのみならず民間シンクタンクにおける各種の政策シミュレーションが日本の法制に関する理解を促進する重要な役割を果たすものと考える。

 第二に、本シミュレーションにおいて事態認定が焦点となる中で、日本における国家としての意志決定や政府内の手続きが如何なるプロセスを踏むのかについても理解は十分でないよう感じられた。事態認定に当たって、対処基本方針の策定、国家安全保障会議への諮問、対処基本方針の閣議決定、国会承認、事態対策本部の運営等、一連のプロセスについて説明を行って理解を得ることが出来た。しかし、彼らに説明しながら、現実にそのような事態認定を行う状況が生起する前に、関係省庁の実務者間で机上演習やシミュレーション、細部の検討などを実施しておかなければ「画にかいた餅」になりかねないと感じた。

 第三に海自と海保の平時から有事に掛けての連携が議論された際、国交大臣役の有村議員から紹介された「国民保護標章」について殆どの大使館関係者が認識していなかった。あの旗は何を意味するのか、何故、その旗が論点となっているのかについて質問され、説明を試みたものの十分な理解は得られなかった。また、近年の弾道ミサイルや巡航ミサイルの脅威が顕在化している状況下において、ミサイルは標章を認識できないという指摘も受けた。未だ武力衝突に至っていないグレーゾーンにおいて目視範囲内に近接して活動する場合は確かに識別できるが、目視範囲外からの攻撃が想定される状況では標章は意味を成さないとの指摘だと理解した。自衛隊の海空輸送力に限りがあり、非軍事組織である海上保安庁の巡視船を国民保護の輸送に使う意義については説明し理解された。しかし、シナリオ③において政府が既に「武力攻撃事態」を認定し、九州と南西諸島の米軍・自衛隊基地に弾道ミサイル攻撃が開始された以降、与那国島に取り残された住民を輸送するため、国民保護標章を付けた海保巡視船が住民の島外避難のため輸送任務を行うことについては殆ど理解されなかった。海保巡視船などの政府保有の輸送アセットを最大活用することは重要ではあるが、状況に応じて使用の適否を判断すべきではないだろうか。「事に臨んでは身の危険を顧みず」という宣誓を行っている公安職国家公務員は自衛隊員のみである。武力紛争の最前線に法執行機関たる海上保安庁の職員と巡視船を送りこみ、文民輸送の任務を担わせることの実行可能性、リスク等について更なる検討が必要かと思われる。少なくとも国際社会からの理解を得られない日本の「独り善がり」になってはならない。

 第四に、シミュレーションにおける議論の主たる場であったNSC9大臣会合において、リーガル・アドバイザーがいないことに対する疑問が呈された。日本の場合、多くの官僚、実務者が法学部出身であり法の専門家でもあることを伝えたが、状況が変化する中で、安全保障・軍事の観点から法的助言が出来る国際法等の専門家が必要ではないかとの意見であった。武力攻撃事態など国民の生命財産が武力によって直接脅かされ、政府の判断次第で情勢が大きく変化する切迫した状況下で、瞬時に判断と意志決定を行わなければならないNSCにおいて、事態に応じてリーガルアドバイザーを配置することも検討すべきであろう。

 第五に、反撃能力の行使に関して日米共同での使用を追求する姿勢と総理レベルでの判断が必要との慎重な対応については理解された。英国においてもトマホークの使用は戦略的な判断が必要な事項であり、首相の判断に委ねられるとのことであった。反撃能力の整備と並行して米国の目標情報の共有やターゲティング要領などに関するノウハウの修得を進め、攻撃目標や優先順位などについてインド太平洋軍と統幕又は新設される常設統合司令部(PJHQ)間で事前に十分擦り合わせた計画を策定しておくことが極めて重要である。

 最後に、今後、本政策シミュレーションを更に発展させるためには、在京の大使館関係者のみならず海外の研究者、シンクタンク関係者等の参加、又はオブザーバー参加を求めることも一案である。その為には、日本語が堪能でない参加者、オブザーバー等に対しては、PPT資料、ハンドブック等を含めて全て英語版で提供できる準備をするとともに、必要に応じて同時通訳の配置、動画配信などについても検討すべきである。

 

4 おわりに

 第3回政策シミュレーションは多大な成果をあげたものと高く評価できるが、シナリオ作成、全体の建付け、参加者(特に政治家等)に対する事前説明など、本政策シミュレーションの企画・運営を主導したコア・メンバー(岩田氏、武居氏、尾上氏)並びに長野禮子事務局長を筆頭とするJFSSスタッフの全面的支援無しにはこの成果を得られなかったと改めて感謝したい。特に、コア・メンバーを含め企画・運営に携わった多くの実務家OB、制服OBの安全保障・防衛に関する経験・知見のレベルは、日本国内においては考え得る最高のレベルに近い。翻ってこのコア・メンバーに匹敵する専門家を有するシンクタンクでなければ同様の質の高い政策に直結するシミュレーションは不可能であるとも言えるが、志の高い実務家OBのリクルートだけではなく、そのような専門家を育成しておくことも極めて重要である。成果速報で長島議員が指摘するように、「政治家を鍛える、政府としての判断・決心の練習、訓練が出来る仕組みを作る」ことは極めて重要である。また、今回、議論が深化した経済安全保障に関わる検討を進めるに当たり、有事における経済・財政・金融のあり方等を検証するとともに経済界が参加できる政策シミュレーションが必要であるとの指摘もなされている。様々なシミュレーションの場を提供し、政策の議論に繋げるためには国内におけるシンクタンク機能の強化とともに専門家の育成、活用が重要である。防衛省・自衛隊の現役が秘密を含む詳細な情報に基づき実施すべき検証演習、机上演習等に関しても、現役だけの知見、識能で全てを自己完結させるには限界がある。従って、退官した自衛官の適格性の延長を可能とするよう現行規則類を見直すことにより、現役が実施する秘の内容を含む検証演習のみならず人材育成のための訓練演習などを企画・実行できるOBの人材を確保し、活用することが、最終的には防衛省・自衛隊の抑止・対処能力の実効性向上に繋がるものと考える。JFSSには今後とも日本におけるシンクタンク機能を底上げ・強化する流れの先頭に立ち主導して行って貰いたい。

『我が国の次なる安全保障戦略に求めるもの』(令和2年5月10日:福江広明)

この記事は、航空自衛隊退職者団体・つばさ会が作成する「つばさ会だより」第153号(令和2年5月10日発行)の『つばさ時評』に掲載したものです。

1 はじめに:『国家安全保障戦略の常なる考察を怠らず』

    今年3月8日、偕行社主催のシンポジウムにおいて発表の場を与えられていた。テーマは「新しい国家安全保障戦略を考えるー米中覇権争いの狭間でー」である。
  しかし新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、同シンポジウムは時期未定の延期となった。本稿はそのために準備した論述の要旨である。
  
  現在、世界に蔓延する感染症に各国が共通の脅威として国際協調を図りつつ、対応措置を講じている。寄稿の現時点で収束の時期は見えていない。
  この世界的なパニック事態がいずれ鎮静化に向かえば、各国は衛生医療の分野をこれまで以上に考慮すべき対象として掲げ、自国の安全保障がいかにあるべきかという重要課題に必ず取り組むことになる。我が国がこうした時期を迎えた際に、国家安全保障戦略の見直しの一助となれば幸いである。

2 抑止について概念から実効への飛躍を目指す戦略見直しを希求

  ここでは我が国の国家安全保障戦略が策定された年度を付して「2013戦略」と称する。この戦略の見直しにあたっては、抑止に関してこれまでの概念的記述から実効性ある内容への躍進を目指すべきというのが、私が最も主張したい点である。
  
  まず2013戦略策定直後の評価を振り返る。同戦略は、戦略策定の司令塔的存在として国家安全保障会議が設置され、基本理念、国益、国家目標を明確にして、国家戦略の基本方針及び各種基盤的事項を示したことは、大いに評価されるとの声が一般的であった。
  と同時に、当該戦略は各種課題を抱えていると多くの研究者等が指摘している。特に真に必要な抑止及び対処のための適切な資源配分がなされていないとの防衛予算の不備や、我が国防衛力の強化及び米国等との緊密な協力といった表現に終始し、具体的な対応策に言及されていない等の批判が挙げられている。
  
  一方、内閣官房が一昨年末に発表した2013戦略の評価は「現下の安全保障環境と国家安全保障上の課題は、本戦略で示された基本的な認識の枠内にある」「戦略的アプローチの必要性・重要性に変わりはない」と記述され、早急な見直しを要さないともとれる書きぶりとなっている。
  
  しかし、2013戦略の策定から7年が経過して我が国を取り巻く安全保障環境は激変し、これまでの課題が、より顕著になったことをもっと重く見るべきと考える。私自身は2013戦略を速やかに見直すべきとの立場で、様々な見直しの観点がある中、次の二つを見直しの重要なポイントとして挙げる。
  
  一つは、従来から我が国の拒否的抑止の実効性、並びに米国の拡大抑止(核及び通常戦力)の信頼性が問題視されていることに加え、近年中国の戦力が拡大し続けていることに着目して、今こそ抑止に焦点を当て、その実効性を担保するための戦略的見直しが不可欠である
  もう一つは、日米同盟を基軸とする中でも、米国の同盟政策に不確実性が生じる可能性への備えとして、防衛・外交のみならず、あらゆる国家機能を活用する、真の意味での総合安全保障を確立し、各種の国家目標を達成するための具体的な手段を明確にすべきことである。

 

3 2013障戦略策定以降の我が国を取り巻く安全保障環境の変化

  2013戦略策定以降の安保環境の変化については、具体的な事象を列挙した下表のとおりである。 

2013戦略策以降の安全保障環境の変化

■グローバルな安全保障環境

  〇 米国:トランプ新政権の誕生(2017)、国家安全保障戦略等の策定(2017,2018)、「自由で開かれた太平洋」ビジョン提唱(2017)、米中貿易摩擦激化、ファーウェイ・ZTEの排除

  〇 中国:習近平国家主席の任期撤廃(2018)、「一帯一路」提唱及び諸施策の推進(2013)、「21世紀中葉までに世界一流の軍隊」を実現する目標(2017)

  〇 ロシア:クリミア半島の併合(2014)、シリア内戦に介入(2015)、プーチン大統領再選(2018)、「強い国家」「影響力のある大国」の復活を追求

  〇 欧州:露の力による現状変更の動きに対する警戒心、英国のEU離脱、中東・アフリカからの難民・移民の流入問題

■アジア太平洋地域の安全保障環境

  〇 中国:尖閣諸島国有化(2012)後の活動活発化、南シナ海における力による現状変更(南沙、西沙等)、東シナ海防空識別区の設定(2013)、尖閣周辺の活動継続、西・南西域における中国軍の海空活動の広域化、常態化、活発化)

  〇 北朝鮮:核及び弾道ミサイルの開発(2014)、度重なる弾道ミサイルの発射、HGVの開発着手(2019)

  〇 韓国:文政権による反日(2014)及び親北融和(2018)政策、GSOMIA破棄寸前

  〇 東南アジア諸国:中国に対する警戒及び経済的圧力へのジレンマ

  近年の趨勢からは、予測困難にして不確実性を常に伴った時代の中で米中露それぞれの国が、自国の国益を第一義に地経学的なアプローチで追求するせめぎあいが常態化し、それに巻き込まれる国が多数出現していると言えるのではないだろうか。
  
  大国同士が相互経済依存の状況にありながら、自国最優先主義を追求することにより、様々な政策上の軋轢を生じさせてきた。大国間のパワー・バランスの動向や変化も見落とすことができない。中長期的には米中関係のみならず米国の行方自体すら不確かだ。
  
  こうした不確実性の時代だからこそ、我が国が安全保障を全うするためには、米国一辺倒ではなく、国家の自立性を大いに追求すべきである。我が国が自立力を高めることは、アジア太平洋の安定に資するとともに、ひいては日米同盟の強化に繋がることになるはずである。

 

4 2013戦略を見直すべき理由

  次に2013戦略を見直す理由を情勢認識、事態対応、日米同盟の三つの観点で整理した。 
  
  最初は、情勢認識の観点。2013戦略策定以降、中露による現状変更の試みが加速する中で、多くの国において中露両大国に対する抑止への関心が一段と高まっている。
  こうした情勢下、同盟関係にある米国が中露を長期的な戦略的競争相手と位置付け、強硬姿勢への大転換を決定した。これに対して我が国が国家戦略上いかに対応すべきかを明示することが見直しの第一の理由である。
  
  次に、事態対応の観点。今日、グレーゾーン事態が常態化している状況に最大配慮することが見直しの第二の理由である。この場合、グレーゾーン事態から武力攻撃事態までのあらゆる段階(エスカレーション・ラダー)を想定した全段階的な抑止の実効性を高める上での見直しが必要と考える。
  
  事態対応のもう一つの観点。現在では既に常態化しているとみるべき、領域横断的事態においては、新領域及び従来領域を問わず戦力発揮上の優位性をいかに獲得すべきか、より具体的な施策を追記するための見直しが第三の理由である。
  
  三つめの観点は日米同盟関係。ひとつは、安保条約改正の検討と、ガイドライン下の各種施策・措置の具現化を促すための見直しが第四の理由である。安保条約締結時と大きく異なる安全保障環境に適応することを考慮すると、日米安全保障条約の改定時期は既に来ている。
  
  現行のガイドラインにあっても、全省庁等による協力の下、実効性のある柔軟な抑止措置が以前から求められている。しかし未だに実効性に欠けていることから、その是正を図るための検討を促進する上での見直しが必要である。
  また米国との同盟の信頼性を高める努力を行いつつも、我が国独自の防衛力を強化する方向を明確に打ち出すための見直しが第五の理由。つまりは防衛予算上の不備改善が必要だということである。

 

5 2013戦略を新たにする上での基本的考え方

  ここまでは近年の国際情勢の激変と、米中二大国間競争時代にかんがみ、抑止を重視した国家戦略への見直しを強調してきた。ではなぜ今、抑止の重視が必要なのだろうか。 
  抑止という言葉は、過去、防衛計画の大綱、防衛白書等においても、もちろん2013戦略でも頻繁に使われてきたが、これまで抑止について議論されたのは、沖縄復帰時、極秘裏に一部の専門家によって核の拡大抑止についてなされたのみであると指摘する研究者もいる。
  
  我が国にあっては、これまで抑止という言葉を概念論として使用してきたものであり、実効性を伴うものではなかったと指摘する研究者は少なくない。その論拠の一つとして、我が国の防衛政策は専守防衛のように概念先行で、抑止力の効果を具体的に検証するための各種能力見積りが殆ど実施されてこなかったことを挙げている。
  
  またガイドライン等で、米国の拡大抑止に依存する旨を宣言し、日米拡大抑止協議が時折開催されているのは承知しているが、発生する安全保障事態のいかなる段階でも適切な拡大抑止を機能するよ
  だからこそ、今、抑止に焦点を当てた国家戦略の見直しを早急に行うべきと強調したい。その抑止の論理を明らかにするアプローチの一つとして参考となるのが冷戦期の欧州における拡大抑止に関する議論である。
  
  そもそも抑止理論は、冷戦時、圧倒的に優勢なソ連の侵攻を如何に抑止するのかという関心に基づき、特に核抑止の観点から発展してきたのは周知のとおりである。その当時の状況を現在の我が国及び東アジア地域に照らし合わせてみると、中国による接近阻止・領域拒否環境下において、中距離弾道ミサイル等の戦力不均衡という点で東アジアは冷戦期の欧州と類似しているとみることができるだろう。
  
  この類似性を念頭に、冷戦時の欧州諸国がソ連に戦力不均衡ながら抑止を全うした歴史に学び、日米同盟下にあって、我が国の限定的な防衛力を持って中国の量・質共に強大な弾道ミサイル、巡航ミサイルをはじめとするエアパワーを抑止するためにどうすべきかを考えなければならない。
  
  こうしたことから、抑止を国家安全保障戦略の中軸に置き、真に実効性を確保するための具体的な施策等を明らかにすべきである。もちろん、冷戦期のソ連に対する抑止理論が現在の中国にどこまで通用するのか、宇宙・サイバー・電磁波の新たな領域における抑止とはいかなるものか、各種システム体系の革新が従来の抑止理論にどのように影響を及ぼすかについて大いに議論が必要なことはよく理解できる。しかし、まずはこうした課題認識を持ちつつ、米国による拡大抑止の信憑性向上及び我が国においては専守防衛の枠に縛られない拒否的抑止について、国家防衛上の実効性を念頭に置いた本質的議論の結果を、新しい国家戦略にはっきりと反映することが重要であろう。

 

6 前項に基づく見直しにあたっての重視すべき事項及びその具体的施策

  2013戦略を抑止重視戦略として見直すにあたって、重視事項は次の三つになる。  
  
  まず①拒否的抑止(一部の懲罰的能力を含む)の実効性を確保する。次に②米国による拡大抑止の信頼性を向上させる。そして③我が国の安全保障体制の強化である。これらの重視事項に関して、それぞれ政策面、能力面で早急に具現化すべきことについて付言する。
 
  ①拒否的抑止(一部の懲罰的能力を含む)の実効性を確保することについては、政策面では専守防衛の見直しを図り、国家防衛上の防勢的イメージを払拭し、バランスのとれた攻防戦力による拒否的抑止を有することを周辺国に知らしめることが重要である。
  このため、能力面にあっては、エアパワーを主力に拡充整備しなければならない。また、抑止力の裏付けとして敵基地等攻撃能力を懲罰的な能力として保有することも不可欠である。さらに、実効性確保のための優先施策として、指揮統制、警戒監視、作戦基盤構築、後方・補給にかかる各種施策が必須である。
  
  次に②拡大抑止の信頼性を向上させることに関しては、政策面では、拡大抑止に関わるデカップリングを生じさせないよう核使用と通常戦力を繋ぐエスカレーションラダーの検討等に関する協議を日米間で密にすることを求めたい。
  また、能力面にあっては、日米双方のエアパワー投射能力(特に、対ミサイル能力)を事態の全段階を通じて把握するとともに、これに基づく共同による模擬、実動を問わない訓練演習を実施すべきである。つまり、キーンエッジ、キーンソード各日米共同演習をさらに実戦即応形式で行うべきである。信頼性向上のための優先施策としては、ガイドラインの見直しを最優先するほか、共同の指揮統制要領、共同使用の作戦基盤構築、弾薬補充要領等を挙げる。
  
  最後に③我が国の総合安全保障の体制の強化については、政策面では、全省庁等が関与する総合安全保障戦略の策定枠組みを設置し、国家安全保障会議の主導により、全ての国家機能を一元的に発揮できる抑止戦略を策定し、それに基づき適切に実行するしくみを創ることが重要となる。その際、体制強化のための優先施策として、国家安全保障局の人材確保、さらなる権限強化等を挙げたい。

 

7 結びに:『タブー無き安全保障議論の興起こそ、新国家戦略導出の鍵』

  米中による戦略的な覇権競争激化の時代にあって、冷戦期の米ソにかかる抑止理論を参考に、我が国が米国の拡大抑止の信憑性を高めることにもっと重きを置くべきだ。併せて、独自の拒否的抑止を実効性あるものにしていくために、抑止の概念を再度熟考し、その実効性担保については国家的レベルにおいてタブー無き議論を展開し、速やかな結論を得ることが極めて大事である。 
  
  外務省出身の佐藤行雄氏は日米間の抑止の在り様について、「平時から武力行使までの『切れ目のない』日米防衛協力が行われる態勢を作ること、そしてこの防衛協力の態勢が『米国の核戦力を含むあらゆる種類の能力』による拡大抑止につながっていることを明確にしておくことが不可欠」との見解を示している。
  私自身も佐藤氏同様に、より包括的な抑止を見出し、その実効性を伴う形で戦略上に表現すべきとあらためて強調したい。さらに我が国のあらゆる機能を集約した2013戦略に代わる真の意味での総合安全保障戦略を策定し、その着実な実行、そして評価に基づく改善を継続すべきだ。
  
  今後とも日米同盟を再漂流させない、盤石化を図っていく姿勢を保持しつつも、我が国単独による国家・地域安全保障上の抑止及び対処の各能力構築を積極的に推進して、国家防衛の自立性を高めていくという、したたかな国家安全保障戦略が新たに策定されることを切望してやまない。

日本刀「冬廣」-キセキの物語の続き-:令和6年6月21日 荒木淳一

日米エアフォース友好協会(JAAGA)No.66にメンバーである荒木淳一が投稿した記事を転載しました。

 

 「冬廣」と呼ばれる一振りの日本刀が多くの人々の努力によって米国から日本に返還されたこと紹介した記事(JAAGA便り第63号(16 December 2022))をご記憶であろうか。日本刀の返還に纏わる数奇な「軌跡」をJAAGAとAFA(米空軍・宇宙軍協会)の関係者の熱意と努力の賜物として起こった細やかな「奇跡」と捉えた記事である。執筆者の池田理事は、日本刀返還事業の重要な関係者の一人でもある。

 その詳細は、当該記事をご覧頂くとして、概要は次の様なものであった。米空軍将校の奥様カーショウ夫人が、ご両親から譲り受けた一振りの日本刀をその故郷である日本に返すというご主人の遺志を叶えたいと願い、その糸口を探し続けてきたことに端を発する。長年の努力にもかかわらず叶わなかったその願いをAFA会長であるライト氏(元在日米軍司令官、JAAGA名誉顧問)に託し、それがJAAGA関係者に伝えられたのであった。
 JAAGAの複数の理事がプロジェクトチームを組み、その方法を検討し、ようやく道筋が見えてきたのは一年後のことであった。しかし、コロナ禍によって、返還実現までに更に2年待たなければならなかった。20221年JAAGA訪米事業の際、訪米団団長の杉山JAAGA会長(当時)に託されて、日本刀はようやく日本に持ち込まれた。その後も様々な手続きを経ながら、岡山県の備前長船刀剣博物館に寄贈されたというものである。


 このキセキの物語には「続き」が存在した。今年1月に一つの節目を迎えた物語の「続き」を紹介させて頂きたい。併せて僅かばかりではあるが関与させて頂いた者としての所感を述べたいと思う。
 昨年9月のJAAGA訪米団との懇親会において、ライト氏から12月末に訪日し、ご家族と共に日本で過ごす予定であることが告げられた。その際、かつて自分が日本で勤務した際、お世話になった自衛隊関係者にお会いしたいとの要望があり、訪米事業でライト氏との調整窓口を務めていた筆者がそのお手伝いを引き受けることになった。
 元統幕議長や統幕3室長、千歳・三沢基地司令、統幕長、空幕長等々の大先輩方の連絡先を確認するのに少々手間取ったが、都合のつく方は皆様喜んで参加を表明された。歴代のJAAGA会長・関係者も招待されたが、代表して参加されることとなった現丸茂会長から、「冬廣」はその後どうなっているのかを確認するようご指示があった。池田理事を通じて寄贈先の備前長船刀剣博物館に確認したところ、思いがけないニュースが飛び込んできた。
 そもそも「冬廣」は600年以上前の室町時代の作であり、研ぎを含めて展示できる状態にするのに数年かかると言われていた。期間限定ではあるものの既に展示・公開されているという事実は驚きと同時に嬉しいニュースであった。
 加えて、来日する外国人観光客を含めて日本刀に興味を持つ外国人が増えていること、その様な外国人向けに英語等で発信する市の職員、博物館員がいること等が、岡山県のNHKニュースで取り上げられた。その中で日米関係者の努力によって米国から持ち帰られた「冬廣」の物語についても若干の紹介があったということであった。(URL:参照)


 この二つのニュースは、勿論、12月末にニュー山王ホテルで開かれたライト氏主催のレセプションで紹介され、大いに話が盛り上がった。ライト氏を始め参加者一同が日米同盟の強い絆を象徴する話だとして大いに盛り上がり、会の中締めの発声は「日米同盟万歳」であった。
 この会では、ライト氏の日米同盟強化に果たされた長年のご貢献並びに日本刀返還に対するご尽力に対する感謝の意を込め、参加者一同で目録付きの居合刀をプレゼントさせて頂いた。帰国されたライト氏からは、居合刀をご自宅の一番目立つ場所に飾っている写真が送られてきた。この居合刀は今後もAFAとJAAGAの交流の中で長く語り継がれるものになると考える。


 このような状況を、そもそもの日本刀の所有者であったカーショウ夫人にもお知らせすべきと考え、筆者から「冬廣」が展示されている写真やライト氏とのレセプション時の写真などをメールとともに送らせて頂いた。ご婦人からのメールには丁寧なお礼の言葉とともに、生前、ご主人が日本刀のことを最初に相談し、親身にアドバイスしてくれた「Josyu Yamaguchi」氏にも返還が叶ったことを知らせたい、連絡先が分からないだろうかとお尋ねがあった。
 1990年代のことであり、場所もベオグラードとのこと、更には「Josyu」という本名か、敬称かの区別もつかない名前であることから、雲をつかむような話であった。しかし、カーショウ夫人とのやり取りを振り返っているうちに、ご主人が米空軍の駐在武官であったことを思い出した。ひょっとして「Josyu Yamaguchi」氏は、旧ユーゴスラビアに駐在武官として派遣されていた陸自の方ではないかと思いついた。勤務先で同僚の陸OBの後輩に駄目もとで尋ねたところ、陸自OBの山口浄秀氏(B17、初代即応集団司令官)ではないかとの回答を得ることができた。彼が偶然にも年賀状のやり取りをしているということで、ご住所を教えて頂くことができた。私と同じ千葉県柏市に在住ということを知り、不思議な巡り合わせを感じた。
 不躾を承知で、「冬廣」を巡る経緯が記載されたJAAGA便りや関連する写真、カーショウ夫人とのメールのやり取りなどを同封して手紙を差し上げた所、直ぐに電話がきた。JAAGAが日本刀返還を実現してくれたことに対する感謝の言葉を山口氏から直接頂くことができた。
 「冬廣」に纏わる最初の糸口であった山口氏にカーショウ大佐・夫人の願いが叶ったことを伝えることができたのも、数々の奇跡のような巡り合わせのおかげであり、「冬廣」を巡るキセキの物語の「続き」であると感じた。「冬廣」を日本に帰したいという願いを共有したほぼすべての関係者がその実現を確認できたことで、このキセキの物語にも一応の終止符が打たれたように思う。


 そもそもこのキセキの物語は、日本に駐留していたご両親から譲り受けた日本刀が武人の魂であることを理解し、それに対する尊崇の念を持ち、返還したいと願ったカーショウ大佐の想いが無ければ始まらなかった。又、日本の文化や日本刀が持つ深い意味合いを教え、返還の手掛かりをアドバイスしてくれた山口氏の存在が無ければ、その後の話に繋がらなかったかもしれない。
 ご主人が無くなられた後も、その遺志を継いで返還の道を探り続けたカーショウ夫人の熱い想いが無ければAFA会長のライト氏までその願いは届かず、ライト市が動くことはなかったであろう。ライト氏の依頼に誠心誠意応えようとした歴代の米国防衛駐在官の皆様の努力の積み重ねが無ければ、最後の頼みの綱としてJAAGA顧問の永岩氏にその願いが託されることは無かった。
 そしてJAAGAの事業としてこの返還プロジェクトを主導した福江氏(当時、JAAGA理事長)並びに池田理事を始めとする関係理事の真摯な取り組みが無ければ返還の道筋は見えなかった。そして今回紹介したキセキの物語の続きが一つの区切りを迎えることが出来たのは、ライト氏のお世話になった自衛隊関係者に対する尊敬と感謝の気持ちを伝えたいという想い、ライト氏訪日に当たって「冬廣」の現状を事前に確認させた丸茂会長の細やかな気配り、そしてなにより返還が実現した事実を山口氏にも伝えたいというカーショウ夫人の願いのお陰である。


 「冬廣」を巡る長いキセキの物語を振り返ってみると、日米同盟の基盤をなす日米空軍種間の強い絆の力を感じる。何より、国防と言う崇高な使命にその命を捧げる軍人同士の尊敬と信頼で紡がれた人と人との絆や、軍人家族がその職業に敬意を持ち、利他の精神に基づく行いを貴ぶ気持ちが共有されていたことが空軍種間の繋がりの根源にあるように思える。
 かつて干戈を交えた日米両国が戦後78年の苦難を乗り越え、今や世界で最も重要な同盟関係を築き上げてこれたのも、お互いの歴史や文化に対する相互理解のみならず、お互いを武人として尊敬し合い、一人一人が絆を紡ぐ努力を積み重ねてきたからにほかならない。目に見えない小さな想いや利他の心での行いの積み重ねが日米同盟の強固な礎の一部となっていることは間違いない。
 「冬廣」を巡るキセキの物語にほんの少しでも携わった者として、日米同盟の更なる強化に寄与するためにJAAGAとAFAの絆を強めること、空自と米空軍・宇宙軍との更なる関係強化を後押しする活動を真摯に続けていきたいと改めて強く思った次第である。
 「冬廣」を巡るキセキの物語に込められた日米空軍種間の相手に対する尊敬や信頼、更には利他の心が、現役の航空自衛隊員に継承され続けることを願って止まない。

「戦略3文書を「画餅」にしてはならない」(令和5年4月:荒木淳一)

この記事は、公益法人隊友会の新聞「隊友」4月号の「発煙筒」欄に投稿した記事を転載したものです。

 

 昨年末に閣議決定された、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画のいわゆる戦略3文書に対する評価は極めて高い。
 従来、法的には可能であるものの政治的に保有しないこととされてきた「反撃能力」の保有に踏み切ったことや防衛費を対GDP比2%を目標に増額すること等、戦後の防衛政策を大転換させたからに他ならない。
 しかし、戦略3文書が画期的なのは、戦後の我が国における空想的な一国平和主義、米国依存、国内政治優先といった考え方から脱却し、厳しい現実を直視し、自らが能動的にわが国の安全保障を全うするという国家として当たり前の姿勢を明確にした点にある。
 国家安全保障戦略においては、外交力・防衛力・経済力・技術力・情報力を含む総合的な国力を最大限に活用して国益を守るという姿勢が示されている。
 国家防衛戦略では、強力な軍事能力を持つ主体が他国に脅威を直接及ぼす意思をいつ持つに至るかを正確に予測することは困難であることを前提として、平和時に保持すべき防衛力という考え方から、相手の能力に着目した防衛力の抜本的な強化によって「抑止」を重視する考えが鮮明になっている。 
 更に、防衛力そのものと言える防衛産業基盤や防衛技術基盤の強化を抜本的に行うことを明示するとともに、長年課題として認識されてきたものの予算的な制約で放置されてきた燃料・弾薬や補給物品などを確保して「持続性・強靭性」を強化することを打ち出したことの意義は極めて大きい。

 このように画期的な内容を含む戦略3文書も、実践、実行して初めてその価値が発揮される。平和憲法を掲げ、平和を唱えるだけで平和を維持できないのと同じである。
 「絵に描いた餅」という言葉は、どんなに巧みに描いてあっても食べられないところから、何の役にも立たないものを意味する。
 また、そこから転じて計画などが実現できなくて無駄に終わることを「画餅に帰す」とも言う。戦略3文書に盛り込まれた内容は、決して役に立たないものでも、実現不可能な理想でもない。むしろ、わが国の安全保障上の長年に渡る課題を解決するための具体的かつ重要な取り組みが示されているのである。
 世界で最も複雑で厳しい安全保障環境に置かれている我が国において、戦略3文書を「画餅」にしてはならない。それを何が何でも実行するという国家としての覚悟が問われているのである。そして、国の覚悟を後押しできるのは、戦略3文書に対する国民一人一人の関心であり、厳しい眼差しである。
 戦略3文書がどのように実践され、成果をあげているのか、常に見守り続けることが国民の責務でもある。

思えば遠くに来たものだ-偶然と出会いに導かれた自衛官生活-(令和4年11月:荒木淳一)

 この記事は、航空自衛隊連合幹部会機関誌「翼」晩秋号(第128号)に寄稿したものを許可を得て転載しています。


1 はじめに

 航空自衛官としての勤務を終え、既に4年が経とうとしている。振り返る「ラッキー」というタック・ネーム(操縦者のコールサイン)そのままの自衛官生活であったと感じる。と同時に、様々な節目で自分を導いてくれたり、背中を押してくれたりした上司、先輩等の人との出会いに恵まれていたことを実感する。
 自分を鍛え、育ててくれた航空自衛隊に深く感謝しており、何らかの恩返しをしたいと思い、OB団体の活動や情報発信等等を行っている。今回、「翼」誌に寄稿する機会を頂いたことから、現役の方々の何らかの参考になればと思い、自らの経験を通じて学んだこと、考えたこと等の一部を紹介させて頂きたい。

 

2 「瓢箪から駒」でパイロットの道へ;スキル・トレーニングの始まり

 防大卒業後、パイロットの道を歩むことになったが、正に「瓢箪から駒」であった。防大1年時の身体適性検査が「不適」であったものの、運よく航空要員となり、奈良の幹部候補生学校に進んだ。何故かもう一度、身体適性検査が実施され、T-3初等練習機に同乗して行う飛行適性検査(APT)を受けることになった。飛行機に乗れることだけで満足であったが、卒業時に「飛行操縦学生」を命じられて更に驚いた。
 飛行適性検査で上位だった数名がパイロット以外の職を希望したため、繰り上がって合格枠内に滑り込んだらしい。飛行適性が基準以下であったわけなので、約2年半のフライトコースで課程「免」になる可能性が最も高い学生であった。結婚を約束して付き合っていた家内に2年半待ってくれと言った手前、決して首になるわけにはいかず、強い覚悟を持って操縦課程に進んだ。その際、防大で学んだ生活術と校友会活動(テニス)を通じて自分なりに工夫したイメージ・トレーニングが大いに役に立った。
 防大生活の分刻みのスケジュールと細かい決まり事を卒なくこなし、上級生から叱られないために、常に次に何をするのか、何をしたら駄目なのかを、前もって考える癖が付いた。元々要領の良くない自分なりに身に付けた生き延びるための術である。校友会活動(テニス)では、生来のあがり症を克服するため、当時、それほど一般的ではなかったイメージ・トレーニングを自分なりに工夫して練習に臨んだ。常に試合の競った場面、精神的に追い込まれた状況等を想像しながら、心を落ち着かせ最高のパフォーマンスを出す為にどうすべきかを考えて練習に取り組んだ。この生活術とイメージ・トレーニングがその後のフライト訓練に思いがけず役に立った。

 「パイロットの6分頭」と言われる。飛行機を操縦しながら様々な判断や操作を行う際、地上の6割程度しか頭が働かないという空中での思考特性を表した言葉だ。真理ではあるが、ほとんど飛行経験のない学生の場合、1割も働かないのが実態だ。初めてE/Gを始動させた時、音と振動で頭が真っ白になり、その後の手順が出てこなくなるのが普通の反応である。
 そういう事を一つ一つ克服していかなければ航空機を飛ばすこと等到底できない。手順を覚えるだけでなく、どんな精神状態でも、手が動く、目が計器に行く、無意識に操縦桿を動かせるレベルまで判断や操作に習熟し、自らのスキルとして身に付けることが求められる。上空で止まって考えることは出来ないので、常に先を考えながら、飛行機の速度に遅れることなく判断・操作が求められる。飛行訓練はいわば究極のスキル・トレーニングである。 
 地上で「知っていること」が上空で「出来ること」を意味しない世界である。習得した知識を無意識に体で体現できるレベルのスキルに昇華させなければならない。その為には事前の周到な準備とイメージフライトの繰り返し、段階的な訓練と評価の積み上げが不可欠である。離陸・着陸だけでなく、編隊飛行、計器飛行、空中操作から対戦闘機戦闘、要撃戦闘、射爆撃等々、など、求められるスキルは数限りない。機種が変わると同じスキルでも一からの積み上げが必要となる。操縦者が一人前になるのに8年以上必要な所以である。
 しかし、飛行教育課程そのものは、過去の実績を踏まえ実によく設計されている。段階的に訓練課目と達成基準が設定されており、適切な時間が配分されている。学生の性格や資質に応じた教官の指導もあり、初めて空を飛んだ学生が約2年半で戦闘機を操縦できるレベルに到達できる。先行的に物を考えること、事前準備に万全を期すこと、イメージフライトと実践を繰り返すことで、知識をスキルに昇華させることが鍵である。この体験がこの後の自衛官生活の様々な場面で役に立った。

 

3 「英語が嫌い」が米空軍士官学校交換幹部へ:スキルトレーニングの初実践

 初任地の飛行隊長との出会いが次の「瓢箪から駒」となった。「英語が嫌い」と公言してはばからなかった私に対して、「今から日米共同の時代だ」と拳骨を食らわし、英語に関するあらゆる仕事を私にアサインし、鍛えていただいた。
 最初は嫌でたまらなかったが、目の前にぶら下げられた人参(米国への研修、出張等)につられて、仕事を続けるうちに、幹部申告に何の予備知識もないまま「米国での勤務を希望」と書くまでになった。その後、飛行教育部隊に異動した後、米空軍士官学校の交換幹部として赴任することになったが、その経緯も「瓢箪から駒」であった。年度末のある日、飛行訓練の合間に飛行隊長から呼ばれ、米空軍士官学校の交換幹部に行く気があれば今日中に返事しろと言われた。
 三番目の長男の出産してまだ三か月しか経っていない家内を公衆電話から何とか説得し、返事をしてから四か月後にはコロラドスプリングスで新任教官課程を受講していた。後から聞いた話では、第一候補者が何らかの事情で行けなくなり、慌てて人選した補任担当者が私の幹部申告に目を止めたらしい。腹の座った家内と補任担当者には感謝しかない。
 交換幹部の勤務では、軍事学(MAS:Military Art & Science)を、米空軍の士官候補生に英語で教えるというものであった。50分の授業を42回/学期(1回/2日のペース)、二学期/年を行うものであった。孫氏やクラウゼビッツといった戦略家の思想に始まり、航空戦力の理論や思想、統合作戦等を三学年に分けて教育するシラバスであった。「英語が嫌い」から脱却していたものの、50分間英語で教育することは苦痛であった。
 しかし、フライトコースで身に付けたスキル・トレーニングの要領を実践し、何とか乗り切ることができた。まず50分の口述原稿を作り、それを丸暗記し、原稿を見なくてもしゃべれるよう何回も歩きながら練習をした。たかが50分の授業とは言え、レッスン・プラン、学生のリーディング・アサインメント、教官用の参考資料を読み込んで、口述原稿を作り、憶えることは大変であった。授業が終わった瞬間から次の授業の口述原稿作り、暗記、口述の練習という2日サイクルを学期が終了するまで延々と繰り返す自転車操業が続いた。幸いなことに夏休み等の休みが比較的長期間あり、その半分を次の学期の準備、残り半分を米国内の観光地を巡る家族旅行に当てた。
 在任中、毎学期シラバスが見直され、前の学期で作った口述原稿の半分以上が使い物にならず、作り直しを余儀なくされ続けた。今振り返っても、嵐の様な2年半であったが、フライトコースを通じて身に付けたスキル・トレーニングの要領で何とか乗り切ることが出来た。士官学校唯一の航空自衛官として、日本、航空自衛隊を代表する立場であり、自分の能力不足を言い訳を出来ない環境であったことも幸いした。日々足掻きながら家の事を顧みない父親を暖かく励ましてくれた妻と子供達には感謝しかない。

 

4 空幕勤務と数々の出会い:スキルの到達目標たる後ろ姿

 帰国後、約1年半の飛行隊勤務を経て、空幕勤務となった。同じ班で勤務した先輩との出会いが更なる「瓢箪から駒」となった。志の高い先輩は自らCS履修中に夜間の大学院で修士課程に挑戦するとともに、駐在武官を目指して語学学校に通っていることをサラリと当然のことのように話してくれた。
 流石に同じことはできないものの、少し背伸びしてCS履修中に米国大学院に留学する戦略修士課程を目指すことにした。当初、候補者リストにも載っていないと聞き、諦めようとしていたが、その先輩から「合格証を持ってきたら何とかなる」と言われ、休日に米国大学院を目指す予備校に通うことにした。結果的に米大学院への留学が叶い、CS卒業後2年間、米国で安全保障に関する修士課程を履修することが出来た。
 安全保障に関する日本の常識が世界の非常識であることを実感するとともに、防衛・安全保障の専門家としての自らの研鑽が不足することを痛感した。その後、空幕勤務と部隊勤務を繰り返しながら、数多くの上司、先輩等と勤務する中で、目指すべき指揮官像や目標となる上司、先輩等の後姿を目の当たりに出来たことは、その後の自衛官人生に大いに参考となった。
 次の補職を聞いて躊躇していた時、ある先輩から「自分が出来ることをやり切ってダメだったら、それはお前を選んだ組織が悪い。そう言えるくらい自分なりにやってみろ」と背中を押してもらって吹っ切れた。やる前に出来るかどうかを悩むより、自分で出来ることをやるか、やらないかの違いだと思った。勿論、自分なりにやったからといって、最低限のレベルに到達できないことや失敗も数多くあったが、かえって自分にどのスキルが足りないか、何が不得手かを把握する機会となった。時には自分の能力の低さに落ち込みつつも、身近な先輩等を目標に、どうすれば足りない能力を伸ばせるかを考え、様々な本から知識を吸収し、自分なりのやり方で試行錯誤することを続けた。

 

5 初めての指揮官職は基地司令兼航空団司令;スキル・トレーニングの応用

 班長や課長など幕僚職を務めたが、実際に部下を持つ部隊指揮官になったのは航空団司令兼ねて基地司令を拝命したのが初めてであった。若いころからリーダーシップとか指揮・統率に人一倍不安を感じていたが、補職された以上、そんな不安は一切口に出せないし、芯の無い指揮官に付いてくる部下はいない。階級と職責に相応しい立ち居振る舞いや、判断・決心、部隊指揮が出来るかどうかではなく、やるしかなかった。
 部外者との交流、各種行事への参加、挨拶・訓示、講演等、部隊指揮に関するスキルだけでなく足りないスキルばかりであったが、結局、自らスキル・トレーニングをするしかなかった。あるべき姿や目標を設定し、必要な知識を詰め込み、自分なりのやり方で実践してみる。その上で理想とする先輩や上司の後姿と重ねながら自己分析・自己評価を行う。その繰り返しを続けると、何が上手くいって、何が足りないかが見えてくると同時に自分なりのやり方が身に付いてくる。
 不思議なもので、あるべき姿を演じているだけでも、それがいつの間にか当たり前に感じるようになる。セルフ・スキル・トレーニングは理屈的には簡単であるが、実践は難しい。適切な目標を自ら設定し、自分のパフォーマンスを客観的に評価しなければならないからである。また、途中で妥協も諦めもせず、やり続ける覚悟が必要だからである。

 

6 おわりに

 36年間の自衛官生活を何とか全うできたのは偶然と人との出会いに恵まれたからであったとつくづく思う。「瓢箪から駒」で足を踏み入れた操縦者として身に付けたスキル・トレーニングを応用しながら何とか最低限のレベルで職を全うできたのかもしれない。
 若い頃、「課程免にならない」、「失敗しない」といったネガティブな目標ではなく、国防という崇高な使命と自らの職のあるべき姿を念頭に取り組んでいれば、もっと人間力を磨くことが出来たかもしれないとの反省もある。
 今後も防衛・安全保障の専門家OBとして、間接的ではあっても国防や安全保障に関わることを通じて、自らの人間力の向上やスキルを磨いていきたいと思う。そのプロセスは一生続くものであり、自らを更に成長させるための修養の場であると信じている。

 

「防衛大学校アメリカンフットボール部の飛躍を一緒に楽しみませんか!」(令和4年11月 福江広明)

 この記事は、航空自衛隊連合幹部会機関誌「翼」晩秋号(第128号)に寄稿したものを許可を得て転載しています。 

 

1 防大アメフト部の歩みと、より高みを目指して

 防衛省の機関として防衛大学校が1953年に開設。同時にスポーツと文化の両分野で多くのクラブが発足し、校友会を形成していきました。

 防衛大学校アメリカンフットボール部(以下、「Cadets」(英語で士官候補生))の創部時期には諸説あります。1期生が発起した、同好の志が集うタッチ・フットボールを経て、関東アメリカンフットボール学生連盟(以下、関東学生連盟)に加盟し、校外活動を開始した1957年とするのが最も適当とされています。

 
 さて、Cadetsは創部の年に関東学生リーグに8番目の大学として加入します。当時の最上級生は防大2期生で、その戦績は2勝(早稲田、学習院)5敗(慶応、明治、立教、法政、日大)のリーグ6位という結果でした。

 その後、加盟大学の増加に伴い、1959年からは1・2部制に、1970年から1980年までの間はリーグ制になり、1981年以降に再び1・2・3部制に移行しています。

 こうした中、Cadetsは2001年以降、1部リーグ入りが遠ざかっている状況です。最近の10年間は、2部に7か年、3部に3か年という在籍結果です。

 
 しかし、一昨年当面の目標であった2部昇格を果たしました。これは監督、スタッフ・コーチ、選手が一丸となって戦力強化に努めてきた成果です。特に、他大学出身の部外コーチ陣(現在、5名)による尽力が大きな要因の一つでした。この年のオフ・シーズンには、さらなる上位進出を果たすべきとの機運がOBを含む関係者の中で高まっていきました。

 この雰囲気を単なる期待感に終わらせないために、戦略的な観点からCadetsの運営全般に関する基本的な方針を掲げ、それに基づいて各種課題を解決に導く具体的な施策等を示す活動がOB有志を主体に始まっていきました。

 

2 戦力アップのための10年構想

 昨年春、新監督の要望等により、創部以来初めてとなるCadets及びOB会の戦略ビジョン等を定めた「防衛大学校アメリカンフットボール部の運営等にかかる長期的戦略指針」(以下、戦略指針)案をOB会有志で作成、4回の説明検討会を経て今年3月のOB総会において議決するに至りました。

 戦略指針は、Cadets及びOB会による10年先の将来を見通す長期的な活動及び全般運営上の方向性を示すものです。作成にあたっては、Cadetsの戦力向上にかかる心技体の総合的な検討を行い、最高峰の1部リーグ定着と最高位獲得を実現するための長期的な戦略の構築を目指しました。

 
 戦略指針の特徴は、次の5つです。

①Cadets戦力の充実及びその最大発揮を目的として、中長期的な観点から将来のCadets運営環境を分析評価する。 

②防衛大学校の創設目的に照らすとともに、関係する省庁、機関、団体が有する理念及び行動指針等を作成上の基礎とする。 

③Cadets創部以来、初めてとなるビジョン(基本理念、将来像、Cadetsに求める能力等)を戦略指針の中核として作成する。 

④ビジョンに基づき、Cadets活動上の運営戦略及びOB会の活動方針・長期計画等の骨子を明らかにする。 

⑤前項の運営戦略、方針及び計画等を推進するにあたって、予測される各種課題を明確にするとともに、それぞれの対応の方向性を示す。

 
 戦略ビジョンを具現化するためには、「指導体制の充実」と「活動経費の増加」が最重要事項であることがわかりました。また、この相乗効果によって、1部常連チームになる可能性があるとの評価も得ました。戦績が向上することに伴って、選手層の厚さが期待できる上に校友会活動全体を牽引する存在にもなれると期待できます。
 Cadetsがこうした一部進出の道をたどるには、特に寄付受けを含む安定的な活動経費の確保が最も肝心です。そのためには、OB会のさらなる活発化並びに家族会、後援会と一体となる組織構築が不可欠であることも分かってきたのです。 

 

3 チーム理念と将来像

 戦略指針の作成上、まず取り組んだのが、「チーム理念」、「将来像」、「チームに求める能力」等を明らかにすることです。監督、スタッフ・コーチ、選手のみならずOB会を含めたすべての関係者が、戦略ビジョンを共有して、その実現に向けて努力を傾注できるよう配慮しました。 
 

 このうち、「チーム理念」は、Cadetsの将来像を明らかにする上で、中心となる考え方です。チームが未来にわたり存続、活躍するとともに、ビジョンを具現化するための根本となる価値観であり、不可欠かつ不変なものと定義づけしています。 

 「チーム理念」を創り上げるにあたっては、国内外の関係組織(国の機関、大学、企業等)の理念を調査しました。この結果を参考にしつつ、昭和時代(創部期)から受け継がれてきた「部訓」と、平成時代のチーム信条であった「横須賀フットボール」を融合させ、「チーム理念」を次の3項目として掲げています。 

(1)リーダーシップの強化  

(2)勝利の追求 

(3)規律下の闘志と団結心の保持 

 ちなみに、「部訓」は、『闘志なき者は去れ 而して山を降りよ』です。創部から間もない昭和30年代半ばに当時の監督及び選手によって創作されたといわれます。「横須賀Football」は、平成20年代半ばの監督及びヘッドコーチを中心にチームの戦い方と共に、選手等の行動規範となる『チームの一員、個人の取組み、防大生』をTeam Philosophyとして定められたものです。

 
 次に、「将来像」です。チーム内外における諸環境の変化を見据えて、チームとしての戦力構築を図るため、中長期的観点からあるべき姿を分析、検討しました。これを踏まえ、チーム理念を中核とするビジョンを明らかにして、これまで培ってきた人的、資金的、技術的基盤をいっそう拡充しようという主旨です。他校の巧みな戦術用法にも対処し得る均整のとれた戦力及びその発揮のための支援体制を整備するとともに、健全、適切な全体運営を行わなければならないという意思を強く打ち出すことにしました。この考え方に基づき、戦略指針が対象とする期間における「将来像」を、以下の4項目に総括しました。
  

①Cadetsは、充実した指導体制の確立、並びにチーム戦力の最大発揮に要する活動資金の安定的確保の下、チーム戦力を常に高いレベルに維持する。これにより、最上位リーグでの定着化を図る中にあって最高位を獲得する。 

②Cadetsは、監督・スタッフ及び選手の双方が主体となって、精強なチーム体制を構築する。その上で、計画的な教育訓練の実施及び練習環境の整備により、ポジションに応じた適性ある選手を養成する。 

③Cadetsは、OB会の全面的支援を得つつ、毎年度掲げる目標の達成を目指す。この際、OB会のうち、現役自衛官の職にあるOBについては監督、スタッフ・コーチ等の人材管理を主に行うとともに、退職したOBは資金拡充に注力する。  

④Cadetsは、OB会と密接に連携しつつ、戦力発揮にあたって運営戦略の見直しを継続して行うとともに、戦術面においても他校に対する優位性を確保するための各種方策を打ち出すことによってチーム能力のさらなる強化を追求する。  


 さらに、「将来像」を具現化するために、特にチームに求める主な能力を、以下のように定めました。 

■個人基礎技術力 

 基礎技術力は、あらゆるポジションの選手が試合・練習において終始使う能力。これまでの実績及び防大の特性から、スピード(速力・瞬発力)、スタミナ(持久力)及びコンタクト(接触力)を特に重視する。 

■コーチング力 

 選手はほぼ未経験者集団であり、各選手要員を一人前に育成するには優れたコーチング力が不可欠。今後とも、校外から人材確保がチームの戦力向上に大きな影響力を持つため、積極的に関係施策に取り組む。

■ポジションに応じた応用技術力 

 応用技術力については、戦術プレーの質及び多様性を高め、試合に勝利するために必須。個人基礎技術力を修得した上で、それぞれのポジションを担うにふさわしい技術を身につけ、他チームの同一ポジション選手を凌ぐ技量を求める。

■情報収集・分析力 

 対戦相手のプレースタイル、個人の能力、得意プレー、弱点等を分析するスカウティングの観点から、情報収集に基づく各種のデータ化を図る。また、自らのチーム選手個人のプレー能力を評価し、チーム・プレーに反映する。 

■組織戦を担うチーム力 

  チーム力に関しては、フィールド内の選手に限らず控えの選手、指導する監督、スタッフ・コーチ、前項で示したデータ管理スタッフ、専門医学知識を有するドクター、栄養アドバイザーといった様々な要員を可能な限り充員する。 

 

4 Cadetsの運営戦略

 戦略ビジョンを受け、チーム及びOB会の合同運営戦略を、「理念の浸透」「人材の充実」「環境の拡充」の3つの基本方針にとりまとめました。各方針の記述にあたっては、次なる段階で具体的な施策を案出し得るよう配意していきました。各方針の概要は次のとおりです。 

(1)「理念の浸透」 

  ア チーム理念の共有及び浸透 

    Cadetsの運営等に関わる全員がチーム理念を平素から共有します。また、先述のビジョンを早期に実現するために、チーム理念の浸透及び定着を図った上で、Cadets及びOB会のさらなる発展につなげていきます。 

  イ Cadetsの歴史・伝統の理解及び継承 

    Cadetsの歴史及び古豪に相応しい伝統を深く理解することにより、チーム愛を高めていきます。また、これまで培ってきた知識及び経験を継承することにより、Cadets及びOBの間に一体感を生み出します。

  ウ 情報発信の強化 

    チーム力の向上及び戦力強化にあたっては、部内外に多くの支持者を得ることが必須です。チームが勝利を目指す姿に触れ、共感を呼び込むために、積極的SNSを最大活用することにより、関連情報を広範囲に発信していきます。 

(2)「人材の充実」  

  ア 有能な部員獲得のためのリクルート活動の強化 

    運動能力の高い選手を一人でも多くリクルートする要領を定め、選手要員の規模拡充を図ります。併せて、新入部員の募集においては、後述する③項のスタッフ要員の勧誘にも努めます。 

  イ スタッフ・コーチの安定的な確保 

    引き続き、高い技術指導力を待つ部外コーチをポジション別に確保するよう処遇の枠組みを定めます。また、防大出身又はフットボール経験のある現役自衛官の指導官等を確保します。 

  ウ 学生スタッフ要員の定員化 

    選手要員とは別に、入部当初から選手を多方面で支援するスタッフ要員を定員化します。特に、情報収集、彼我の戦力分析及び評価、選手の身体管理、監督・スタッフの補佐を務める学生を一定数確保して戦力強化に努めます。

(3)「環境の拡充」 

  ア OB会をはじめとする支援団体の拡充及び活用強化 

    選手等の活動意欲を高揚することを念頭に、OB会の充実、「家族会」及び一般の会員で構成する「後援会」の設立を企画します。その上で寄付受け等により、資金確保の活動を展開します。 

  イ 練習器材等の充実整備をはじめとする後方支援態勢の強化 

    前項の活動資金の獲得を前提に、個人のウエイト・トレーニングをはじめチーム内の連携練習等に関する器材等を戦力強化の観点から計画的、先行的に購入します。

  ウ 専用グランド等の確保 

    他大学と同様に、防大グランドの人工芝化を促進し、天候に左右されない練習環境を整備する。充分な練習量を確保する上でも専有化するとともに、連盟から試合場として認可が得られる付帯施設を整備していきます。


5 OB
会が目指す戦力基盤の充実

 従来からOB会則に規定していました「防大アメフト部の活動を支援し、その発展に寄与」というOB会の目的を達成するため、先述の運営戦略に照らして、あらためて同会の活動方針を明らかにすることにしました。 

 
 その重視事項は、以下のとおりです。 

(1)OB会の組織力発揮のための連絡体制、協力体制及び管理体制の強化 

(2)理念の共有、事業推進への理解を得るための情報発信(部内外広報) 

(3)世代を考慮したOB会活動における役割分担 

(4)チームに対する支援金増額のための取り組み 

 また各方針のもと、具体的な施策・事業を達成目標と共に示すことにしました。その一例として、前項の運営戦略のうち、「環境の整備」の「OB会をはじめとする支援団体の拡充及び活用強化」の主な事項を記述してみますと、次のとおりになります。 

①OB会

幅広い施策への参画を目標に、各期代表者を通じた情報共有系統を確立するとともに、各種事業の計画的推進のほか、未活動者の積極的参加を促します。また、事務局機能の充実を図り、OB会費の納入向上及び一般会員からの会費・寄付金の収益を得ることを目指します。

②家族会​

家族会の設立を目標に、選手等の家族への情報提供系統を確立し、試合・練習への家族招致等に関する活動の活性化を図ります。​

③後援会​

後援会の設立を目標に、部外への情報発信を強化に努めることにより、一般応援者の参入及び組織化を目指します。​

​

6 ビジョンの実現に向けて

 この度の戦略指針の作成は、昨春のCadets監督の交代を機に発意しました。これまでCadetsが歩んできた歴史を振り返り、諸先輩が築き上げた実績を評価しつつ、将来のCadets及びOB会のあるべき姿を戦略的観点から分析すべきとの新監督の提言を受け、OB会が主体となって作成に当たりました。このこと自体は、数年後に創部70周年を迎えるにあたって、大きな節目におけるOB会としての業績の一つにもなり得るとの判断がありました。 


 対象期間として、これから先10年を見通していますが、「Well begun, half done」の格言にもあるように、ビジョンの早期具現化に初年度から全力を傾注していきます。 そのためには、Cadets及びOB会にかかる全ての関係者があまねく基本理念の共有を図り、一致団結した諸活動を行うことがとても重要になります。 

 運営戦略及びその具体的な活動の中で、家族会及び後援会を計画的に設立して、さらなる組織的な戦力拡充のための体制整備に尽力することを掲げました。この最終的な段階では、「チーム強化育成委員会(仮称)」なる枠組みを構築して、真に物心両面からのCadets活動支援に努めることを目指しています。


 ぜひ今後の活躍に期待していただくと同時に、こうした活動に多く方に参加していただけることを心から願っています。

防衛大学校アメリカンフットボール部の年間を通じての活動状況、試合スケジュール及びその結果等については、以下でご覧いただけます。

■ホームページ

①防衛大学校アメリカンフットボール部の URL:http://www.nda.ac.jp/ed/cadets/

②Cadets を応援するHP(OB会HP)の URL:https://www.cadets1957.com/

この「翼」誌を愛読いただいている方々には、年間スケジュールで示される試合会場に足を運んでいただき、私達と一緒に観戦を楽しんでみませんか。先述のホームページの問い合わせ先等をご利用いただき、事前に依頼していただけるとOB会員が案内及び試合ルールの説明をさせていただくことも可能です。

 格闘、頭脳、戦術等、様々な要素が凝縮された究極のスポーツを堪能していただき、将来の我が国の安全保障を担う選手達を応援していただくことを切望します。 

 

ボストンだより(番外編:令和4年7月10日号)

 この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより 番外編」をもって再掲載を終了します。

 

 光陰矢の如し。ボストンだより最終回を寄稿してから早くも1年が経ちました。この間、オミクロン株に変異してさらに猛威を振るったコロナ禍が漸く収束したかと思えば、第二次大戦を彷彿させる侵略戦争がウクライナで生起し、今も激戦が続いています。現実は想像を超えて世界中に災禍をもたらしていますが、その苦難はかなり不公平なものです。
 6月初旬、観光客でにぎわうハワイで開催された日米韓のトラック1.5戦略対話に参加する機会を得て、その思いを強くしました。本稿では、この不公平かつ危険な世界の中で、日本がこれからも戦争の災禍を逃れ、平和と繁栄を享受していくには何が必要か、考えてみたいと思います。

 

 戦略対話の歓迎夕食会でスピーチした米インド太平洋軍司令官アクィリーノ海軍大将は、「現在の戦略環境は第二次大戦以降で最悪だ」と警告しました。
 中ロの「無制限の協力」は、第二次大戦の惨禍を経て構築された世界秩序に対する明白な挑戦だと指摘し、法の支配や自由、民主主義といった価値観を共有する国々が、協力してその挑戦に立ち向かわなければならないと主張しました。ウクライナ戦争はその試金石ですが、ロシアと中国では経済規模や国力で大きな差があり、中国を相手にした戦略的競争は、ウクライナ以上に厳しいものになると覚悟する必要があります。
 中ロに限らず、米国の一極構造を快く思っていない非民主国は意外に多いのが実態です。中国の一帯一路や貿易経済に依存する国、またロシアから軍事援助を受けるアフリカ諸国は、国連総会のロシア非難決議に賛成していません。
 これからの世界は、欧米を主体とする現状維持国と中ロを中心とする現状変更国、そしてその間で揺れる国々の3つのグループに分かれ、協力と競争、場合によっては対立や対決という複雑に絡み合った関係が常態となると思います。日本は現状維持グループの主要国として役割と責任を果たすと同時に、他の2つのグループ国とも共存できる関係を維持することが必要です。

 

 現状維持国と現状変更国の競争・対立は、歴史や文化等の違いを背景に、外交・情報・軍事・経済のいわゆるDIMEの全ての分野に及びます。日本の繁栄には、卓越した技術力によってDIME全体の国力を増強することが必要ですが、日本の生存には侵略や侵害を跳ね返す軍事力が不可欠です。
 ウクライナは、究極的に国を守るのは政治指導力と軍事力、そしてそれを支える国民の意思だということを実証しています。この3つの条件のいずれにおいても、日本は戦後75年に渡って厳しい現実から目を逸らせてきました。今こそ日本が直面する北朝鮮の核ミサイルや中国の巨大な軍事力などの脅威を直視し、文字通り「抜本的」な方針転換を遂げなければ、ウクライナ以上の惨禍に、為す術無く見舞われる恐れが強いと言わざるを得ません。

 

 岸田総理は、「反撃力」の保有や防衛費の大幅増額を掲げ、年末までに国家安全保障戦略等の見直しを明言していますが、憲法の精神のもと「専守防衛」を遵守するという姿勢は変えていません。「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持」することが幻想であることは、「人類普遍の原理」に背く独裁国家ロシアの侵略を見れば明らかです。 
 日本の総理大臣は、ロシアのゼレンスキー大統領のように、国家存亡の危機に際して、国防の先頭に毅然と立つ覚悟はあるのでしょうか?昨年の自民党総裁選挙を思い返すと、その覚悟と信念を持つ政治家は思いのほか少ないのではと危惧します。
 維新の会に強い影響力を持つ橋下徹氏は、「一般市民は戦闘が始まりそうならまず避難。災害対策と同じです。戦うことだけに熱くなってはいけません。とにかく一刻でも早く一般市民が逃げる仕組みをとることです。逃げるのはダメ、戦わなければならないという雰囲気になることは絶対にダメです」と発信していますが、市民は逃げられても国は逃げられません。「戦うよりも降伏を」と主張するのであれば、降伏した結果がどうなるかを合わせて説明する必要があります。
 ウクライナでのロシア軍による無辜の市民の虐殺や略奪、ソ連による大飢饉や粛清の歴史、また中国共産党のチベットやウイグルに対する弾圧を見れば、降伏した日本国民に苛烈な運命が待つことは明らかでしょう。

 

 同盟国アメリカにとって、橋本氏のような発言は、日本を「見捨てる」格好の口実になります。日本が危機に曝されているのに、日本人自身が戦う意思を持たずして、アメリカ人が日本のために血を流すはずがありません。トランプ大統領だけでなく、バイデン大統領も昨年のアフガニスタン撤退に際し、これを明言しています。
 さらに、仮に日本が無抵抗で中国に降伏した場合、中国の意に服す日本は米国の敵とみなされます。日米安保条約が破棄され米軍が撤退する時、中国に自由に使われるであろう自衛隊や在日米軍の基地、防衛産業インフラをそのままに残しておくでしょうか?第二次大戦で、ドイツに早々と降伏したフランスの艦隊を英国が撃滅したメルセルケビール海戦を想起すべきです。
 国の命運を左右する政治家は、国際政治の冷徹な原理を弁え、国防に対する固い信念を持たなければなりません。私達国民は、そのような目で政治家を選択することが重要です。目前の参議院選挙はその選択の貴重な機会です。

 

 国民も変わらなければなりません。1981年から実施されている世界価値観調査の結果(2021.1.29)によれば、「もう二度と戦争はあってほしくないというのがわれわれすべての願いですが、もし仮にそういう事態になったら、あなたは進んでわが国のために戦いますか」という設問に対し、「はい」の比率が日本は13.2%と、世界79カ国中、ダントツの最低でした(2位はリトアニアの32.8%、ウクライナは27位の56.9%)。
 敗戦の歴史や憲法の影響、日教組等による偏向教育など理由は複合的ですが、橋本氏のような言論界の誘導力も大きいと思います。ウクライナ戦争を前に、世界の国防に関する世論や姿勢は大きく変わりました。日本と同じ敗戦国のドイツは国防費を直ちにGDP比2%に増額し、ウクライナへの武器支援を強化、またスウェーデンとフィンランドは長年の中立政策を転換しNATO加盟を申請しました。
 同じ調査が今実施されたら、諸外国の「はい」の比率は大きく増えると思いますが、日本はどうでしょうか?「国を守るため自衛隊と共に戦う」という国民を一人でも増やしていくことは、本紙読者の皆さまに期待される役割です。

 

 3つ目の条件である軍事力はいかにあるべきでしょうか?現役の皆様はウクライナ戦争の教訓を日本の防衛にどう活かすか、懸命に思案していると思います。革新的な技術の早期導入や新領域への対応、「反撃力」の保有など、考えなければならないことは山積みですが、その際の姿勢として2点だけ要望します。
 まず、課題へのアプローチの順序を間違えないことです。例えば、北朝鮮のミサイル脅威への対処という課題に対し、「反撃力」の保有を考えなければなりません。その際、能力的に可能かどうか(可能にするには何が必要か)を最初に考えるべきで、政治的に可能かどうか(専守防衛の枠に入るか)はその次、法律的に可能かどうか(要すれば法改正)は最後という順序を、意識して守ることです。
 従来の防衛力整備は、ともすれば既存の法律や政治的制約を前提に、その枠の中で何ができるかを考えてきました(自身の反省を込めて)。「防衛力の抜本的強化」のためには、将来いかに戦うかを前提に、必要とする能力・装備をまず徹底的に考え抜くことが必要です。
 2点目は、「5年以内にGDP比2%水準の防衛費達成」という目標を、具体的な能力構築・装備取得の計画でしっかりと裏付けることです。逆に言えば、目標の実現は、財務省や国民が納得する「血税の使い道」を防衛省が提示できるかどうか次第です。昨年までの予算要求とは全く違う発想が必要であり、空幕を始めとする担当者の皆様の柔軟な思考と大胆な判断を信じ、本年末の戦略文書や予算案に繋がることを期待しています。

ボストンだより(その8:令和3年7月10日号)

 この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより その8」がシリーズ最後になります。なお後日、番外編を掲載する予定です。

 皆様、ワクチン接種はお済みでしょうか?米国では2回目の接種を終えた人が42.5%を超え(6月10日現在)、マサチューセッツ州ではCOVID-19に関連する全ての規制が5月29日に解除され、6月15日に州の緊急事態が終結します。
 それでも全米の新規感染数は2万3千件を超え、死者は439人(6月9日)を数えていますが、米国社会は確実にコロナ後へと変貌しつつあります。公衆衛生が専門の浦島充佳東京慈恵会医大教授は、米国を「コロナ戦争の唯一の戦勝国」だと評しています(毎日新聞、5月13日)。
 その理由は、トランプ前大統領の初動対処の失敗もあり、60万人の犠牲者を出したものの、国防生産法に代表される「戦時体制」を適用した迅速なワクチン開発(Operation Warp Speed)で、米国は絶対的な優位を獲得したからです。皮肉なことに、死者が少なく優等生とされた台湾やベトナムではワクチン接種が進まず、苦労しています。
 日本はPCR検査、医療体制、ワクチン接種のいずれをとっても対応が後手に回り、「敗戦国」との評価は免れません。しかし、この戦いはまだまだ続きますし、COVID-19の次には別のウイルスとの闘いが必ず来ます。これを奇禍として敗戦の原因を徹底的に追求し、様々な危機がもたらす最悪の事態を想定した体制を整えなければなりません。その意味で、私たち国民全員が、日本という国の「戦時体制」のあり方を、今一度1945年の敗戦に遡って考える必要があるのではないでしょうか。

 

 米国で過ごした2年間、コロナ禍の非常事態の他にも、異例尽くしの大統領選挙と政権交代、国内分断の深刻化とそれを象徴する1月6日の議会襲撃事件、そして米中対立の先鋭化等、多くの事件や変化を経験しました。
 改めて思うのは、一つの事件や決定によって局面の変わる速さと大きさです。米国内はもとより世界中のあちこちで大きな変化が続々と起きていますが、変化に流されてしまうと、その速さと大きさに気づかないかもしれません。
 しかし、世界は今、私がアジアセンターに着任した2年前と比較すると、構造的と言っても過言ではないダイナミックな変化が起き、しかもいまだ止まることなく変化し続けています。
 米中関係は、直接戦争する可能性を秘めた対立、技術に代表される優位性をめぐる競争、そして気候変動等の共通課題に取組む協力という3つの側面が交錯し、これからの世界の潮流を一層複雑にするでしょう。
 日本は、この複雑な潮流を確りと読んで米中との関係を管理しなければ、国家の存立を危うくすると思います。その時に何より必要なことは、自らの運命を自ら切り開いていく自主自立の精神と自助努力です。

 

 米国がワクチン開発で戦勝国となれたのは、「戦時体制」による資源の集中投入だけが理由ではありません。2001年同時多発テロ直後に起きた「炭そ菌」テロを契機に、米政府は国家的なワクチン開発に取組み、mRNAを使った画期的な技術開発を進めてきました。国力以上の外交はできないとよく言われますが、国力以上の安全保障も不可能です。
 米国は、合衆国憲法に象徴される価値観及び国家・国民を守るため、一貫して国力の強化に努力しています。パンデミックに備えたワクチン開発はその一例です。ゲーム理論やシステム分析の開発で有名なRAND研究所は、第二次大戦後、独立間もない空軍が優れた科学技術者を確保し、長距離ミサイル等の新兵器を開発するために創設されました(Research and Developmentが名前の由来)。
 今もRANDは米国の軍事戦略を支える知的インフラとして存在感を示しています。マサチューセッツ工科大学(MIT)に付属するLincoln Laboratory(LL)は、米空軍から毎年11億ドル(約1,200憶円、防衛省全体の研究開発予算に相当)の資金を得て、4,000人の技術者・研究者が様々な装備や技術の研究開発に従事しています。
 AI、無人機、量子、サイバー、宇宙等の、これからの安全保障を左右する最先端技術の多くがここから生み出されています。RANDもMIT/LLも、米国の安全保障を支える基盤の一つに過ぎませんが、日本に、そして航空自衛隊に一番欠けているもののように思えます。

 

 ふり返ると空幕防衛班長当時、部長の指示で空自の課題を抽出し解決の方向を考察する「更なる飛翔」という作業に取組みました。幹部学校長の時には、航空研究センター設立に際し、「スマートパワーの源泉を目指す」という抱負を「翼」に寄稿しました。
 現役最後の補給本部長としては、補本創立60周年記念の「後方魂」の制定に関わりました。環境は常に変化しますが、その時々に不易流行を見極め、見えない将来を何とか見通して、変化に対応しようとする精神をこれらの空自勤務で鍛えてもらいました。そして、ボストンでの研究生活を経験した今、米国のような知的・技術的基盤を保持し、活用していくことの重要性を改めて実感しています。
 日本はコロナ敗戦を乗り越えて、次に来る危機に備えなければなりません。それが北朝鮮の核ミサイルなのか、中国の強大な軍事力によるものか、はたまた別の類のものなのかは予断できませんが、その時空自が必要とされることは間違いありません。
 その時にあるべき空自の姿を想像し、空自のMVV(Mission, Vision, Value)を再確認しておく必要があると思います。私も帰国後は、空自のMVVの明確化、ひいては知的基盤の強化に微力ながら寄与できればと考えています。

 

 このボストン便りは、本紙読者の皆様に米国の最新事情を私の目線でお知らせすべく、編集担当と相談して連載させて頂きました。
 旬な話題としてスポーツもよく取り上げましたが、5月14日にはFenway Parkのレッドソックス対エンジェルス戦を観戦し、大谷翔平選手のGreen Monster越えホームランを生で目撃できました。松山英樹選手のマスターズ優勝の快挙に続き、全米女子オープンでは、笹生優花選手が畑岡奈紗選手とのプレーオフを制するという夢の対決も実現しました。
 このプレーオフのテレビ中継(CNBC)は、最終日単独首位で出た米国のレキシートンプソン選手が75と崩れ3位に沈んだため、3ホール目の途中で突然終了し、全米の体操選手権に切り替わってしまいました。笹生選手を一貫してフィリピン出身と紹介していたことも印象的でした。
 米国スポーツ界での日本人選手の活躍は誇らしく、嬉しく思いますが、大相撲と同じで、アメリカ人から見るとまた別の感情が湧くことも理解できます。国際関係や安全保障についても、結局はナショナリズムや国民感情が大きく影響することを肝に銘じておくべきでしょう。

 

 この記事がお手元に届く頃には、東京五輪大会の開始が目前に迫っていると思います。コロナ禍での1年延期開催という空前絶後の大会が成功裏に実施されますことを祈念して、ボストンからの最後の便りとさせていただきます。拙稿にお付き合いいただき、ありがとうございました。

ボストンだより(その7:令和3年5月10日号)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより」は、番外編を含め計8篇です。月1~2編を掲載する予定です。
 

 皆様、今年のゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?本原稿を執筆中(4月10日)のボストンでは春の花が咲き始めましたが、やはり日本の桜を懐かしく思います。
 私事で恐縮ですが、3月末にファイザーのワクチンを接種しました。米国全体では少なくとも1回接種を受けた人が32%に超えており、バイデン大統領は、公約「就任100日間で1億回接種計画」を59日間で達成し、現在は100日以内で2億回の接種という新たな目標を掲げています。このペースでいけば、5月中には成人(希望者)の接種を終え、6月中にはいわゆる「集団免役の獲得」(人口の約70%以上がワクチン接種を完了)を達成できる見通しです。
 私も4月21日に2回目の接種を受ける予定で、6月の帰国時には免疫を得ている見込みです。その一方で、米国の新規感染者数は未だ毎日7万人前後、死者も千人近く出ています。累計感染数は3千万件を超え、死者も56万人超ですが、不思議に暗さはありません。超高速のワクチン接種に加え、1.9兆ドルの追加コロナ対策や8年間で2兆ドル(約220兆円)のインフラ投資の財政政策に、米国の危機対処の真骨頂を見る思いがします。ハーバード大学も新年度秋学期からは、対面授業と寄宿舎を全面的に再開する方向で検討中です。出口は明確に見えてきました。

 

 日本では聖火リレーが始まりましたが、コロナ対策も五輪開催もどこか中途半端な感じを受けるのは私だけでしょうか。感染者数や死者数は米国に比較すると遥かに少ないにもかかわらず、コロナ禍の「ダメージ」は日本の方が大きいような錯覚を覚えます。
 政策の説明要領やメディアの取りあげ方の影響も大きいと思いますが、米国と比べると、きっぱりと非常事態モードへの切り替えができない国と国民に根本的な原因があるように見えます。
 北朝鮮や中国の脅威を考えると、この危機管理ガバナンスの欠陥は、日本という国の生存に関わる問題です。折しも、バイデン政権初の外務防衛閣僚会談(2+2)で日米同盟の共通の課題が明示されました。
 共同声明では、台湾海峡の平和と安定の重要性も強調しましたが、「日米同盟の役割・任務・能力について協議することによって、安全保障政策を整合させ、全ての領域を横断する防衛協力を深化させ、そして、拡大抑止を強化するため緊密な連携を向上させる」ために、日本は何をしなければならないのか、真剣に考えなければなりません。年末には再度2+2を開催し、「宿題」の答えを出すことを約束していますので、猶予はありません。

 

 バイデン政権は国内政策も外交もスタートダッシュには成功していますが、真価が問われるのはこれからです。アラスカでの米中外務閣僚会談では米中の対決姿勢が鮮明になりましたが、バイデン政権が重視する人権外交は常に地政戦略との矛盾をはらみます。
 端的な例はフィリピンとの関係です。デュテルテ大統領の強権体質を問題視し、対中戦略上極めて重要な同盟国であるにも拘らず、関係修復には動いていません。中国はこれに乗じて、南沙諸島ウィットサン礁に200隻もの漁船を派遣し、建造物を造っています。
 九州大学の益尾准教授は、中国が北斗や衛星通信を利用して大・中型漁船を管理するシステムを構築し、漁船を使った海上ハイテクゲリラ戦を実践していると分析しています。バイデン政権がスカボロー礁と同じ失敗をしないか、危惧されます。また、米国の莫大な財政出動が将来の国防費に大きな制約となることは確実で、太平洋抑止イニシアティヴ(PDI)の実行性も疑問です。
 一方、中国の習近平主席は13回全人代第4回会議で次期5か年計画及び2035年までの長期目標綱要を決定し、長期政権の態勢を固めました。米中対立の狭間で、日本は何を基準にどう動くべきか、二面相と批判される韓国を反面教師として、しっかりとした方針を立て、体制を作る必要があります。

 

 新型コロナ禍は、これからの社会がどうなってしまうのかという、足元が崩れるような不安をもたらしています。その中で、競泳の池江璃花子選手が日本選手権100mバタフライと自由形で優勝し、東京五輪の切符を手にしました。白血病公表から2年余りの闘病を経た池江選手の快挙は海外でも大きく報道され、多くの人々に勇気や希望を与えました。
 「自分がすごくつらくて、しんどくても、努力は必ず報われるんだなと思った」という言葉には、万感の思いがこもっています。池江選手は、自分が持つ病気以前の日本記録は忘れて、復帰後の自己ベストを常に目指すと話しています。どうすればコロナ禍以前の社会に戻れるかと後ろを向くよりも、辛くてもしんどくても、コロナ禍の経験をばねにして新しい社会を目指すことが大切だ、と教えられた思いです(追記:松山選手マスターズ優勝の偉業!)。

 

 私のハーバード大学アジアセンターでの活動も残り2か月を切りました。コロナ禍の影響で昨年3月末から約半年、日本に一時帰国せざるを得なかったり、ボストンへ戻って以降も自宅からほとんど出られなかったりと、厳しい状況が続いています。
 逆境ではありますが、日米プログラムのオンラインセミナーに井筒空幕長をお招きし、ジョセフ・ナイ教授とのパネル討論を企画するお手伝いや、私自身もアジアソサエティ主催のパネルでAIの軍事利用についての講演をするなど、一つずつ実績を積み上げる努力をしています。
 一時帰国時には、兼原元国家安全保障局次長にお誘いいただき、岩田元陸幕長、武居元海幕長との座談会に参加、その記録が新潮社から出版されました。米国での残りの時間も確りと活用し、現役自衛官の皆さまや日本の安全保障を支えてくれる人たちのために、少しでもお役に立てるような成果をまとめたいと思います。最後になりましたが、2月19日に米国での飛行訓練中の事故で、不幸にも志半ばで亡くなられた植崎廉偲2等空尉のご冥福を心よりお祈りいたします。合掌。

隊友会寄稿文「令和4年度防衛白書-関心と限界―」( 令和4年8月22日:荒木淳一)

これは、隊友誌に荒木淳一が今年8月に寄稿した記事を転載したものです。

 

1 令和4年度防衛白書に対する高い関心

 さる7月22日、令和4年度防衛白書が公表された。防衛白書刊行の目的は、防衛政策の基本理念について日本国民の理解を求めるためとされる。「できる限り多くの皆様に、出来る限り平易な形で、我が国防衛の現状とその課題及びその取り組みについて周知を図ること」と令和4年度白書にも刊行目的が明示されている。中央省庁が編集する印刷物で販売または頒布するもののうち、正式書名または通称に「白書」の名称を使用するものについては閣議了解が必要とされており、閣議後の公表が通例である。
 時代の推移と共に防衛白書の体裁や内容は充実してきており、令和4年度版にも国民の理解を得るために様々な工夫が凝らされている。写真と見出しで今の安全保障上の焦点を分かりやすく理解させる「4つのFOCUS」という記事で始まるダイジェスト版が白書本体とセットとなっている。紙面に収まり切れない細部の情報について検索先を示すURLや動画コンテンツのQRコードが白書の至る所に表示されている。防衛や安全保障専門家にとっても、政府刊行の信頼できる公式情報であるのみならず、情勢認識の変化や防衛政策の変更等を確認できる貴重な一次資料となっており、海外の研究者を含め防衛白書に対する関心は高い。

 更に令和4年度の白書は、専門家のみならず多くの国民も強い関心を寄せている。何故なら国際社会は戦後最大の危機を迎えており、我が国を取り巻く安全保障環境は歴史的な転換点にあるからだ。米中の戦略的競争が激化する中で、今年2月、ロシアがウクライナに軍事進攻し、連日、メディアで悲惨な戦争の実態を目の当たりにしている多くの国民が、安全保障や国防が決して他人事ではないという現実に気付き始めている。また、本年末には、国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の所謂「戦略3文書」の見直しが予定されており、それに関わる政策等が如何なる形で記載されているかは、メディアや筆者だけでなく大多数の国民も興味を持っている点である。
 しかし、結論から言えばこのような関心に対して十分に応えきれているとは言えない。背景には、閣議了解文書であることに起因する限界やその他の要因も考えられる。次に、今年度の白書の特徴と評価を述べると共にどの様な要因が期待、関心に応えきれていないかについて筆者の私見を述べたい。

 

2 令和4年度防衛白書の特徴と評価

(1)最大の特徴の第一は、ロシアのウクライナ侵攻を取り上げたことである。通常白書の対象期間は、前会計年度の一年間であり、昨年の4月から今年の3月までの1年間の安全保障環境や防衛省・自衛隊の取組みを記述している。2月に始まったロシアによるウクライナ侵略は依然として継続中であり、詳細な分析に基づく評価も固まっていないが、国民の関心が高くわが国の安全保障にも大きな影響を及ぼす事案であることから、5月下旬までの状況が記述されている。

 「第2章ロシアによるウクライナ侵略」として章立てし、「全般」、「侵略に至る経緯・契機・要因」、「ウクライナ侵略の経過と見通し」、「ウクライナ侵略が国際情勢に与える影響と各国の対応」の項目について12頁に渡り記述していることは評価できる。他方で、ウクライナ侵略は「武力の行使を禁ずる国際法等の深刻な違反であり、力による一方的な現状変更は国際秩序全体の根幹を揺るがすもの」、「多数の民間人の殺害は国際人道法違反、戦争犯罪であり断じて許されない」と強い口調で非難するものの、わが国の安全保障に如何なる影響があるのかについての記述は殆どない。事実関係を並べた後に、今後の影響や関連動向に「注目」、「強い関心を持って注視」との記述にやや他人事的な違和感を抱くのは筆者だけではないはずだ。

 今般のウクライナ侵略が我が国の安全保障に与える最も重要な示唆の一つは、核抑止の問題である。国連常任理事国でありNPT体制を支える責任を持つべき核大国ロシアが、非核国ウクライナに一方的に武力侵攻し現状を変更しようとしていることに加えて、米国・NATOに対して核の恫喝を行って軍事的介入を阻止していることである。キューバ危機以来、最も核兵器が使われる可能性が高まっているとの指摘もあり、限定的な核使用のリスクは現実的なものとなっている。核による抑止力が国家安全保障にとって死活的に重要であることが改めて示されたのである。
 中国、北朝鮮という核を保有する専制主義国家に囲まれる我が国の国家安全保障にとって重大な意味を持つ。米中間の戦略核のバランスが相互抑止の成立するパリティ状態に向かいつつある中で、中距離弾道ミサイル等の能力ギャップが存在している現下の状況においては、台湾を巡る米中間の衝突がエスカレートした場合、中国が核による恫喝によって米国の介入を阻止し得る可能性が十分に考えられる。米国による我が国に対する拡大抑止の信頼性、実効性を如何に高めるかがわが国安全保障上の喫緊の課題なのである。
 白書の記述では、「原発・核施設への攻撃とNBC兵器を巡る状況」として偽旗作戦の一部として核の問題が取り上げられ、「核抑止力運用部隊に特別な勤務態勢を取るように命令があった」こと等の事実関係のみを数行記載しているだけである。唯一の被爆国として非核三原則を掲げ、核戦略に関してほぼ思考停止してきた我が国にとって、核の問題に対する政治的センシティビティは高いものの、核問題に対する感度は極めて低いと言わざるを得ない。岸田総理が「現内閣では非核三原則見直し等の議論はしない」と明言したことに対する政治的配慮から、自民党提言では拡大抑止の課題について「しっかり議論する」ことになっている。白書の記述がそこまで配慮しているとは考えにくいが、改めて核問題に関する意識の低さと従来の政策の枠の中でしか議論できない限界が露呈する結果となっている。


(2)第二の特徴は、昨年度に続き中台関係に関する章を設けて台湾海峡の現状を記述している点である。令和3年度から、独立した節「米国と中国の関係など」として、「米国と中国との関係(全般)」、「インド太平洋における米中の軍事動向」、「台湾の軍事力と中台軍事バランス」など、台湾問題を多角的に記述しているが、令和4年度は更に踏み込んで、初めて中国の台湾侵攻のプロセスに言及している点は大いに評価できる。
 しかし、台湾側の分析のみを引用して記述されているのは残念である。安倍元首相が「台湾有事は日本有事」と喝破したように、わが国の安全保障に重大な影響を及ぼす台湾海峡危機について、当事者としての見方、考え方が示されないのは、中国に対する外交上の過剰な配慮にも見える。わが国の安全保障戦略、防衛戦略上、中国をどのように位置付けるかということは、「戦略3文書」見直しの大きな焦点の一つである。しかし、昨年度に引き続き4年度白書も、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の「強い懸念」にとどまっている。
 中国に関して、核を含む軍事力の圧倒的な増強、更には南シナ海における力による現状変更の事実、わが国に対する尖閣周辺での既成事実化の動き等を約30頁に渡り詳述していながら、何故、軍事的な脅威と位置付けられないのか、一般の国民には理解できないであろう。現行の国家安全保障戦略における中国の位置づけが、米国も失敗を認めた「関与政策」の延長上にあり、地域・グローバルな課題に「積極的、協調的役割を果たすことを期待」しつつも「懸念」として動向を注視する位置づけであることが理由の一つと考えられる。
 年末の「戦略3文書」見直しまではその位置づけの変更・先取りはできないという白書の限界でもある。脅威を特定せず力の空白を作らないという冷戦期の基盤的防衛力構想等の脱脅威論的思考から抜け出せず、脅威対抗的な考え方に馴染んでいないからに他ならない。安定的な日中関係を維持することは勿論、重要であるが、米中の戦略的競争の最前線に位置する日本が、既存の国際秩序を力によって自らの望むように変えることを公言し、実行している中国に対して、過剰な忖度をすることは防衛政策の方向性や資源投資の優先順位を見誤り、日本の将来を危機に晒すことにしか繋がらないことを認識すべきである。

 

3 おわりに

 国民の関心の高い「反撃能力」については、4月末の自民党政策提言において保有の必要性が提言されているものの、「戦略3文書」に盛り込まれるまでは、政治的な意志決定がなされていないものとして白書に記載はない。既に事業化が進む「スタンドオフ防衛能力の強化」と「反撃力」との関係や、どのような理由で、どのような能力が「反撃力」として必要なのかを一般の国民が理解することは困難であろう。また、岸田総理が日米首脳会談で言及した「防衛力の抜本的強化」のために防衛費の増額についても、概算要求前に必要な予算について言及できないことから、昨年度予算までの事実関係の記述に止まっている。対GDP比2%を念頭に置く圧倒的な増額が必要な理由は、白書からは読み取れない。これは白書そのものの限界というより、むしろ我が国における防衛政策の策定プロセスが抱える問題と言うべきものであろう。
 政治的な意志決定がなされるまで国民に問題認識を説明する場が無いこと、更には政治的に機微な案件は、「実利を取る」、「政治的混乱を避ける」という美名のもと先延ばしする、議論を避けるという政治的、官僚的な悪習が依然として存在することが問題である。現役が口に出せない本音を代弁する隊友会の政策提言や自衛隊OB有志の情報発信などが重要な理由でもある。

 安倍元総理は、平成30年1月、通常国会の施政方針演説において、防衛大綱(25大綱)の見直しを表明した際、「従来の延長上ではなく、国民を守るために真に必要な防衛力のあるべき姿」を考える必要性を強調した。それ以降、米中間の戦略的競争の激化、ロシアによるウクライナ侵略の生起・継続、ペロシ米下院議長の訪台に反発する中国の台湾周辺に置ける軍事演習の実施(我が国EEZ内への弾道ミサイル発射を含む)など、我が国を取り巻く安全保障環境は更に厳しさを増している。もはや冷戦期の考え方ややり方が通用する時代ではない。既存の枠の中で何ができるかを考えるのではなく、国の安全保障を全うする為に何をなすべきかを考える発想に転換しなければならない。
 今こそ、改めて「従来の延長上ではなく、国民を守るために真に必要な防衛力のあるべき姿」を追求する覚悟と気概を持って「戦略3文書」の見直しに臨むべきではないだろうか。岸田総理が強調する「防衛力の抜本的強化」や「真に必要な防衛費の積み上げ」という言葉の裏に「従来の政策の枠内で」という枕詞がついているようでは安倍元総理の遺志を引き継ぐことは出来ない。

ボストンだより(その6:令和3年1月10日号)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより」は、番外編を含め計8篇です。月1~2編を掲載する予定です。
 

 皆様、新年明けましておめでとうございます。初めて新型コロナ禍の中で迎えた新年は、帰省や初詣も様変わりしたことと思います。困難な状況が続く中ではありますが、新春を寿ぎ、皆様のご健勝と明るい一年をお祈り申し上げます。
 (本稿校了の令和2年12月10日時点では)日本各地で感染拡大が続き、医療体制のひっ迫が懸念されています。米国も同様に感染拡大が続いており、一日の死者が3千人を超えた日もありました。ワクチンの開発に数社が成功し、間もなく接種が開始されるのは明るいニュースですが、社会全体に免疫が浸透するにはまだまだ時間がかかります。
 東京2020オリ・パラ大会の開催と成功には世界中の国々が日常を取り戻し、国境を越えた移動がある程度自由になることが必要です。本年がポストコロナ時代の幕開けとなり、自国Firstから国際協調への転機となるよう、日本も力を発揮して欲しいと思います。

 

 2020年は世界史に残る事件が多くありました。1年前に中国武漢で発生した新型コロナウイルス危機は瞬く間に世界中に拡大し、既に154万人以上の犠牲者を出し、政治・経済・社会・文化等人類のあらゆる活動に影響を及ぼし続けています。
 中国は徹底した都市封鎖によって国内感染を局限し、逸早く経済活動の再開に成功しましたが、初期対応の失敗と情報隠蔽、そしてその後の傲岸かつ利己的な外交は国際社会の顰蹙を買いました。
 香港国家安全維持法による一国二制度の無実化やウイグル自治区強制収容処での厳しい弾圧、さらには南シナ海・台湾海峡等での軍事力による現状変更や威嚇など、共産党独裁政権の無法ぶりが顕著でした。尖閣諸島に対する圧力もこれまで以上に高まっており、日本としては一歩も引かない覚悟と対応が必要です。

 

 パンデミックの最大の被害を受けた米国では、異例尽くしの大統領選挙による政権交代となりました。トランプ大統領は選挙に不正があったとの主張を変えておらず、訴訟もほとんど却下されていますが、共和党議員・支持者等の根強い支持を保っています。
 上院は共和党が多数派を維持する見込みであり、ねじれ議会と民主党左派の圧力に直面するバイデン次期大統領は、分断した国内の融和と国際協調路線を目指すものの、思うような舵取りは難しい状況です。トランプ氏は2024年の大統領選でのリベンジを示唆しており、その戦いに有利な環境を作るため、徹底してバイデン次期政権の足を引っ張ろうとしています。
 イランへの攻撃や各地域の米軍撤収、台湾の国家承認などが噂され、1月20日にホワイトハウスの家主が替わるまで、何が起きるか予断できない状況です。恒例のクリスマス装飾とは相反し、醜い争いがトップから市民まで蔓延しており、米国パワーの衰退は当面続きそうです。

 

 日本では菅政権の誕生、九州の豪雨・台風被害、藤井聡太最年少2冠獲得など明暗が混淆しましたが、個人的には宇宙に飛躍した年だったと感じています。5月には航空自衛隊宇宙作戦隊が発足、11月には野口聡一氏が初の民間宇宙船「クルードラゴン」で国際宇宙ステーションに到着、約半年間の活動を今も続けています。
 そして12月6日には6年間、52億キロの旅から「はやぶさ2」が帰還、地球に「玉手箱」を送り届け、また新たに未知の小惑星1998 KY26を目指す11年間、100億キロの任務に向かいました。

 

 極微のウイルスから無限大の宇宙まで、昨年を回顧しましたが、今年はどのような展望となるのでしょうか。冒頭で述べた通り、コロナ禍が終息しポストコロナ時代が始まることを願いますが、世界的に厳しい社会・経済状況が続くことは確実です。
 米国はバイデン政権が始動しますが、当面体制づくりと内政重視の運営とならざるを得ず、一方、中国共産党設立100周年(7月23日)を迎える中国は、権力を更に集中した習近平指導体制の下、「中華民族の偉大なる復興」に向け一層強硬に影響力の拡大を図ると思われます。
 トランプ政権で一気に対立モードとなった米中大国間競争にバイデン政権がどのような姿勢で臨むのか、日本としても気になりますが、まずは我が国自身の目標と戦略を明確にすることが重要です。

 

 菅政権は、コロナ対策と経済の両立、米中との二国間関係のバランス、東京2020オリ・パラと衆議院選挙のタイミングなど多くの難題に挑まなければなりません。デジタル庁設置による国のサイバーセキュリティ体制やデジタルインフラの強化も待ったなしの課題です(東洋経済オンラインの拙稿をご参考)。
 このような難局に当たって歴史をふり返れば、今年は、真珠湾攻撃80周年(12月8日)とサンフランシスコ講和条約署名70周年(9月8日)という戦後日本の起点、湾岸戦争30周年(1月7日開戦、3月3日終結)と米国同時多発テロ20周年(9月11日)という米国安全保障戦略の転換点、そして東日本大震災と福島第一原発事故という日本復興の始点から10周年(3月11日)という多くの節目を迎えます。
 時の流れは止まることが無く、いずれの歴史的事件からも其々の時を経て状況は大きく変わりました。そして、今年の難題に我々がどう対応するかによって将来の日本のあり方が決まることになります。

 

 中国の独裁政治は全く受け入れられませんが、中国の歴史の長いスパンで国家目標を定める構想力と、目標に向かって短期・中期の具体的計画を着実に進める実行力は、日本も見習うべきだと思います。
 中国は建国100周年の2049年10月1日を目指して中国の夢を追いかけています。日本も、2045年8月15日の敗戦100周年までに、私たちが理想とする新生日本の実現を目指してはどうでしょうか。
 内閣府は、人々の幸福に向けたムーンショット型研究開発で2050年までに達成すべき6つの目標を掲げています。これは科学技術の分野ですが、他にも憲法や安全保障、教育・文化など重要な分野で達成すべき目標を掲げ、実現に向けた行動計画を作る。2021年はそのような節目に相応しい年だと思います(初夢)。

ボストンだより(その5:令和2年10月10日号)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより」は、番外編を含め計8篇です。月1~2編を掲載する予定です。

 

 今年の夏はコロナ対策のマスクと熱中症予防に悩まされましたが、会員の皆様はいかがお過ごしでしょうか。私は、9月16日にほぼ半年ぶりにボストンに戻り、深まりゆく秋の哀愁を感じながら、14日間の自宅検疫を過ごしています。

 

 ハーバード大学の所在するマサチューセッツ州の感染状況は比較的落ち着いていますが、米国のコロナ禍による死者はついに20万人に迫り、30を超える州で再び感染が拡大しつつあります。米国の医療費は高額で国民本位の公的制度が不備なため、コロナ禍の被害は取り分け未熟練労働者や有色人種系の低所得層に過酷です。
 ミネアポリスで5月下旬に起きた白人警官による黒人暴行死の被害者は、コロナ禍に伴う飲食店の休業で職を失ったCOVID-19陽性患者でした。この事件をきっかけに“Black lives matter.”を掲げる抗議運動が全米に広がり、人種差別や貧困格差などの根の深い対立が米国の分断を深刻にしています。

 目前に迫った大統領選挙も絡んで、様々な思惑を持ったグループ(Qアノン等)がインターネットやSNSで情報戦を展開しており、その向こうにはロシアや中国等のサイバー戦の影がちらつきます。
 マスクやワクチンに反対する過激な行動は欧州にも広がっており、G7では日本だけが例外的にこの種の反社会的運動を免れているのですが、巨大台風や洪水、広域山林火災にバッタの大量発生等、地球規模で続発する環境異変を考えると、私たちも無関心ではいられません。

 

 コロナ禍は芸術やスポーツという人類共通の交流も大きく制限していますが、大坂なおみ選手の女子テニス全米オープン優勝は、ニューヨーク・タイムス等の現地メディアでも速報される明るいニュースでした。無観客の試合場に大坂選手は、暴力の犠牲となった黒人の名前を書いた7枚のマスクを用意していました。
 決勝戦では、射殺された12歳の少年の名前のマスクを着用して登場し、優勝しました。スポーツの場における政治的な行為はしばしば批判や処分の対象になりますが、NYTの記事は、“A champion again, she made her point unmistakably on the court and off.”「再びチャンピオン(選手権保持者と主張支持者の両義)として、彼女は間違えようのないポイント(得点と論点の両義)をコートの中でそして外でも達成した」と、称賛しています。
 コロナ禍や人種差別など人類共通の問題を克服するには、弱者への共感と連帯が必要だと勇気をもって主張した大坂選手の姿勢への評価であり、私もその姿勢を共有したいと思います。

 

 渡米直前に、安倍総理は持病の潰瘍性大腸炎という難病の再発を理由に辞任されました。コロナ対策に伴うストレスが病状を悪化させたことは容易に想像できますが、その総理を「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」と、ある野党議員は批判しました。
 安倍総理の在任間の実績について国内メディアが批判的であるのに対し、米主要紙は平和安全法制やTPP11、またトランプ大統領との関係等を高く評価し、「安倍首相の辞任は、中国の強硬姿勢に対峙し、北朝鮮の核開発を抑制する中で、日本だけでなく、米国のアジアでの利益にも痛手になる」とワシントン・ポスト紙は社説で書いています。さらに、大統領選を激しく争う共和党トランプ大統領と民主党バイデン前副大統領の両方から辞任を惜しむメッセージが発せられており、安倍総理が掲げた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」が党派を超えた日米共通の戦略として共有されていることを示しています。

 

 国家の最高指導者としての重責、そしてその責務を病気とはいえ自ら放棄せざるを得ないと決断した勇気と無念を、私たち自衛官OBは心から共感し、感謝すると思います。
 後を引き継ぐ菅総理始め、日本という船の舵取りを担おうと志す人たちには、他者への共感と宥恕の心を保持して頂きたいものです。多様化し分断・孤立化する社会が、感染症や気候変動等の危機、格差や差別等の問題を克服するためには、そのような心で結束するしか道はないからです。

 

 コロナ危機は国際関係を大きく変えつつあります。新冷戦とも形容される米中対立の一方、欧州は分断に傾いた流れを食い止め、欧州復興基金の創設を決めました。コロナ以前では考えられなかった債務の共有をドイツが受入れ、EU統合強化に舵を切ったわけです。中国は習近平主席の「中華民族の偉大なる復興」の号令下、西太平洋や一帯一路の地域とサイバー領域の両方で、軍事力を含むあらゆる国力を動員して大中華帝国を建設しようとしています。
 米中対立の最前線に位置する日本は、日米同盟を基軸に、欧州諸国等と連携し、中国も包含するFOIPを旗印に、国力の強化を図ることが必要です。時代に即した国家安全保障戦略の策定と防衛態勢の構築は待ったなしで実行しなければなりません。劇的に進化する新興技術や付随する各種イノベーションの導入もスピードが勝負です。

 

 再渡航の挨拶に訪問した私に、新空幕長の井筒空将は、「空自の進化、深化、真価」を目指すという抱負を熱く語られました。丸茂前空幕長の進化の取組みをさらに加速化させ、既存の能力や機能を深化し、さらに航空自衛隊の真価を追求していくとの考えでした。
 折しも、米国防高等研究計画局(DARPA)が進めている「Alpha Dogfight Trial」では、ヘロンシステムズが開発したAIが現役の空軍F-16パイロットに圧勝し、来年の夏にはAIを搭載した無人戦闘機とパイロットが操縦する有人戦闘機が実際に対戦を行う予定とされています。陸海空に加え宇宙・サイバー・電磁波の全領域で任務を全うするためには、AI等の革新的な能力も活用した“新”航空(宇宙)自衛隊への再生が必定です。年末までの各種検討において、大胆かつ迅速に新空自の“フライトプラン”が提示されることを祈願し、皆様と共に応援したいと思います。

ボストンだより(その4:令和2年7月10日号)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより」は、番外編を含め計8篇です。月1~2編を掲載する予定です。

 読者の皆様、緊急事態宣言は解除されましたが、感染の再拡大防止のため、引き続き不自由な毎日をお過ごしのことと思います。私の一時帰国も2か月を過ぎ、残念ながら本記事もテレワーク中の自宅からお届けします。

 

 5月25日に緊急事態宣言が解除された日本の対応は、PCR検査数の少なさや強制力を伴わない自粛という対応に様々な批判や反対論がありましたが、結果的にWHO始め諸外国は成功と評価しています。欧米諸国等と比較して死者数が遥かに少ないことは事実で、医療や保健衛生の現場で治療や感染防止に尽力された皆様に感謝と敬意を表したいと思います。
 医療用マスクや防護服が不足し、自身も感染する不安とストレスに耐え、医療崩壊を何とか食い止められたのは、医療関係者の使命感だったと報道にあります。使命感に支えられた献身的な奉仕に対し、わが航空自衛隊のブルーインパルスは青空から感謝とエールを送りました。病院の屋上から手を振る医師や看護師さんの嬉しそうな表情が何よりの成果だと思います。

 

 自衛隊は、コロナ危機対処において感染者を一人も出さずに様々な感染対策の支援任務を遂行しました。市ヶ谷では出勤者を半数にする交代勤務で即応体制の維持を図りました。
 事態対処を専門とする実力組織の本領を発揮しましたが、一方で突然、否応なしにテレワークとなった結果、保全の効いた通信手段や業務資料へのアクセスの難しさ、オンライン会議の未習熟等、デジタル・インフラの不十分さが痛感されたと聞きます。自衛隊のみならず、給付金手続きの不手際など日本社会全体のデジタル化の遅れが浮き彫りになりました。
 感染拡大は小康状態にありますが、第2波は確実に来ると思われます。ワクチンや治療薬の開発と流通を急ぐ一方、今回の事態で明らかになった多くの課題を早急に改善し、第2波やウイルスの変異に備えることが必要です。
 海外から謎に見られている日本型措置の成功の要因(3密を自粛する国民の姿勢や肥満率の低さ、高齢者の予防体制、BCG摂取等が考えられている)を検証し、国際的な今後の対策に活かすことも重要です。同時に、個人の権利と公共の福祉を両立させる国家の危機管理制度について議論を深め、関係法令の制定や所用の備蓄等について改善する必要があると考えます。

 

 目を海外に転じると、各国指導者が「戦争」と形容せざるを得ない被害が未だ拡大を続けています。米国の11万人を超える死者数は第一次世界大戦の犠牲者に匹敵します。
 米国以外のG7を見ると、英4.1万、伊3.4万、仏2.9万、独8千、加8千を其々超えており、日本を除くG7が死者数上位12か国の半数を占めています(6月15日時点)。
 感染はブラジルからアフリカ等の発展途上国に移りつつあり、G7は経済活動の再開に向けて動き出しましたが、社会には大きな爪痕と後遺症を間違いなく残します。
 白人警官による黒人暴行死事件に端を発する米国の抗議デモと混乱、更にトランプ大統領の米軍投入発言とそれに対する厳しい批判は、その一例でしょう。在ボストン日本総領事館からは、「ボストンでも5月31日夜には複数の繁華街で商店の破壊・略奪,警察車両放火などに発展,逮捕者は50名を超えると報じられており,引き続き注意が必要です」との注意喚起メールが筆者に届きました。
 さらに、感染が大地震だとすれば、世界的不況はこれから来る大津波に例えられます。その対策に投じられる国費は各国の国防予算を長期にわたって圧迫するでしょう。日本にはコロナ後の世界を見据えた国民の命と生活を守る戦略が求められています。

 

 コロナ後の世界は何が変わるのでしょうか。グローバリズムの破綻、自国優先主義やポピュリズムの蔓延など様々な見方がありますが、ユーラシアグループ社長のイアン・ブレマー氏は「米中新冷戦と米国の孤立」が加速すると分析しています。
 米中の対立はコロナ危機以前から顕在化していましたが、コロナ危機は米中対立の争点を経済から政治に移すとともに、両国民の相手に対する感情を著しく悪化させました。強権的な都市封鎖で逸早く感染を封じ込めた中国は、欧米の感染拡大を自国にとっての好機と捉え、マスク外交や情報戦、東・南シナ海での軍事プレゼンス顕示、香港や台湾への圧力強化など、影響力拡大に邁進しています。
 一方の米国は、米空母の感染拡大に苦しみながらも、B-1Bを本土から派遣し、空自のF-15、F-2と共同訓練を実施する等、アジア太平洋地域の抑止力の維持に努めていますが、米中軍事バランスが中国優位に傾斜する実態に危機感を募らせています。
 カーネギー財団のクリスチャン・ブローズ氏は近著「Kill Chain」で、今後の米国の防衛を考える際には革新的な思考が必要だと言います。脆弱で代替のきかない大型兵器システムではなく、多くの安価な自動兵器を導入し、「中国の軍事的支配」を否認するような軍に革新すべきとの主張です。コロナ危機が証明した兵士の感染リスクと相まって、コロナ後の軍は無人化・遠隔化、そしてデジタル化が一段と加速すると思われます。

 

 コロナ危機は国境の遮断を余儀なくする一方、デジタル領域のグローバル化を一気に推し進めています。在宅勤務期間を利用し、私もZoomやTeamsの利用に習熟するとともに、「デジタル国富論」や「デジタル・デモクラシーがやってくる!」を読み、デジタル化がもたらす様々なインパクトを学んでいます。
 軍事についても従来の計画や発想に縛られない新たな思考と進化が求められています。今ほどダーウィンの名言を玩味すべき時は無いと思いますので、大変難しい課題ですが、現役の皆様のご健闘を祈念してお贈りします。

『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。』

ボストンだより(その3:令和2年5月10日号)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより」は、番外編を含め計8篇です。月1~2編を掲載する予定です。
 

 米国の新型コロナウイルスの爆発的感染拡大が止まりません。この状況と諸般の事情を踏まえ、筆者は3月28日の日本航空直行便でボストンから成田に一時帰国し、本稿は3月31日に柏の自宅で執筆しています。
 出発直前のCNN(現地28日9時現在)によると、全米での感染者は102,702+人、死者は1,590人で、既に中国を抜き10万人を突破していました。31日午前4時(AFP)の米国での感染者数は153,246人、死者2,828人となり、3日足らずの間に5万人以上増加しました。全世界では約76万人が感染し37,000人近くが死亡しています。
 東京・首都圏も爆発的感染の瀬戸際にあり、何とか踏みとどまって欲しいものですが、本紙がお手元に届く頃どのような状況になっているのか、全く予断を許せない状況です。

 

 一体だれがこのような事態を予測したでしょうか?前回の新年号ボストン便りでは、東京五輪の成功や米中対立について考えましたが、パンデミックについては全く予想もしていませんでした。
 しかしその原稿執筆時(11月末)には、中国武漢でまさに最初の感染者が発生(しようと)していたのです。中国が初動対応に様々な失敗を重ねたこと(特に武漢封鎖の発表と実施までに8時間の間隙があり、その間に数十万人が武漢から脱出したとされる)については厳しく事実関係とその責任を問う必要があります。
 とりわけ現時点で終息を宣言し、感染が拡大する国々へ医療支援を提供することで、中国の対処の適切性と優位性を定着させようとするプロパガンダは断固拒否すべきです。一方で、初動の失敗もしくは危機感の薄さは、中国だけではなく、各国に共通する反省点だと思います。

 

 思い返せば、2月下旬に所用で一時帰国した際は、ダイヤモンド・プリンセス号の感染への対応が関心の中心であり、爆発的感染や医療崩壊などの危機感はほとんど無かったと思います。2月26日に米国に戻った際も検疫を受ける必要もなく、米国の生活も普段通りでした。
 その状況が一変したのが3月11日、日本が東日本大震災の9年目を迎えた頃です。筆者が所属するハーバード大学アジアセンターの仲間とお茶をしていた時に、大学当局から感染症への最初の対応方針が出ました。
 その後は矢継ぎ早に、全寮制の学部生が寮から退去を命じられ、25人以上の集会(授業、セミナー、食事会等)の禁止、オンラインへ移行等の指示がでました。数日後にはハーバード大学総長夫妻が感染したとのメールがあり、マサチューセッツ州もロックダウンしました(外出の自粛、レストランの営業停止など)。たった2週間ほどで日常が一変してしまったわけです。
 3月26日、一時帰国準備のため研究室を訪れましたが、ケンブリッジ通りに車両はほとんど走っておらず、メモリアルホールも閉鎖されていました(写真1:未添付)。大学構内も歩いてみましたが、いつもは学生や観光客が溢れているヤードに人影はなく、住人のいない寮と青空は絵葉書のように美しくはありました(写真2:未添付)。ハーバード大学の目下の懸案は、一年で最大のイベントの卒業式をどのような形にするかですが、世界は遥かに深刻な問題に直面しています。

 

 パンデミックの恐ろしさは、治療法が無く重症化すれば死に至る病が急激に拡大することですが、それだけではありません。グローバル化した現代社会は国境を越えた経済・金融・交通等のシステムによって支えられており、感染防止のため人の動きが止まれば国際社会全体がマヒを起こします。
 麻痺を局限するにはグローバルな国際協調が必要ですが、各国指導者は結局、国境によって国内の感染を封じ込め終息させることを優先せざるを得ません。共産党独裁の中国は強権的な措置による成果を誇り、権威主義的な国家体制の優位を主張しますが、徹底した情報統制や人権侵害の問題は顧みません。
 米国は民主的な手続きと個人の自由を尊重するため、対策の適時性や効率性に劣る面は否めません。さらに米国内では徐々にホームレスの姿が増えつつあり、治安悪化やアジア系住民に対するヘイトクライムの懸念から銃を購入する人が増えています。このようにウイルスは人体だけに止まらず、人の心にも感染し、その病毒は民主主義や国際社会の様々なシステムを侵しているのです。
 各国指導者が「ウイルスとの戦争」と言うのは誇大ではなく、まさしく人類がこの目に見えない敵とどのような形で戦い、克服するかによってパンデミック後の世界は決まるでしょう。

 

 筆者は東日本大震災の直後、福島第一原発事故対応を支援するため、官邸危機管理センターに派遣されました。放射線という目に見えない敵の恐ろしさと人間の無力さを感じつつ、大きな余震等による事態の更なる悪化に備えたことを思い出します。
 日本は放射線との闘いを今も続けていますが、今こそ国民は当時のことを思い出して欲しいと思います。新型ウイルスという同じく目に見えない敵は、日本だけではなく世界を感染させ、経済金融等へのリスクに止まらず、地政学的な脅威となって今度は外から迫ってくる恐れが強いのです。
 安全保障の要諦は最悪に備え、考えられないことを考える(Think unthinkable)ことです。1年後に延期された東京オリンピックを完全な形で実施するためには、世界中がこの見えない敵との闘いに勝つことが必要条件です。
 国民一人ひとりが強い危機感を持って国内の感染封じ込めに一丸となると同時に、日本が国際社会全体の取組みにおいて指導力を発揮することを願ってやみません。

 

今回の一時帰国がいつまで続くのか、現時点では全く見通せません。次号は米国から良いニュースをお届けできることを願いつつ、皆様のご健勝と安寧を祈念いたします。

ボストンだより(その2:令和元年12月1日号)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより」は、番外編を含め計8篇です。月1~2編を掲載する予定です。



 読者の皆様、ボストンから謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

 早いものでボストンに来て半年を迎えます。本年が平和で実り多き歳となりますことを心より祈念いたします。

 

 本稿は11月末に執筆していますが、読者の皆様には令和2年のお正月に届く予定なので、少し早いですが、令和元年を回顧し、新年を展望したいと思います。

 昨年は日本にとって、平成から令和へと時代が転換する節目の年となりました。

 恒例の10大ニュースのトップは間違いなく「天皇陛下御即位、令和改元」だと予測します。スポーツではラグビー・ワールドカップの日本代表チームの活躍で国中が湧きました。米国代表チームは残念な結果でしたが、ご想像の通り、米国ではアメフトに優秀なアスリートが集まるので、ラグビー人口は日本より少ないようです。個人的には渋野日向子選手の全英女子オープン優勝とその後の活躍に喝采を送ります。
 政治では、安倍首相の通算在職日数が歴代1位となり、世界の民主主義政治が不安定化する中で、日本の安定感は米国識者も高く評価しています。一方で日韓関係は、いわゆる徴用工問題を転機に、日本政府による韓国向け輸出管理厳格化、韓国内での日本製品不買運動、韓国政府による日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄通告(後に回避)と連鎖し、急激に悪化しました。
 GSOMIA破棄に関しては米国政府も巻き込み米韓関係へと飛び火しました。トランプ大統領の米軍駐留経費の大幅な負担増要求とも絡んで、日米韓の同盟関係をどのように維持・改善するかが本年の大きな課題となると考えます。余談ですが、韓国人の歴史学者が共同で執筆した「反日種族主義」は日本人必読の書であり、英訳されて米国でも広く読まれることを期待します。

 

 目を米国に転じると、トランプ大統領のウクライナ疑惑をめぐる弾劾手続きの開始が注目されました。下院の証人喚問ではquid pro qua(代償・交換条件)の有無が焦点となり、この難しいラテン語が昨年の流行語大賞でした(Jokeです)。

 弾劾手続きの進捗は本年の大統領選挙にも直接影響します。現状では共和党がマジョリティの上院で弾劾に必要な3分の2の賛成を得ることは困難とみられており、選挙戦を有利に進めるための民主党の戦略と手腕が問われています。その民主党候補には新たに大富豪のBloomberg前ニューヨーク市長が名乗りを上げました。ボストンはほぼ全員民主党支持者でトランプ氏を嫌悪していますが、民主党候補の誰を支持するかでは分裂しており、民主党の弱さを象徴しています。
 一方トランプ大統領は米国民の約40%の岩盤支持者の囲い込みに余念が無く、現状では再選の可能性が高いように思われます。トランプ氏は独自の損得勘定を基に外交安全保障も判断するので、日本は2期目への備えを早めにしておく必要があると考えます。さらに昨年一層激しさを増した米中貿易摩擦、特にアメリカ企業によるHuawei等の通信機器使用禁止と輸出規制リストへの追加に象徴される技術覇権争いは長期化が見込まれ、日本への影響も必至です。
 個人的には、研究テーマであるAIが将来の軍事バランスを変える最重要技術として米中共に軍事利用の研究開発・実装化に邁進しており、日本も戦略的な対応が必要です。航空自衛隊のAI戦略に寄与できるよう、研究を進めて参りたいと思います。

 

 令和2年は東京オリンピック・パラリンピックの年です。平和の祭典を成功に導くため、サイバー攻撃やテロ等の不測事態への備えに万全を期すことは当然であり、自衛隊の役割も大きいと思います。平和の祭典の開催には、安定した国際秩序と安全保障環境が前提となります。今年は台湾総統選挙、アメリカ大統領選挙をはじめ主要国で政治が大きく動くことが予想されます。 
 香港の抗議活動は区議会選挙での民主派圧勝と米国の香港人権法の成立に勢いを得て拡大する傾向にあり、中国の対応が懸念されます。桜の咲く頃には習近平主席の国賓としての来日が予定されており、日米同盟強化との両立に、安倍総理は難しい舵取りを迫られるかもしれません。
 日本を取り巻く安全保障環境は、北朝鮮の非核化が停滞する一方、米韓同盟が動揺する朝鮮半島、混迷する米国の外交政策に乗じ連携して軍事プレゼンスを顕示する中ロなど、本年も厳しい状況が続きます。このような時こそ、どっしりと腰を落ち着けて国家防衛の原点に戻り、憲法や自衛隊そして日米同盟のあり方を考える必要があると思います。

 

 56年前の1964年、前回の東京オリンピックの開会式で、航空自衛隊のブルーインパルスは青空に見事な五輪の“和”を描きました。諸先輩のご貢献に思いを致し、また現役諸官の一層の活躍を期待し、日の丸に彩られた平和の祭典をボストンから応援できることを初夢にしたいと思います。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

ボストンだより(その1:令和元年10月10日号)

この記事は、F3プロジェクト・メンバーである尾上定正が、ハーバード大学アジアセンターのシニアフェローであった当時に「つばさだより」に連載していた記事を転載したものです。この「ボストンだより」は、番外編を含め計8篇です。月1~2編を掲載する予定です。

 読者の皆様、ボストンからご挨拶申し上げます。

 7月からハーバード大学アジアセンターのフェローに着任しました。還暦を過ぎてからまた米国で生活するとは思っていませんでしたが、貴重な機会を与えて頂いたことに感謝しています。

 私が前任者の磯部元陸将から引き継いだこのポストは、秋山元防衛事務次官がエズラ・ボーゲル、ジョセフ・ナイ教授の協力を得て設立、平成11年から13年まで自ら就任された後、陸海空の退職将官に引き継がれているものです。

 航空自衛隊OBでは永岩元航空支援集団司令官(平成19年~21年)、小野田元航空教育集団司令官(平成25年~27年)のお二方が就任されました。

 私にとっては、平成8年から2年間ケネディ大学院修士課程で学んで以来、2度目のボストン(正確にはケンブリッジ)になります。当時からボーゲル教授は「Japan as Number One」の著者として有名であり、ハーバード大学の日米プログラムの顧問としてもご活躍、私も色々とご指導いただきました。

 ボストンに到着したことを連絡すると、直ぐにランチのお誘いを頂き、7月18日(木)にハーバードの教職員クラブでご一緒しました。


 一週間前に90歳になられたばかりとはとても思えない食欲と好奇心で、早速質問攻めにされましたが、関心の中心はご専門の中国についてでした。近著の「China and Japan: Facing History」は500頁を超える大作で、和訳も7月30日に発売されていますが、中国語の訳本については当局の検閲中とのことでした。


 また現在は、来年11月に選ばれる新大統領(民主党の勝利を前提)に用意するための対中政策について、グレアム・アリソン教授と共同作業を進めているとの由。アリソン教授は安全保障研究の古典的名著「Essence of Decision: Explaining the Cuban Missile Crisis (1971)」の著者にして、御年79歳の現役教授です。二人合わせて169歳の知性が新大統領のために対中政策を一年以上かけて準備するということに、米国の奥行きの深さとバイタリティを痛感した次第です。


 因みにボーゲル教授は、現時点でまだ20人を超える民主党候補の党代表にはバイデン前副大統領が選出され、ハリス候補(カリフォルニア州選出上院議員、女性、非白人)もしくはウォーレン候補(マサチューセッツ州選出上院議員、女性、元ハーバード・ロースクール教授)を副大統領に指名することで、反トランプ票+女性票+マイノリティ票を期待できるとの見立てでした。大統領選挙はまだ1年以上先の長丁場ですが、早くもヒートアップしている状況です。

 

 一方のトランプ大統領は、大阪G-20サミット後の会見で、「日本が攻撃されたら我々は日本を守るために戦うが、アメリカが攻撃されても彼らは守らない。これ(日米同盟)は不公平だ。」と発言し、大きな衝撃を与えました。

 それに先立つ6月26日のFox Business’ Morningsのテレビ・インタビューでも、“If Japan is attacked, we will fight World War III. We will go in and we will protect them and we will fight with our lives and with our treasure. We will fight at all costs, right? But if we're attacked, Japan doesn't have to help us at all. They can watch it on a Sony television, the attack.” と発言し、「Sonyのテレビでアメリカが攻撃されるのを傍観する」というフレーズが米国の安保関係者(Japan Handlersと言われる知日派)の間で話題になっています。折しもイランとの緊張が高まるペルシャ湾でのタンカー護衛のための有志連合への参加を求められ、踏み絵を迫られているとの見方もあります。

 個人的には、米国大統領が「日本が攻撃されたら我々の命と財産をかけて、あらゆるコストを払ってでも第3次世界大戦を戦い、彼ら(日本)を守る」とテレビ放送で明言してくれたことに感銘を受けます。


 そのように有難く頼もしい唯一の同盟国が攻撃を受けた時に、Sony製はもう製造されていませんが、韓国製のテレビであっても日本がただ傍観することはあり得ないと私は思います。


 トランプ発言を巡っては様々な解釈があるようですが、日米同盟の本質の一面をついていることは確かです。日本は、この重大な問いかけに対して、小手先の対応(米軍駐留経費負担の増額や貿易交渉における譲歩等)ではなく、国家の生存と繁栄に係る戦略の問題として取り組む必要があると考えます。


 米国の同盟関係は日米のみならず、NATOや米韓同盟にも大きな変化が起きています。このような時こそ、19世紀の英国首相パーマストン卿が述べた「英国は永遠の友人も持たないし、永遠の敵も持たない。英国が持つのは永遠の国益である」という箴言に思いを致し、日本が持つべきものは何か、考えることが必要だと思います。

 

 2年間のボストン滞在期間中、このような現地報告を行っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

「「専守防衛」の呪縛と誘惑」(令和4年6月:荒木淳一)

この記事は、公益法人隊友会の新聞「隊友」6月号の「発煙筒」欄に投稿した記事を転載したものです。
 

 我が国の基本的防衛政策の一つが「専守防衛」である。しかし、いったいどれくらいの国民がこの政策の意味と実態を理解できているのであろうか。 
 「敵から攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛の最小限にとどめ、また保持する防衛力も必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう」と防衛白書にある。
 ロシアによる国際法を無視した軍事的侵略によって民間人を含む多数の犠牲者を出し、国民の約1/4が難民として国外避難を余儀なくされ、必死の抵抗を続けるものの何時終わるか分からない戦いに巻き込まれたウクライナの現状は、「専守防衛」の顛末を暗示している。

 「専守防衛」は、わが国が保有する防衛力が憲法違反でないことを説明するための防衛庁長官の国会答弁が起源であり、憲法9条の解釈と表裏一体となっている。当時、日本が再び軍事大国化することを懸念する声は国の内外を問わず強く、宣言政策として一定の意味もあった。
 政策の実行に当たって防衛力の整備や運用に厳しい縛りを自らに課し、軍事的合理性や我が国防衛の為の実効性は度外視され、防衛力の保有そのものが優先された。米国製戦闘機は空中受油装置をわざわざ取り外して導入され、国産輸送機の航続距離は敢えて短く設計され、地対艦ミサイルの射程も相手国に届かないよう制限されてきた。
 その後、時代の変化と国民の自衛隊に対する理解と信頼の拡がりを背景に、しかし膨大な時間と政治的労力を費やして、この呪縛ともいえる自己抑制の範囲は徐々に拡大されて現在に至っている。しかし、依然としてその解釈の幅は広く曖昧である。


 年末の戦略3文書の見直しに向けて出された自民党の提言には、「専守防衛を堅持したうえで反撃能力を保有する」と書かれている。言葉遊びで堂々巡りする「敵基地攻撃能力」議論に終止符を打ち、速やかにその能力の獲得に向けて取り組まなければならないとの危機感は理解できる。
 しかし、「名を捨てて実を取る」との美名の下、「専守防衛」で本当に国民の生命財産を守れるのかという厳しくかつ本質的な議論を避ける甘い誘惑に政治が捉われていないか、見極める必要がある。「専守防衛」を見直さずに、何故「反撃力」が保有できるかを理解できる国民は決して多くない。
 「専守防衛」にかかる本質的な議論は、確かによりハードルの高い憲法9条見直しの議論を惹起するが、我が国の安全保障を全うするという政治家の強い信念と覚悟を測るリトマス試験紙となる。年末に向けた政治の議論に注目し、我々の投票行動に繋げなければならない。

組織の明るい展望に不可欠な要件(平成30年3月:福江広明)

この記事は、航空自衛隊連合幹部会機関誌「翼」No.114に寄稿した記事に加筆したものです。

1 再就職にあたっての最大関心事

   平成28年12月22日、36年にわたり奉職した航空自衛隊(以下「空自」)を定年退職。最終補職の航空総隊司令官職を離任するまで、組織力の結集による任務の完遂に専念する日々だった。

  
  異動の都度、補職に応じた隊務運営の指導方針を掲げ、所属隊員に対して明るく厳しく、爽やかな気風を維持しつつ、同僚を思いやる心を持つ碧き大空の武士(もののふ)であることを要望したつもりである。

  
  退職後、生活環境が一変した影響からか寂寥感に苛まれる。部隊指揮官としての責務から遠ざかることによって生じた心境に思えた。

  
  一方、基地内での居住義務、24時間の指揮連絡体制等からの開放感とそれによる安堵感は素直に嬉しかった。

  
  再就職という新たな勤務環境が気になる時期を迎えると、こうした感傷は何処へやら。履歴書を作成する傍ら、再就職活動の第一歩として取った行動は、会社のウェブサイトにアクセスして、最大の関心事である当該社の企業理念と目指すべき企業の姿(ビジョン)の確認だった。

  
  組織運営上の理念及びビジョン等といった事柄に強い関心を抱くようになったのは、現役時代に、ある業務を担任したのがきっかけであった。


2「長期見積り」からの学び

   平成13年8月、航空幕僚監部防衛課・研究班(同班は平成15年3月改編、廃止され現在に至る)の班長として着任。その直後から班員及び幹部学校に臨時編成された編纂チームと共に、防衛諸計画の一つである、概ね15年先を見通した長期見積りの作成に着手した。ただし、当該業務自体は前任者からの引き継ぎであり、既に1年余りを経過した時点からの業務従事となった。

  
  長期見積りは定期的に策定されていたものの、前例踏襲や実績重視が当たり前の予算制度の中にあって、その意義や有用性が十分に理解されにくい状況であった。

  
  しかし、そのような背景があったからこそ、少しでも組織に寄与する見積りとするため、空自創設以来、初めとなる組織理念、ビジョン等を明記することとした。将来における国家防衛の在り方及び各種航空作戦の様相を展望するにあたり、シナリオ・プランニング方式を導入する等、画期的な取り組みがなされた。

  
  特に、ビジョンについては、15年から20年先の将来を見据えて作成し、空自の長期航空防衛力運用及び整備の各構想案出に役立てることを目指した。

  
  策定から約15年を経過した現在、当時描いたビジョンの詳細を知る一人として、現実世界と比較してみて、いかに将来予測に長けていたか、あらためて作業に関わったチーム員を称賛したい。

  
  統合運用体制が整備され、自衛隊が様々な実績を上げていく中、防衛諸計画制度は逐次見直されるはずである。いずれは統合長期防衛戦略に一本化され、それまで各幕で作成していた長期見積り等は廃止されることになるだろう。もう既に制度変更が行われたかもしれない。

  
  この長期見積り作業以来、私は異動の度に配属先の部隊において、「○○部隊の将来展望」と称する文書を作製することを自らに課すとともに、部隊及び隊員教育の機会を活用して、今回のテーマである「理念」「ビジョン」並びに、組織の展望に不可欠な要件の三番目に上げる「現場力」を、自分の言葉で部下隊員に語ることに努めた。

  
  ここにあらためて整理した内容が、職責や階級を問わず多くの現役諸官にとって指揮統率上の参考になれば幸いである。

 

3 理念は、不変の価値観

   ここからは、組織の展望に不可欠な三つの要件について、空自組織に照らし合わせて、定義や具体的事項を説明してみたい。初めて取り組んだ組織理念の明示にあたって、次のように定義付けた。

  
  「空自の将来像を明らかにする上で最も重要となる基本理念であり、空自が未来にわたり存続、発展するとともに、その使命を全うし、国民の負託に応えるための根本となる価値観であり、不可欠かつ不変なもの。また、これは将来においてだけでなく、今日においても隊務運営の指針として、隊員があまねく銘記すべき共通の価値観」

  
  この定義を踏まえ、幾多の検討を経て、概ね次のような主旨の項目にまとめられたと記憶している。

 
 1 国家の主権保持及び国民の安全確保

 2 航空宇宙領域における迅速・的確な活動

 3 精強な組織の追求

 4 最先端技術と最適なドクトリンによる優位性の確保

  
  これら4項目については、現在でも共感が得られる内容ではないだろうか。しかし、不変とは言え、今後国内外の安全保障環境が変化していく中で、見直されなければならないものでもあろう。

  例えば、昨今取り沙汰されているサイバー、電子戦といった新たな領域が主戦の場として重要視されていることから、空自も同領域における戦力の優勢確保のために関与していくことは必然である。

 
  組織理念は、何より分かりやすく、人を鼓舞し、組織構成員の健全な一体感を生み出す根源でなければならない。この際、指揮官自らが率先して理念の浸透を目的とした熱意ある発言、行動を繰り返すことが重要なのである。

 

4 ビジョンは、あらまほしき姿なり

   次に取り組んだ新たな試みが、ビジョンの明示であり、「組織が目標として近未来に到達しようとする将来像」と定義した。

  また、ビジョン作成にあたっては、次のような考え方を基本とした。

 
  「将来にわたり、脅威及び事態に対応するため、常に航空防衛力の質的向上と必要な機能、能力の改善及び強化を図ることは、空自にとっての使命。国内外の安全保障環境の変化、これに伴い、見直される防衛力の役割等を中長期的観点から、分析及び検討することが必要。これを踏まえ、組織理念を中核とする明確なビジョンの下、各種事態にも対処しうる均整のとれた航空防衛力の整備を行うとともに、適切な運用を図ることが肝要」

  
  この基本的考え方に基づき、最終的に空自のビジョンを次の4つの項目に総括した。


 1 情報収集等、各種能力をネットワーク化した航空防衛力をもって、一元的指揮統制を行い、不断の警戒に任じ、事態の発生を抑止しつつ、これに備えること。

 2 航空輸送をはじめとする国際貢献に資する能力等をもって、平素より国際社会からの要請に応え、国際的責務を果たすこと。

 3 士気と練度の高い精鋭なる隊員をもって、精強な組織を維持するため、優れた人材を計画的な教育訓練の実施により養成すること。

 4 組織の行動規範となるドクトリンを策定し体系化を図り、隊務運営の方向性を統一し、常に組織の精強化を追求すること。

 
  これらビジョンが今日ほぼ現実のものとなりつつあることについては、現役の諸官に納得してもらえるはずである。 

  1は、JADGE(自動警戒管制システム)を優先整備することでほぼ期待どおりの機能を発揮するとともに、データリンクによるアセット間の連接を図り、さらなる進化を遂げようとしていること。
  2は、C‐2大型輸送機運用開始を予期する内容であり、確実に実績を上げつつあること。
  3及び4項に至っては、教育重視を掲げ、航空教育集団、幹部学校が主体となりドクトリン等を策定するとともに、教育改革に繋がる結果を出すところまできたこと。

  
  これらすべてのビジョンが実現に向かったのは、各種計画を着実に実行してきただけではなく、空自が一体となって理想の姿を追求する気概を持ち続けたからである。

 

5 現場こそ、機能発揮の担い手 

   「現場」とは、自衛隊という組織に照らしてみると、各種訓練・演習を中心に隊務が営まれている場所であり、任務を遂行する先端の部隊そのものであると言えよう。

  
  そもそも現場力という言葉自体は、従前から一般社会に浸透していたが、東日本大震災以降、被災地の復旧・復興を支える言葉としてあらためて各種メディアで取り上げられたこともあり、注目されるようになったと思われる。

  
  ある航空幕僚長は、常日頃から隊員の勤務状況、部隊の諸活動等、隊務運営に関心が高く、機会あるごとに現場力、現場感という言葉を多用されていた。この用語に対する私自身の解釈は、「任務遂行上の原動力」であった。

  
  また、私が空幕副長職にあった当時、偵察航空隊の隊員が空幕会議室において空幕長に対し、QCサークル活動の成果を発表する機会があった。その内容はもちろんのこと、プレゼンを行った空曹のきびきびとした態度、溌剌とした声量等に、現場力を見せつけられた感を受けたのは、私だけではなかったろう。

  
  空幕の配置において、行政、事業管理、予算等にかかわる業務に没頭していると、部隊の精強化、隊務運営の健全化といった本来目的を見失いがちである。勤務年数や業務の違いこそあれ、現場力の向上・強化に一人ひとりが熱意をもって継続的に取り組むことこそが、極めて大事だと考えさせられたことを思い出す。

 

6 企業においても重要な三要件

   こうした空自における経験から、冒頭述べたように、再就職先の企業理念及びビジョンが気になったわけである。

  会社員となって一年足らず。「三つの要件」の重要性は、当然のことながら企業経営の場でも変わらぬもの。私が勤務する三菱電機株式会社を例にとって紹介する。

  
  まず企業理念は、次のとおり。「三菱電機グループは、技術、サービス、創造力の向上を図り、活力とゆとりある社会の実現に貢献する」とある。

  
  不変の価値観を全社員に示すだけではなく、各社員が自らを律して能動的に実行に移すべき指針を①信頼②品質③技術④貢献⑤遵法⑥環境⑦発展といた「7つの行動指針」として定めている。この指針では、社員が社会貢献にあたり注力すべき要点を明確にするだけでなく、それぞれの方向性も併せて示している点が特徴である。

 
  ビジョンについては、企業理念の下、環境、資源、エネルギーといった今日的な社会課題の解決にあたって、企業として取り組む方向性を表している。その上で、目指すべき姿として、2020年までに達成すべき成長目標を定量的に示すとともに、豊かな社会の実現への貢献を掲げている。

  
  また、ビジョンの各要素の関連性や流れを一表にして分かりやすく表現している。特に、経営目標・指標を具体的な数字を用いて明らかにすることは、組織の永続性や発展性を確保する上で極めて重要であり、任務遂行型の空自とは異なる点でもあるようだ。

  現場力の把握にあたっては、機会あるごとに、主に鎌倉及び尼崎に展開する関係製作所を見学することとしている。

  
  今後とも、現地で活動する技師との間で、ビジョン実現の視点から意見交換を重ね、各種事業への具体的取り組み姿勢、意欲そして現場が持つ実力を大いに実感していきたい。

 

7 結びにあたり

   強い組織の基本は、ビジョンを共有することと言われて久しい。

  
  ただし、ビジョンは国家や組織に対してのみ有益であるとはかぎらない。ビジョンの有無は、個々人の人生に大きな違いが生ずるのではないだろうか。

  
  また、多くの人は無意識に自らのビジョンを描き、その実現に努力し続けているのではないだろうか。

  
  うした中にあって、個人のビジョンを自覚し、日常において積極的に具体的行動に移すことができる人が、充実した悔いなき人生を営み続けるのだと考える。

  
  では、私自身はどうであったかというと、個人的な夢や希望は多分にあったものの、あらまほしき姿など考えたこともない、と思っていた。

  
  ところが、今回草稿する中で、知らず知らずのうちに、眼にしていたビジョンが存在していたことに気付いた。

  自宅の小さな書斎の壁に、次の言葉が印刷された縦10㌢、横15㌢のプレートが掛かっている。

  
  『人は歳月を重ねたから老いるのではない。理想を失うときに老いるのである。人はその信念に比例して若くあり。疑いに比例して老いる。自信や希望に比例して若くあり。恐れや絶望に比例して老いる。

  サミエル・ウルマン(1840~1924)著「80才の才月の高みにて」より抜粋』

  
  これは、任官して初任地が習志野分屯基地であったことから、陸自習志野修親会の一員として加入した、いわば証明として授与されたものである。

  サミエル・ウルマンが描く人としての理想像であり、あるべき姿である。

  
  私は、36年の長きにわたり、あらまほしき姿が間近に存在していたにもかかわらず、残念なことに終ぞ自覚することはなかった。

  還暦を迎えた今年からは、この言葉を強く意識した上で、会社のビジョンに従い社会貢献を果たしつつ、自らのビジョンを実現して人生の高みへと歩みを進めていきたい。

「平和の尊さに『発想を飛ばす』為には」(令和2年11月:荒木淳一)

この記事は、公益法人隊友会の新聞「隊友」11月号の「発煙筒」欄に投稿した記事を転載したものです。

コロナの影響で、在宅勤務を含めて家で過ごす時間が増えている。ソーシャル・ディスタンスの確保や多人数での懇親会を控えること等、感染拡大防止の為に必要だと理解していても、人間にとって最も大事な人と人との直接的な関わりが減っていることの影響が懸念される。人との繋がりや絆、友情や愛情などの実感を求める欲求が強くなっているのか、余り興味のなかったTVの連続ドラマやバラエティ番組を観ることが多くなった。楽しみにしているのは、芸能人の様々な分野での才能を専門家が評価する番組で、特に俳句の部門は「先生」の的確かつ軽妙なコメントが秀逸であり実に面白い。見た目や芸風からは想像もできない意外な才能を発揮する様子を見る楽しさと俳句の奥深さや難しさ、その楽しさを実感できることが番組の魅力であろう。何処にでもある日常の一場面を切り取った写真から、「発想を飛ばす」ことにより、オリジナリティや実体験を的確に映像として表現している句が高く評価される。「発想を飛ばす」ためには、センスだけではなく、知識や経験に基づく深い思索や想像力、発想力が重要な鍵となる。さて、今般のコロナ感染症の拡大により、我々の日常生活は大きく変わった。何気ない日常や当たり前と思っていたことが制限されることにより、改めてその大切さに気付き、普通でいられることに感謝し、支える人達に感謝の念を抱く。自衛隊の仕事は大規模災害への対応や紛争の抑止など、所謂「非日常」な事態に備え、対処することであり、その活動は通常時であればなかなか国民の目に触れることは無い。自衛隊が目立たない方が良いと言われる所以でもある。しかし、人々の何気ない日常の前提となる平和は、防衛のみならず、外交、政治、経済などのあらゆる分野での目立たない活動や努力の積み重ねで初めて得られるものであり、何もせずに与えられるものではない。コロナ下で何気ない日常の有難さや支える人達に「発想を飛ばせる」人が、平和の尊さやそれを支えるために活動する人たちに「発想が飛ばす」コメントが余り聞かれないのはどうしてだろうか。「水と平和はただ」と考える人達は自らの命が危険に晒されたり、渇水の経験をしてないからかもしれない。国民の誰もが平和に直結する経験をすることは不可能であるから、せめて戦争や軍事、安全保障や国防に関する基礎的な知識を持たなければ、「発想を飛ばし」何気ない日常と平和の尊さに気付き、それを支える人達に対する感謝の念も湧かないのかもしれない。改めて安全保障や国防にかかわる国民教育の充実・強化が求められる。

航空自衛隊発足の歩み(その1)

この記事は、公益法人自衛隊家族会の防衛情報紙「おやばと」4月号のシリーズ特集記事「自衛隊発足の歩み」に投稿した記事を転載したものです。


1 日本における航空戦力の発展の経緯(第二次大戦終了まで)


 1954年7月1日、陸・海自衛隊とともに独立した組織として航空自衛隊が創設されました。定員6738人、練習機148機という陣容での船出でした。

 当時の関係者は独立空軍を建設するという夢に燃えていましたが、旧軍の遺産を引き継ぎ、警察予備隊、保安庁を経て新設された陸・海自衛隊と較べるとまさに「ゼロからのスタート」でした。さらに、敗戦後の9年間、民間航空の活動も停止させられた空白期間が存在し、民間航空を含めてジェット機の時代が到来していました。航空技術の進展に追随しなければならず、加えて操縦者や整備員等の専門技術者の養成と部隊建設を同時並行で進める必要があり、大変厳しい船出であったと言えます。

 これから航空自衛隊の創設時の話に移る前に、わが国における航空戦力発展の経緯を簡単に紹介したいと思います。二度の世界大戦を経て敗戦に至る経緯の中で、航空戦力の特性をどのように理解し、どう軍事に活用しようとしたか、なぜ独立空軍が誕生しなかったか等を理解することで、航空自衛隊創設時の苦労などがより理解していただけるものと考えます。

(1)日本における航空戦力の誕生と発展(萌芽期)

 わが国における航空への取り組みは、1877年の西南の役で気球を試作したことが嚆矢(こうし)であるとされています(柳澤潤氏、防衛研究所研究員)。

 1903年にライト兄弟(米)が世界初の有人固定翼動力機による初飛行を成し遂げましたが、わが国においても「玉虫型飛行器」という固定翼機の模型を作成し有人動力飛行を目指した二宮忠八という研究者がいました。残念ながら資金面の問題や軍部の支援を得られなかったことから、ライト兄弟に先を越され、研究を諦めました。

 しかし、近年になってその先見性と独創性から「日本の航空機の父」と評価されるようになりました。二宮はその後、航空事故による犠牲者が年々増加することに心を痛め、私財をなげうって事故犠牲者の供養のために京都府八幡市に「飛行神社」を創建し、自ら宮司として慰霊に務めました。

 この飛行神社は、航空関連の唯一の招魂社として今でも多くの航空・宇宙関係者が安全祈願や例大祭に訪れています。また、航空自衛隊の飛行部隊関係者も大変お世話になっている神社です。

(2)独仏からの航空技術導入と陸・海航空部隊の発達(黎明期)

 ライト兄弟の初飛行以降、わが国における航空への関心はどんどん高まりました。欧米に要員を派遣するとともに機体を輸入し、逐次国内生産や自主開発を進めるなどかなり積極的に取り組みました。1910年には、陸軍軍人の徳川好敏大尉と日野熊蔵大尉がヨーロッパに派遣され、航空機の操縦技術を学んで帰国しました。その際輸入した機体(仏アンリ・ファルマン機、独ハンス・グラーデ機)によって、日本で最初の有人固定翼動力機による飛行に成功しました。これを記念・顕彰する「日本航空発始ノ碑」が両大尉の銅像とともに当時の代々木練兵場であった現在の代々木公園に残されています。

 この後、第一次世界大戦の主戦場であった欧州において、エア・パワーの用法と技術が急激に進歩するとともに航空産業が大きく発展しました。中国大陸における限定的な作戦しか経験できなかった日本は、航空に関する欧米の進展に追随できず、大きく水をあけられてしまいました。このため、第一次大戦終了後から、より積極的に欧米から軍人および技術者を招き、懸命にエア・パワーの運用法や航空技術の修得に務めました。

 陸軍は19年にフォール大佐を団長とする仏国航空団を、海軍は21年にセンビル退役大佐を長とする英国飛行団を招き、それぞれ欧州の最新鋭の航空技術等を学びました。

特に陸軍は、井上幾太郎航空本部長の強い指導の下、仏国航空団のみならず21年に来日したジョノー仏陸軍少佐からも航空戦術に関する指導を受け、欧米諸国からの遅れを取り戻すべく努力を傾注しました。

 当時の積極的な取り組みが、陸・海軍内で航空部隊が発展する大きな原動力になりました。

 

(3)空軍独立を巡る最初の陸・海軍の議論とその結末(発展前期)

 第一次大戦後、欧州戦線における航空戦での教訓を学び、わが国においても航空戦力をいかに組織するべきかについて検討するため、陸軍の発議で「陸・海航空協定委員会」が1920年に設置されました。陸・海軍が初めて合同で公式に空軍問題について検討する機会となりました。誕生して間もない航空戦力の重要性と革新性が認識されていたはずですが、半年余りの検討の結論は「陸・海軍に航空部隊を分属させ現状を維持する」というものでした。

 この当時、航空に対する組織的な取り組みは相対的に陸軍が先行していました。19年には航空に関する軍政と教育を統括する「航空部」が創設され、25年には「航空本部」へと発展的に改編されました。

 海軍においても米国における廃棄戦艦の爆撃実験が成功した情報を得て、自らも廃棄戦艦に対する航空機による爆撃実験を試みるなど、海軍内の航空関係者の士気は高揚しており、海軍内での航空に対する認識も高まっていました。しかし、対空砲を持ち機動する戦艦を沈没させることは容易ではないことから、戦艦が海上武力の根幹であるとの「艦艇主兵論」が海軍内の主流の意見である状況は変わりませんでした。

 当時、陸・海軍の航空関係者の中には、欧州戦線での教訓や航空戦力の本質、進展性を踏まえて、独立空軍の建設を主張する意見もありましたが、陸・海軍の主流意見ではありませんでした。このため、陸・海軍が初めて合同で行った空軍問題に関する検討においても、運用・教育上の理由から海軍は反対し、陸軍内部も分離独立させる意志が主流とはなり得ず、空軍独立には至らなかったとされています。当時の日本が置かれた地政学的な位置づけ(欧州に比べるとエア・パワーを有する脅威となる国が周辺に不在)と航空機の能力的な限界から、戦術的な考察が主体であり、航空戦力の戦略的な運用に関する議論が低調であったことも理由の一つとして指摘されています(柳澤潤氏)。

 他方で、陸・海軍ともに砲弾のように工廠に頼ることなく民間航空産業に航空機の生産を依存していたことから、民間航空の育成に力を注いでいました。その結果として、20年代前後に、日本の主要航空機を生産することになる中島、川崎、三菱、愛知、川西、立川などの航空会社が誕生し、その後の航空技術力の発展に大いに寄与しました。

 (4)諸外国における空軍独立の動きと国内議論の顛末(発展後期)

 第二次大戦に至る趨勢はジュリオ・ドゥーエ(伊)、ウィリアム・ミッチェル(米)をはじめとするエア・パワーの思想家たちが大いに活躍していました。独立した空軍による一元的な作戦(戦略爆撃)が戦勝を導きうると主張し、政治のみならず国民を巻き込んで活発な議論となっていました。その結果、1930年代半ばまでに英国に続き伊、ソ連、仏、独と欧米列強が独立空軍を持つようになりました。このような情勢に触発されるとともに航空技術の発展も相まって、再び陸・海軍内において航空戦力を独立空軍的に運用する考え方(陸「航空撃滅戦」、海「戦略爆撃」「航空主兵、戦艦廃止論」)が台頭してきました。

 そこで陸軍航空関係者から再び、空軍独立に関する検討の呼びかけがありましたが、海軍の反対によって検討委員会の立ち上げすら実現しませんでした。海軍の反対理由の一つは、統一・独立した空軍になると政治力の強い陸軍の支配下に入れられ、海軍の作戦に役立たなくなること、優れている海軍航空が遅れている陸軍航空に引っ張られレベルが下がることなどであったとされています(柳澤潤氏)。

 この戦間期は、第一次大戦後、最初に空軍問題検討がなされた頃に比べて航空技術の進歩もあり、陸・海軍の補助的兵科から独立した用法への展望が開けたものの、特に保守的傾向が強かった旧軍内では、兵科間の勢力争いも繰り広げられており、陸・海軍内において用兵思想の主流には成り得ませんでした。戦略的にも、陸軍は最大の陸軍国であるソ連を、海軍は最大の海軍国である米国を仮想敵国とするなど国家戦略の調整すらできなかった国防方針の下では、航空戦力を独立させることは不可能であったといえるでしょう。   (以下次号)

  (自衛隊家族会運営委員 荒木 淳一)


 

航空自衛隊発足の歩み(その2)

この記事は、公益法人自衛隊家族会の防衛情報紙「おやばと」5月号のシリーズ特集記事「自衛隊発足の歩み」に投稿した記事を転載したものです。

2 空軍建設構想と航空自衛隊創設の胎動

 1945年の敗戦後、一旦解体されたわが国の軍備が、冷戦環境の激化、朝鮮戦争の勃発等を受けて、警察予備隊、保安庁を経て陸海自衛隊創設に至る経緯については、これまでの記事をご確認ください。

 ここでは、旧陸・海軍軍人の空軍研究の概要と陸海軍合同の意見書を出すに至る経緯を簡単に振り返ります。また、47年に独立したばかりの米空軍が航空自衛隊の創設に深く関与し、大きな役割を果たした経緯にも触れたいと思います。

(1)旧陸・海軍軍人の空軍研究とその帰結

 ア 旧陸軍航空関係者の研究概要

 多くの国民が軍に対する嫌悪感を拭い去れない中にあっても「航空で負けては話にならない」と身に染みて感じていた航空関係者は、旧軍人のみならず民間団体も含めて独立空軍の創設に関する研究を行っていたようです。

 1950年の初め、旧陸軍の航空関係者6人を主体とした有志が「日本空軍創設研究」を始めました。いずれも旧陸軍航空出身者で、三好康之(陸士31期、元少将)、原田貞徳(同)、谷川一男(同33期、同)、秋山紋次郎(同37期、元大佐)、浦茂(同44期、後の航空幕僚長)、田中耕司(同45期、同)のメンバーでした。

 彼らの基本的な考え方は、旧軍のように陸海軍に従属する航空ではなく、独立軍種としての空軍が独立国には必要であるというものでした。また、当時の経済や産業、技術の実情を踏まえ、実現可能な構想を立案しようと考えていました。防空主体の独立空軍の建設を念頭に、まずは東京要域を、次に日本全域の防空を自ら担えるよう二段階で空軍を整備するという考え方でした。先の大戦で本土防空を担った旧陸軍航空関係者が準備を進め、構想実現の段階で旧陸海軍双方から人材を集める考え方でした(「航空自衛隊創設期の旧軍航空関係者の役割と米空軍の関与について」中島信吾氏、西田裕史氏著)。

 彼らは、旧海軍関係者との間で意思疎通を図っていたものの、独自の検討を進めていました。「空軍兵備要綱」と名付けた研究案と「航空戦力創設に関する意見書」を作成した際、改めて海軍と調整する必要があることを認め、陸軍案単独で意見書を提出することを断念し、海軍関係者との調整を開始しました。一方で、52年6月、辰巳栄一元陸軍中将が吉田総理に口頭で内容を報告するとともに同年7月、ワイランド米極東空軍司令官にも6人の連署による「日本空軍創設に関する意見書」を提出しています。調整が難航して空軍建設の意見提出が遅れることを懸念しての動きであったと思われます。

イ 旧海軍航空関係者の研究概要

 一方、旧海軍関係者の航空再軍備研究は、米国から貸与される艦艇の受け入れと運用のための組織を検討するY委員会の検討を引き継いだものでした。旧海軍関係者の航空再軍備研究に関する証言や資料は旧陸軍関係者のものに比べて少ないものの、主要メンバーは愛甲文雄(海兵41期)、池上二男(同)、奥宮正武(同58期)、その上に福留繁(同40期)、保科善次郎(同41期)が航空技術懇談会において航空再軍備研究を行っていたとされます。

 彼らの基本的な考え方は、先の大戦において陸軍航空が海軍航空に比べ島嶼・海洋での作戦能力が著しく劣っていたことから、旧海軍航空と似たものでなければならないというものでした。つまり、旧海軍関係者の航空再軍備研究の目的は、水上艦艇部隊と一体的に行動できる航空防衛力の創設であり、海空一体の航空再軍備を目指したものでした。事実、1952年1月に、旧海軍関係者から米極東海軍司令部に提出された「新空海軍建設計画」は、海軍の中に航空部隊を建設するというものでした。

ウ 吉田首相へ合同意見書「航空自衛力建設促進に関する意見書」の提出


 前述のように、旧陸・海軍航空関係者の空軍再編に関する研究内容は本質的に相容れないものであったにもかかわらず、1952年11月に「航空防衛力建設促進に関する意見書」およびその具体策である「空軍建設要綱」が吉田総理に旧陸・海軍合同で提出されました。旧陸軍案が口頭報告されてからわずか3カ月弱で陸海軍関係者が連署した合同意見としてまとまった最大の要因は、陸・海軍の再軍備、すなわち陸・海自衛隊の創設が先行する中にあって、航空自衛隊の創設が取り残されることに対する焦燥感であったと指摘されています。関係者の話を総合すると、陸が海を説得し、同じ航空関係者という立場から、早に第三幕僚監部(航空幕僚監部)をつくるべきとの意見書を連名で出そうということになったそうです。

 大戦中のわだかまりは捨て、まずは防空主体の航空防衛力を建設し、規模が拡大した時点で海洋作戦も視野に入れた航空防衛力を育成することとし、まずは「空軍の芽を吹かせよう」と説得された海軍航空関係者が陸軍案を基礎に起案したものと考えられています。空軍建設の願いが長年の陸・海軍の確執を乗り越えさせたと考えられます(中島・西田氏の前著より)。

 合同で提出された「空軍建設要綱」では、独立空軍の創設を2期6年の二段階で整備する計画で、第2期完成時には航空機数は約3千機以上(軽爆撃機108機を含む)が計上され、隊員数3万5千人という壮大な構想でした。中島・西田氏の研究によると、先ほど述べた旧陸海軍関係者の航空再軍備研究の内容が後の自衛隊創設に係る検討を行った制度準備室に引き継がれた形跡はなく、空自創設に直接的に結びついたわけではないとされています。しかし、少なくとも総理や米軍高官に旧軍の航空関係者の意見が届けられたことによって、この後述べる米国・米空軍の関与を受け入れる国内的な素地をつくったとも考えられます。

(2)米空軍の関与と空自創設に果たした役割


 中島・西田氏の研究によると航空自衛隊創設の直接的契機は、1952年の夏から秋にかけて多発したソ連の領空侵犯事案であり、共産圏からの経空脅威に対する認識が日米双方で高まったことであると指摘されています。当時、米極東空軍隷下の第5空軍は朝鮮半島における航空作戦に専念しており、日本の防衛を主任務とする日本防衛空軍(Japan Air Defense Force・JADF)が日本周辺の警戒監視や領空侵犯に対する措置を担っていました。ソ連からの経空脅威に対する認識が米国内でも高まり、日本に適切な空軍力を発足させるよう支援することが米政府内で決定され、全面的に後押ししていくこととなりました。これ以降、60年に全国24カ所のレーダーサイトの業務移管を完了し、対領空侵犯措置のための警戒待機を全国で実施するようになるまで、米空軍は物心両面において空自を支援しその発展を全面的に支えました。

ア 航空自衛隊創設への支援と具体的な活動

 1953年8月に米極東空軍司令官ワイランド大将から「独立空軍の建設に支援を惜しまない」旨の書簡が日本政府に届けられました。その後、直ちにルペリー大佐を指揮官、ブラウン少佐を訓練官とする在日航空顧問団が発足しました。

 これ以降、航空顧問団は保安庁制度調査委員会からの近代空軍建設に関わるあらゆる質問に対応するとともに同委員会の作業を全面的に支援しました。さらに米本土の教育コマンドから教育訓練の専門家であるアービング大佐が来日し、後の空自建設計画の骨子(方針、整備目標、施設整備、後方補給、教育訓練)を示す「ブラウン・ブック」を提示しました。制度調査委員会はこの内容を受けて、空自建設を初めて盛り込んだ「第7次案」を概成することとなりました。在日航空顧問団はさらに制度調査委員会別室(空自担当)の協力を得て後の空自建設における飛行訓練・技術訓練計画「ピンク・ブック(表紙の色がピンクであったことから)」を作成しました。この計画は教育コースの概要、カリキュラム、必要人員、資器材に至る詳細なもので「ブラウン・ブック」と併せて53年の2次防案の作成時まで航空防衛力整備に大きな影響を及ぼしたとされています。

 また、54年3月に日米相互防衛援助協定(MDA協定)が結ばれると、顧問団は米国から供与する装備品の運用能力を付与する任務を持つ第6024訓練群へと発展的に改編されました。この他にも訓練全般を効率的に推進するための協力体制も整えられるなど、極東米空軍ならびに米空軍からの全面的支援を受けながら空自創設のプロセスは進むことになりました。                   (以下次号)

  (自衛隊家族会運営委員 荒木 淳一)


 

航空自衛隊発足の歩み(その3)

この記事は、公益法人自衛隊家族会の防衛情報紙「おやばと」6月号のシリーズ特集記事「自衛隊発足の歩み」に投稿した記事を転載したものです。

3 防衛庁航空自衛隊の発足

 1954年7月1日、航空自衛隊が新に創設されました。

 東京・深川越中島において、木村篤太郎防衛庁長官以下の防衛庁関係者、米軍事顧問団長等の列席の下、航空幕僚監部の開庁式が行われ、航空自衛隊の門出を祝いました。しかし、創設のための各種準備は思うようには進んでおらず、式に参加した隊員の大部分は空自の制服が間に合わず、陸・海の制服だったそうです。

 空自創設と同時に編成された部隊は、予め操縦教育開始に備えて準備が進められていた臨時松島派遣隊(基本操縦教育)のみで、その後9月までに操縦学校(浜松)、幹部学校(防府)、整備学校(浜松)、通信学校(浜松)、第一航空教育隊(小月)と教育関連部隊が次々と新編されました。

 60年度末を目途に約7年で33個飛行隊を擁する近代空軍を建設するという高い目標を掲げての出発でした。

 しかし、自ら出来ることは旧陸海軍航空関係者の人材確保のみで、基地は米軍からの返還を期待、航空機は米軍からの供与を期待、教育も米軍に期待と、「独立空軍建設の意気に燃えながら徒手空拳の発足」であったと当時の関係者は述懐しています。 それでも、米空軍と陸上自衛隊の積極的な協力支援を受け、「兎も角、一応の体制を作り上げる」ことを目標に、部隊建設が急ピッチで進められました。創設から3年半後の57年度末には、定員2万3千人弱、839機(戦闘機266機を含む)を擁する体制へと発展しました。

(1)航空機分属問題の決着

 空自創設にあたり、以前から結論を得られなかった「航空機の分属」問題が再燃しました。先の大戦の教訓から「航空自衛力は独立戦力として建設し、一元運用することが日本の自衛上、又経済的な軍備の見地からも絶対必要である」としていたにもかかわらず、実際に三自衛隊が編成される直前になり、陸・海自衛隊が共に航空機の分属を希望したことから議論が再燃したのです。

 制度調査委員会における検討においても、統合論、分属論共にそれぞれ一長一短ありとして結論は先送りされていた問題でした。 防衛庁発足直後から大きな議論となり、航空部隊を統合幕僚会議議長に直属することも検討されるなど意見調整は難航しましたが、1954年8月に、「航空機の分属等に関する長官指示」が発出され決着しました。それは「自衛隊における航空機の分属問題は、航空自衛隊が主導的立場を持つものの、陸は連絡機及びヘリコプター、海は対潜哨戒機及びヘリコプターを保有する」というものでした。

(2)空自の創設期の課題:「産みの苦しみ」

 分属問題以外の課題は、使用基地の決定・取得、そして要員の確保と養成でした。

 旧陸軍飛行学校跡地で使用可能な滑走路もあった浜松では、1953年から既に保安隊航空学校の操縦教育が開始されていました。しかし、その他の旧陸海軍の飛行場の大半は米軍管理下にあり、返還申請から始めなければなりませんでした。米顧問団のルペリー大佐、ブラウン少佐と準備室メンバーが各飛行場を視察し、6つの基地(防府、水戸、松島、美保、焼津、立川)の返還及び使用許可を求めました。

 最初に共同使用が認められたのが、松島基地であり、空自創設と同時に臨時松島派遣隊を編成することが出来ました。しかしその他の基地については、返還時期の見通しが立たず、部隊配置計画の確定が遅れたり、多くの変更が生じたため、部隊建設全体計画の遅れを招くなど、創設期に大きな影響を与えました。

 要員の確保に関しては、他の問題に比べると順調に進捗しました。当初予定の6738人の約半数は、陸・海からの転官、残りを公募により充足することが出来ました。それでも、創設時の空幕の編成(4部16課1通信所)の内、12の課長が欠員で完全充足までに5カ月を要しました。また、陸・海自と異なり母体の無かった空自は、毎年4千人から6千人の隊員を募集しなければなりませんでした。

 米空軍の積極的な協力・支援にもかかわらず要員養成は遅れがちで、特に操縦要員の養成は大幅に遅れていました。その最大の原因は操縦要員の語学力の問題と要員養成の実態を越えたペースでの部隊建設計画であったと言われています。更に、空自が各種業務を処理する上で基本となる規則類の制定が遅れていました。陸自の訓令達を準用したり、米軍の規則類を翻訳して採用していましたが、様々な矛盾や誤解を生み、部隊建設の遅れの背景となりました。

(3)航空大事故の続発と源田検閲による再出発

 空自は、部隊建設を急ピッチで進める中で、1956年~57年にかけて航空大事故が連続して発生するという厳しい試練に直面しました。56年の大事故は11件(ジェット機4件)で25人もの隊員を失いました。当時の米空軍の大事故発生率の約2倍にも及んでいました。その様な中、57年5月、第2航空団で機動展開中の墜落事故が発生し、部内外に大きな衝撃を与えました。この時、第2航空団は、予てからの計画に基づき、浜松基地から千歳基地に移駐するため、F―86F10機、T―332機の先遣隊を空中機動させました。しかし、悪天候により千歳付近でF―86F2機が墜落、1人が殉職、代替基地へ目的地を変更した機もあり、千歳に到着したのはF―86F4機、T―331機でした。

 これに追い打ちをかけて同年6月までの1カ月間に大事故7件が連続して発生し、殉職者5人、重軽傷者各1人という深刻な事態となりました。このため、佐薙航空幕僚長は、57年6月21日、空幕副長の源田実空将を検閲官とする全飛行部隊に対する飛行安全にかかわる検閲及び指導(所謂「源田検閲」)を命じました。

 この検閲では、事故多発の根本原因として、部隊建設のペースと要員養成や後方態勢の実態との間に、大きな不均衡が生じていたことが指摘され、中央が措置すべきと勧告された項目は579件にも及びました。当初の部隊建設計画は、実行の過程で多くの計画変更や遅れが生じたにも拘らず、十分な検討、修正が行われないまま性急に計画を追求したことが、根本原因とされたのです。そしてその成果は、次年度の航空事故の大幅な減少となって現れました。 

 この源田検閲は、航空事故防止を当面の目標としつつ空自の部隊建設事業の仕切り直しと再出発を意味するものとなりました。

(4)「独り立ち」に向けた基盤の整備

 空自はこの「産みの苦しみ」ともいえる苦難に満ちた創設期を乗り越えて、当時、米空軍が行っていた我が国周辺における対領空侵犯措置のための警戒監視や警戒待機等の任務を引き継ぐことを通じて、「独り立ち」を果たしていきました。

 この際、ジェット戦闘機の操縦要員の養成は、困難の連続でした。旧陸海軍の操縦経験者を集めた技量回復課程(R課程)であっても、淘汰率が当初20%を超えていました。1957年の段階でも、R課程30%以上、新人課程は50%を超える淘汰率であり、部隊建設に大きな遅れをもたらす要因の一つでした。

 また要撃管制に関しては、全く経験したことの無い任務であり、米空軍の教育を白紙的に受け入れると共に、各レーダーサイトで実任務を行う米空軍のクルーの中で実務訓練(OJT)を受けることになりました。しかし、英語による意思疎通の苦労のみならず、米側の受け入れ態勢が十分に整っていなかったため、北海道や離島においては、天幕宿営、運搬食、米軍の厚生施設の使用は出来ない等、大変厳しいものでした。しかし、各隊員の旺盛な意欲と工夫によって何とかOJTの計画は進み、米軍から任務を引き継げるようになったのでした。

 航空自衛隊が米空軍から任務を引き継ぎ、対領空侵犯措置を始めたのは58年です。2年後には全国24カ所のレーダーサイトの移管を全て完了し、全国で対領空侵犯措置のための警戒待機を開始しました。そして61年度には、3個航空方面隊からなる航空総隊の体制を整備し、偵察航空隊も編成、第1回空自総合演習を実施するまでになりました。

 更に、作戦支援機能を担当する管制、気象、航空救難、航空輸送の各部隊も、概ね61年度までに運用基盤を概成させました。

 後方部門でも、60年度末には後の補給統制処の前身である資材統制隊が編成され、整備・補給部門の基盤も概成。教育部門でも、59年に、飛行教育集団、翌年に術科教育本部が編成されるなど教育体制も概ね整備されたのでした。

 このように空自は、創設期の苦難を組織一丸となって乗り越え、将来に向けた飛躍の基盤を築くことが出来たのです。

(自衛隊家族会運営委員荒木淳一)



変わらぬ原点と安全文化の確立・継承 (平成28年10月:荒木淳一)

この記事は、航空安全管理隊が編集、航空幕僚監部が発行している「飛行と安全」No.〇〇から再掲載したものです。

1 はじめに

 この度、「飛行と安全」に寄稿する二度目の機会を得た。本誌は、常に身近にあって、職責や立場に応じた様々な気付きを与えてくれる機関誌であり、若手操縦者の時代から現在に至るまで大いに活用させて貰っている。果たして自分の拙稿が読者の役に立つかどうかは甚だ疑問ではあるが、恩返しのつもりで思いつくままに述べてみたいと思う。

 前回寄稿したのは、平成22年に第7航空団司令を拝命している時であり、「常に原点に立ち返って、ππ(こつこつ)*と」というタイトルで、自らの考える戦闘航空団における安全の原点と部隊長として着意していることについて述べた。今回の寄稿に当たり、諸先輩の貴重な考えや想いが書かれたコピーを読み返す時に、改めて拙稿を振り返る機会を得たことから概要について再度紹介してみたい。*「ππ(こつこつ)」:絶えず努める様、一心不乱な様

 次に、空自における安全に係る文化について考えてみたい。最近、空自における安全に係る文化を確立し、根付かせることが重要であるとの指摘をたびたび耳にする。組織論において、ある組織の文化とは、組織の構成員に共有される信念や知識を指すのだという。果たして、空自において安全に関する信念や知識が広く航空自衛隊員に共用されているのか否か、つまり安全に係る文化が確立していると言えるのだろうか。個人的には、空自は創設以来、宿命ともいえる航空大事故を絶無のするための取り組みを通じて、安全に係る制度や体制が整えられ、安全に係る各種の活動や取り組みが組織的に行われていることを考えると、安全に係る文化は存在するように感じる。しかし、空自を取り巻く環境が激的に変化する時代となり、環境の変化への適合が求められる中で、安全に係る文化の発展、継承を適切に行う為にも、そのことについて今一度じっくり考える必要があるのではないだろうか。従って、組織における知識創造にかかる理論をまとめた野中郁次郎氏の「知識創造企業」(東洋経済出版社、1996年3月)を参考に若干の考察を加えてみたい。何らかの参考になれば幸いである。

2 変わらない原点


 前回の寄稿文は、第7航空団司令を拝命して暫く経ってから書いたものである。改めて読み返してみるとやや気恥ずかしいほどの気負いがある。久しぶりの部隊勤務であり、かつ初めての指揮官職ということもあったのかもしれない。しかし、そのようなトーンになった原因は、部隊の現場における安全にかかる取り組みの中で感じた違和感、危機感であったように思う。それは、日々の隊務運営や練成訓練において、飛行、地上、服務を問わず事故を防止することが目的となり、事故がない状態が維持されることを評価するかのような雰囲気を感じたからである。団の安全会議等における発表内容に所々首を傾げざるを得ない点があっても、誰も指摘しない様子に漠然とした不安感を抱いたことがある。又、飛行訓練の現場において飛行安全の確保が至上命題のごとく強調され、決められた手順、ROE、シラバスに従って淡々と訓練をこなすことに専念しているように感じられた。リスクをしっかり認識したうえで、最悪の場合の腹案を持ちながら段階的により実戦的訓練を作為しようとする意識が薄いことに少なからず驚かされたことを憶えている。

 従って、改めて戦闘航空団における安全の原点を振り返る意味で、更なる精強化の追求と安全確保の吻合が極めて重要であることを強調した。そして、偶然なのか、必然なのか、判然としない無事故の状態を良しとするのではなく、リスク管理を適切に行いながら如何に精強化が図られたか、各レベルにおける指揮、統率が適切になされているか等を併せて評価すべきと述べた。その上で、部隊長として着意すべきは、1)隊員一人一人のプロフェッショナル意識、当事者意識の振作、2)編成単位部隊長の活用であると自らの考えを述べている。安全という切り口から、隊務運営や練成訓練等を見たときに、ややもするとその切り口に囚われて本質を見失う危険性があり、「常に原点に立ち返る」ことを肝に銘じなければという想いであった。

 その想いは、今も変わらず常に心の中にある。しかし、方面隊等の指揮官として戦闘機部隊だけではなく、様々な機能を有する多様な部隊を指揮する立場になると、より幅広い観点から部隊指揮を行わなければならず、部隊特性に応じて隊務運営や練成訓練の監督指導を行う必要がある。隷下の編制部隊長を介しての間接的な指導、監督となり、ややまどろっこしさを感じるが、内容に応じて指揮系統、監理監察系統、准曹士先任系統を使い分けるよう着意している。

 南混団は幸いにして全ての直轄部隊長が同じ那覇基地内に所在することから、日々のコミュニケーションのみならず一堂に会しての認識の共有が容易であり、その恩恵を最大限活かすよう努力している。一段と厳しさを増す南西域の状況下にあって、泣き言一つ言わず黙々としかし明るく前向きに任務完遂に努めると同時に、各種事業や更なる精強化に励んでいる南混団の部隊、隊員に例えようのない愛おしさを感じる。だからこそ、大切な仲間である隊員を一人も失わない、装備品も失ってはならないとの想いは益々強くなっている。未だに「人事を尽くして天命を待つ」との心境に至らず、自省自戒することばかりであるが、改めて「ππ(こつこつ)」と隊務運営、責務の完遂に邁進したいと考えている。

3 安全にかかる文化の確立と継承


 空自における安全に対する取り組みは、航空大事故やその他の事故で職に殉じられた諸先輩方の尊い犠牲の上に、事故処理や再発防止に取り組んだ方々の涙と汗の結晶とともに積み重ねられてきた、その蓄積は、諸外国空軍が参考にと大いなる関心を寄せられるまでに発展してきている。事故防止に掛かる各種活動、事故発生後の原因の分析、再発防止検討にかかる検討、各レベル・特技に応じた教育要領等については、CRM(Crew Resource Management)やHF(Human Factors)といった一般社会でも使われている手法を取り入れながら、制度化が図かられ空自内では当たり前のように実行されてきている。ある意味で、安全にかかる文化が空自の中に確立されつつあるとも言える。しかし、空自を取り巻く環境は大きく変化しており、その変化に何を適合化させ、何を継承するのかを考えるうえで、改めて空自における安全に係る文化について考えてみたい。

 経営・組織理論の世界では、組織文化は構成員によって共有された信念と知識であると考えられている。ユニークな企業文化を持つ企業がイノベーションを成し遂げ、優良企業として発展していると言われる。空自における安全に係る文化は、安全に係る知識(信念も知識の一部)であると捉えるならば、野中氏の著書「知識創造企業」で提示されている知識創造の理論は、我々に数多くの示唆を与えてくれるはずである。

 野中氏は、トヨタや日産を含めた国際的に活躍する日本企業が成功している根本要因は、「組織的知識創造」つまり、新しい知識を作り出し組織全体に広め、製品やサービスあるいは業務システムに具体化する組織全体の能力であると主張している。そして組織が創り出す知識に着目し、「形式知」(文章、数学的表現、技術仕様、マニュアル等にみられる形式言語によって表わすことが可能な知識)と「暗黙知」(個人の経験に根ざす知識で、信念、ものの見方、価値システムといった無形の要素を含む知識)という二種類の知識が相互作用するダイナミズムが知識創造の鍵であるとしている。そして、そもそも知識を所有し処理する主体は個人であるが、個人と組織が知識を通して相互に作用し、個人、グループ、組織の三つのレベルで知識の創造が起こるとしている。空自内で共有された安全に係る知識が「形式知」と「暗黙知」の二つの形態をとり、その二つの相互作用によって新たな知識が創造され、組織内で共有されているならば、安全に係る文化が確立しているとも言えるのだろう。

 「形式知」と「暗黙知」の相互作用には、共同化(個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造)、表出化(暗黙知から形式知を創造)、連結化(個別の形式知から体系的な形式知を創造)、内面化(形式知から暗黙知を創造)という4つのモードが存在するという。

 共同化は、経験を共有することにより暗黙知を獲得することであるとされる。安全にかかる失敗談、ヒヤリハットの経験談、のみならず部隊の指揮・統御の在り方、指揮官、幕僚としての心構え等々、先輩から経験談、失敗談として「口伝え」で聞くことは暗黙知の共同化であると言える。

 表出化とは、体験や追体験を経て獲得した暗黙知を言語を用いて表現することである。つまり、個人の信念や知識を具体的に文書に書き表したり、普遍的な原理・原則として整理・表現することである。「飛行と安全」に投稿されている諸先輩が自らの体験を通じて得た考え方や信念、更には安全に係る教範等に書かれている内容は、暗黙知が形式知に表出化したものだと言える。

 連結化とは、異なる形式知と形式知を組み合わせたり、整理・統合して組み替えたりすることによって新たな知識を作り出すことである。後方部門におけるM-Shellモデルによる事故原因の分析や再発防止策の検討、運用部門におけるCRM(Crew Resource Management)手法やHF(Human Factors)手法の安全活動への応用等は、部外の社会科学的手法が空自内の活動に応用され、空自内において普通の活動として定着していることは、ある意味で知識が連結化されたのである。

 内面化とは、形式知を暗黙知へと昇華させるプロセスであり、書類やマニュアル、手記や体験談等の文書に言語化された知識を実際の行動や実体験によって学習、追体験し自らの暗黙知にすることである。部隊において安全教育等の場で得た知識を、現場の隊務運営の中で活用し、実践することにより、その知識が当たり前のこととして慣習化されていくことは、内面化の作用であり、ごく普通に身近で行われている。

 この4つの相互作用は、個人を主体に行われるものの、主に表出化、つまり暗黙知を形式知にすることで他者と共有され、増幅され、スパイラル的に組織としての知識に昇華してゆくとされる。つまり、個人の暗黙知が表出化、連結化を通じて、組織としての知識に変換される、つまり組織の文化が確立されるのである。空自における安全に係る知識は、長年にわたる安全に係る様々な取り組みを通じて、「形式知」と「暗黙知」の形態を取りながら、4つの相互作用(共有化、表出化、連結化、内面化)が行われ、現状にまで確立、定着してきていると言える。しかし、より確たるものとして安全に係る文化を確立し継承するためには、組織における知識創造の鍵と指摘されている表出化と連結化、個人と組織間のスパイラル的作用に着意する必要がある。つまり、個々人の経験談、経験から得られた信念等を文書化するのみならず、指揮運用等の原理・原則や空自ドクトリン等との関係を整理し連結化することによって、より普遍的な知識として整理され、認識の共有や組織の隅々までの浸透を容易にするのである。

 安全は目的ではなく、部隊の任務をより効率的、効果的に完遂するために行う部隊の指揮・統御の結果であり、航空戦力運用の思想的準拠である空自ドクトリンや指揮・運用綱要等の他の形式知との連結をはかることで、より適切な安全に係る知識が創造され、理解され、浸透してゆくのである。更に個人と組織の相互作用を更に強化することが、安全文化の確立に寄与すると思われる。

 私自身も部隊長として、自らの経験、想いを日々の隊務運営の中で体現し、実行していくプロセスを通じて、幕僚、部下指揮官、隊員に想いを伝えたい。又、将来を託せる後輩に「口伝え」で伝える努力を今後とも継続していくつもりである。同時に、安全に係る文化を確立、継承するために、安全に係る知識の表出化、連結化を更に促進する組織的努力、取り組みが個人の努力と並行して行われることが重要である。又、個人の安全に係る知識を明確に確立することが、どの部分を時代の変化に適合させ、どの部分を継承してゆくのかという判断を容易にし、空自における貴重な安全にかかわる文化を適切に継承することにも繋がると考える。

4 終わりに


 二度目の寄稿でもあり、思いつくままに安全に係る想いを綴ってみた。まず、前回の寄稿を読み返して、自らの原点を思い起こした。「常に原点に立ち返り「ππ(こつこつ)」と」為すべきことをやり尽くすという覚悟と更なる精強化の追求と安全の吻合を実現することによってのみ、指揮官としての責務を完遂することが出来るという想いを再確認できた。そして、空自における安全にかかわる文化について考えてみた。取り巻く環境が一層厳しくなる時代にあって、空自が変化への適合を図りながら更なる精強化を実現し、国防の任を全うするためには、創設以来築き上げてきた安全に係る文化を再度しっかりと確立することが不可欠であり、組織における知識創造の理論を参考にすると、空自の誇るべき安全に係る知識を表出化、連結化させること並びに個人と組織が共に取り組み、個人の知識と組織の知識をダイナミックに作用させることが肝要であると感じた。

 空自の安全に係る文化の一翼を担う「飛行と安全」への寄稿が、私自身に又、新たな気づきを与えてくれたことに感謝するとともに、空自の安全にかかる文化の確立、継承を願ってやまない。勿論、そのために「常に原点に立ち返って「ππ(こつこつ)」と」自ら為すべきことを精一杯尽くす所存である。

続々・安全意識の根底(平成28年4月:福江広明)

 この記事は、航空安全管理隊が編集、航空幕僚監部が発行している「飛行と安全」No.715から再掲載したものです。

1 指揮統率上、安全に募る思い

 前回寄稿した本誌(2013年6月号)の巻頭言では、「安全とは、生命という尊厳の確保であり、死生と密接に関わる極めて重要な課題。この解決に当たっては、自らの安全意識の根底に確固たる死生観が定着していることこそが肝心」と、初回(2009年3月号)の『安全意識の根底』における総括的な持論から書き出した。

 
 そして、隊員の安全意識を組織理念化すべきとの願いをかけ、「安全文化を育む着実な歩みの先に、空自の永続と発展が見えてくるのだと確信している」と結んだ。

 
 これら2つの巻頭言をもって、過去の私事に基づく哀惜の極みを職務上の安全意識に絡ませ綴ることにより、指揮と安全の相関等について完結させた、つもりだった。


  昨冬、現職を拝命。今日に至るまで間、現場隊員に直接的に訴える機会を捉え、各種事故防止のための意識や価値観の持ち方等について、従前の様々な経験を踏まえ訓示してきた。こうした現場進出の行為は、これまでの安全に対する自分自身の認識をさらに深める絶好の場ともなった。


 今回は、まず近年における私が執る指揮のスタイルに影響を及ぼしている、疾病経験から得た個人的な死生観を明らかにする。次に、先述の安全に関する自己主張を客観的に見詰めるため、先人の教示等に照らし合わせ、指揮統率にあたって定着させるべき安全にかかる理念の探求に努める。



2 身命を賭す覚悟

 西部航空方面隊司令官以降の職においては、着任の辞の度に「身命を賭す覚悟(あるいは決意)」という文句を意図的に盛り込んだ。文字通り、命を賭けるほどの意気をもって、補職の重責を果たし任務を完遂することを指す。これには、自身の特別な思いがある。


 航空幕僚監部装備部長職の時代に癌を発症。身体の異変に気づいたのは、東日本大震災の発災から間もない時だった。痛みを伴うものではなかったため、医務室に足を運んだのは被災地の民生に改善・回復の兆しが見え始めた頃。発災から5か月が経過していた。精密検査の結果、病巣の摘出手術を選択。その後半年以上にわたる抗癌治療に心身が苛まれることになったが、幸い再発なく体調は良好である。ただ、以後死生を強く意識するようになった。


 当時を振り返ると、死の可能性と向き合う恐怖心を、定年退職まで何とか現役自衛官を全うしたいとの願望で、拭い払おうと葛藤した。おかげで、単なる生への執着ではなく、職業倫理に結びついた固有の死生観を自覚できたように思う。療養中、この大病を私事の災いと認識し、指揮の観点で殊更の口外は好ましくないものと避けた。


 しかし、同様な状況に苦悩する隊員が少なからずいること等に鑑み、自殺防止、安全遵守、服務規律という題目の中で自らの体験談を積極的に発言し、指揮官としての隊務運営にかける意気込みを伝えるよう心境は変化していった。

 

3 先人に学ぶ

 安全意識の持ち様は死生観に固く結びつけられるべきものと、私は定義している。平素から、自分、家族、同僚等といった生命の在るところには、必ず不安全要因が存在するからである。特に自衛隊員はその職務上、死傷の危険性と隣り合わせにある。だからこそ、安全と死生は決して切り離せない、指揮官が考え抜かねばならない、極めて重要な課題ではないだろうか。

 
 前大戦の経験者である長嶺秀雄氏は、著書『戦場 学んだこと、伝えたいこと』で次のように記述している。「戦場における兵隊さん(*原文のまま)の主な関心事については、英国のウェーベル元帥によれば、第1に食事、衣服、宿舎、病院など、一身上の快適に関することであり、第2に勝利と生存を可能ならしめることである」。この一文を含む著者の論調に対する私の理解は次のとおり。


 指揮官に関する信頼は、先の第1の要件が満たされた、すなわち服務に安んじる条件が整った段階で得られる。その上で、部下は自己保身の域を超えて部隊に帰属する心を高揚することができる。こうした信頼関係と帰属意識が相俟って、ひいては部隊が有事に勝利し部下の生存が確保される。


 近代戦においても、この戦場心理としても変わるものではない。したがって、現代の我々自衛隊員にとっても、有事平時を問わず実任務、演習・訓練、日々の業務を行う上で、指揮統率を為す中で、一身上の快適と安全をおざなりにしてはならない。

 

4 部下が安んじて服するが指揮

 前項においては、先人が個人として書き下ろした図書の記述内容を通じて、私なりの学びを説いた。以下は、空自が発刊した資料についてである。なお、引用は字数の関係から一部のみとした次第。


 私が幹候校に入校した昭和56年に配布された資料『山の辺の道』(発刊は昭和51年12月)には安全に関する項目が多い。中でも第26項の「指揮即安全」では、「任務を積極果敢に遂行するうちに安全を確保することが、指揮官たる者の最大の責任であり、部下に対する責任がある」と記載。また、「部下の安全を確保しようとする行動の根底をなすものは、愛情以外の何ものでもなく、統御を支えるのもまた然り」と第27項「統御即安全」が続く。


 この資料を読み返して、改めての気づきが2つ。ひとつは、安全に関する私の捉え方は、35年前、奈良の地において教え諭された賜であったこと。もう一つは、指揮官にとって、死生のみならず慈愛、すなわち人(部下)・物(装備)を慈しむ心がいかにも大切なのだということである。


 多くの先人はもとより我々現役も、安全についてその意義をかみしめ、各種施策を創り出し、各種の教訓を後進に教え育みする等、理想の指揮官像のあくなき追求に取り組んできた。私もまた同様に、指揮と安全の関わりについてこれまでの経験と知識から得たことをもとに、思いの丈を伝えてきた。これからも、その姿勢は変わるものではない。

 

5 指揮の集大成期を迎えて

 第20代航空幕僚長・鈴木昭雄氏が航空総隊司令官に就任された際、「…自衛官として最高レベルの指揮官であらねばならないとの重責も感じておりました。さらに、「終わりよければ、すべてよし」と、立派な統率をして…」と『軍事研究』(2015年12月号)の中で回想されている。

 
 この記事を目にしたのは、私が総隊司令官として横田基地に着任した直後だと記憶している。偉大なる大先輩と比べようもないが、心境としては同様。加えて、これまで新たな職務に就く際に必ず復唱してきた「Well begun is half done(初めよければ、半ば成し遂げたも同然)」の精神をもって、着任当初から思う存分の指揮統率の実行に励みたい。驕らず、昂ぶらず、歴代司令官に後れをとることなく、邁進していきたい。


 今後とも、総隊隷下の部隊を率いていく中にあって、平素から部下隊員が安んじて任務に精励しうるよう「任務遂行上の快適性」に対する最大配慮に努めるとともに、死生を賭けて有事に身を投ずることになったとしても、部下隊員の生存、そして航空作戦遂行にあたっての組織的勝利を追求することを、片時も忘れずに現職を勤め上げる所存である。

続・安全意識の根底(平成25年6月:福江広明)

 この記事は、航空安全管理隊が編集、航空幕僚監部が発行している「飛行と安全」No.681から再掲載したものです。

1 安全意識の更なる定着化に向けて

 前回、本誌に巻頭言として寄稿したのは、4年前。当時は第2航空団司令の職にあって、特に航空事故の未然防止に日々心を砕いていた。幸いだったのは安全に対する部下隊員の関心が固かったこと。2005年9月対戦闘機戦闘訓練実施中、F-15が空中接触し大事故になりかねなかった事故の教訓が受け継がれ活かされていた。人的過誤の事故事例を基に、同種事故の再発防止を目的とした活発な議論が今でも思い出される。 

 
 前回は団及び基地内の安全気運を更に高める好機と捉えた。題材は長男の不慮の事故と教訓。「安全とは、生命という尊厳の確保であり、死生と密接に関わる極めて重要な課題。この解決に当たっては、自らの安全意識の根底に確固たる死生観が定着していることこそが肝心」と説いた。それが『安全意識の根底』(2009年3月号)での主張である。

 
 2010年夏、航空幕僚監部装備部長の職を拝命。在任期間中にF-15機外タンクの破裂・落下事故が生起。それ以降も様々な事故が連続発生し、航空自衛隊(以下「空自」という。)は組織を挙げて装備品等の不具合防止に取り組むことになった。この職務を通じ、空自全体を視野にいれた安全施策について、当面の具体的な対処措置のみならず多角的な検討と、これを踏まえた中長期的事業化を図った。安全管理体制に関する組織的な整備を効果的に推進する上で大きな糧になった。

 
 そして方面隊司令官となった今、現場指揮官の立場で改めて安全について考える。安全に対する自らの意識を問い直し、組織における安全意識の更なる定着化に向けて自らが為すべきことと、組織への提言をまとめた。まずは前回書ききれなかった自省から始めたい。

 

2 試練、再び

 長男の最後を看取った5年後、待望の男子出生。しかし次男は腎臓や心臓に疾患を抱えていた。このため、「手術を行うにしても体力的に耐えられないことから、数年は成長を見守る」とする病院側の方針に従った。掛かり付けは出産時から国立の総合病院。少しでも容体に異常があれば病院側と相談するよう心がけていた。しばらく入退院を繰り返したが、自宅で家族とともに生活ができるところまで病状は回復した。

 
 年の瀬間近になり次男は風邪を引いたらしく発熱、幾度目かの入院となった。大晦日、病状は悪化。明けて新たな年を迎えた元旦の早朝、息を引き取った。その日は晴天で風のない穏やかな中、私は一人で病院を出て官舎を目指し、ふらつくように歩いたことだけを鮮明に覚えている。

 
 後日、妻から聞いた話では「担当医が解熱のために特定の医療品を処方。しかし熱は下がらず。それどころか投与する度に体力が消耗し生気が失われた状態になっていった」という。家族の期待と裏腹に次男は衰弱。同一医薬品の使用を繰り返すだけの納得のいかない状況の挙句、再び我が子を失う。

 
 生まれつきの障害及び体力・体質について医療上の考慮はなされたのかとの疑問が残った。高熱発症だけで診て漫然とマニュアルに沿った判断をしたのではないか。刻々と変わる容体の変化に見落としや気づきはなかったのか。しかし、あの時は「医師がマニュアルを遵守し執った措置の結果だ」と自らに言い聞かせるのが精一杯だった。マニュアルの否定など考えもしなかった。今では説明責任を問うべきだったとの後悔が付きまとう。

 

3 特定のマニュアルに依存しない改善の意欲

 その後マニュアルにまつわる息子の件を忘れていたところ、最近になって職務の上でマニュアル運用・整備のあり方について考えさせられることになった。

 
 前及び現職において、主に防衛関連企業の現場を実見する機会が幾度かあった。企業は安全管理の体制を確保しながら、厳しい経営競争における生き残りをかけ、より高い作業効率と品質管理を常に追求する。その多くの現場では、業種・経営規模によって形態等は異なるものの、一般的に分業化が図られている。


 従業員は分業ラインごとの明確な役割分担の下、割り当てられた業務をマニュアルに従って、均一かつ確実に作業を行う技能を要求される。このため企業は従業員に対して知識、技能等の教育訓練を行うとともに、必要に応じ関連資格を取得させている。

 
 また、企業は、こうしたマニュアル遵守のための体制を維持すると同時に、QCサークル、TPM活動(*)等を通じてマニュアルの随時更新を含む多種多様な改善活動を推進している。これは規定のマニュアルのみに依存しない体質を身につけ、経営上の費用対効果を高めるとともに、リスク管理の観点から想定外の不具合要員を発見、排除するのに役立っている。


 マニュアル遵守の精神とマニュアル非依存型の改善意欲を強く求めているのが企業の実情である。これら両面を保持する姿勢を貫く企業が優良企業としてこれまで存続し、これからも発展していくのだろう。

(*)TPM活動:Total Productive Maintenanceの略で日本プラントメンテナンス協会が運営する全員参加型の小集団改善活動。3000社を超える国内企業が参加。自学研鑽型のQCサークル活動とは性質的に異なる。



4 安全の意識高揚は現場から

 ここでは最近の空自内で発生した事故等を振り返るとともに、マニュアル運用に関わる企業の現状を空自組織に照らし、安全の意識高揚の資を得る。


 一昨年、冒頭に記載したF-15機外タンク関連事故をはじめ飛行及び地上の各種事故等が発生した。重大事故につながるおそれのある状況に鑑み、全部隊長等に対して装備品の不具合発生の未然防止に関する通達が発簡されたほどである。


 しかし、翌年も同種事故等は断続的に発生した。西部航空方面隊においては航空機関連では、海外訓練参加機の燃料タンクの誤投棄等が発生した。

 
 こうした不具合事案を含む事故等の多くは、人的過誤に起因している。関係する隊員がマニュアルに忠実でありさえすれば回避できたはずである。したがって、現場部隊では①実務訓練の強化による装備品等に係る理論及び手順の理解促進、②ヒューマン・ファクターズに係る教育の拡充、③作業品質管理制度の最大活用を重点に安全教育の徹底を図ることとしている。

 
 では、人的要因が原因とみなされない事故等の未然防止について現場部隊で為すべきは何か。この場合、まずは空自の各部隊に浸透しつつあるQCサークル活動の普及及び拡大が考えられ、その本格的な大会化が持ち望まれる。以前、部外のQCサークル指導者から「空自隊員は、QCサークルを適応する業務範囲の拡大に努める姿勢、活動成果をマニュアルに準拠した形で職場に活かす意欲、そして何よりも既存のマニュアルにしがみつかない体質を持ち得ている」との評価を得たこともあり、その効果が期待できる。

 
 次の段階では、企業が近年積極的に取り組んでいるTPM活動の導入に着手し、全隊員が自己研鑽の範疇ではなく職務の一環として改善活動に精励することを提言する。現場の組織的な改善活動を通じて安全意識が高揚し、空自全体における安全文化の育成に弾みがつくのではないだろうか。

 

5 安全は組織の理念、その万全は使命

 前回は冒頭の主張に至る過程で、私自身の決して忘れられない体験から「生命は尊くも儚きもの」という哀惜の念が意識の根底に定着していることを認識した。続の今回、想念は確信に変わった。人はいかなる時も安全すなわち生存に関心を怠ってはならず、自らが安全の意識を疎かにすれば他人や組織自体をも危険にさらす羽目になる。これが指揮統率上の強い信念になっていることにも気がついた。

 
 また、厳しい人的・予算的制約の中で事故を回避しつつ効率的な各種作業を実施するために、空自の現場部隊は企業の現状に鑑み、マニュアル遵守の精神を培うことと、マニュアル非依存型の体質改善を会得することの両面を更に追求することが極めて重要であると強調した。こうした体制・体質の追求に当たっては、隊員一人ひとりが安全を健全な隊務運営のために必要不可欠かつ不変の価値観、すなわち理念として持つべきとも考える。

 
 方面隊司令官としての立場で、今年2月『西部航空方面隊の将来展望』という伺い文書を作成。その中の「組織理念」に、方面隊の存続の観点から「作戦体質の維持と戦力保全の意識高揚」を項目のひとつとして挙げた。安全を戦力保全の範疇で捉え、西部航空方面隊所属隊員に対する安全意識の定着化をねらいとしている。ぜひ全ての隊員が銘記することを願って止まない。


 安全が組織理念として各人の意識に定着した上で、与えられた職務を遂行していくことができれば、隊員・装備・組織を問わず事故のない万全の態勢が実現でき、ひいては国家及び国民の安全を保つという空自の使命を達成することにつながるのではないだろうか。安全文化を育む着実な歩みの先に、空自の永続と発展が見えてくるのだと確信している。

常に原点に立ち返って兀兀(こつこつ)と (平成22年7月:荒木淳一)

この記事は、航空安全管理隊が編集、航空幕僚監部が発行している「飛行と安全」No.〇〇から再掲載したものです。

*「兀兀(こつこつ)」:一心不乱な様、絶えず努める様

1 はじめに

 昨年の春からの部隊勤務にあたり、健康のため朝の散歩を始めた。散歩コースには、480年の歴史を持つ小さな神社があり、通るたびに手を合わせている。心に浮かべる願い事は、家族の健康と幸せといった個人的な願いに加えて、部隊の更なる精強化や飛行安全等々、部隊長としての願いなど様々である。着任以来一年が過ぎ、最近ではこだわりを持って「部隊の更なる精強化、飛行・地上安全、家族の健康と幸せ」を想いながら手を合わせている。鎮守の神様に対してお願いするという姿勢から、自らの取り組み、努力について自問自答しながら念ずるようになってきた。これらの変化を自ら振り返ると、部隊着任にあたり掲げた隊務運営方針である「原点に返れ」が大きく関わっていると感じる。この方針は、久しぶりに第一線の戦闘航空団の、しかも指揮官として勤務するに当たり、部隊長の責務を全うするため自らに課した言葉でもある。今般、「飛行と安全」に寄稿する機会を得たので、自ら掲げた隊務運営方針に基づいて、安全について最近考えていることを若干述べたい。

2 戦闘航空団における安全の原点


(1)更なる精強化の追求と安全確保の吻合

 航空事故、特に人命を失うような大事故が部内、部外に及ぼす影響は極めて甚大であり、部隊が被る形而上、形而下のインパクトは計り知れない。被害状況の如何、特に国民の生命・財産に与えた被害の程度によっては、メディアの反応は事実に基づいた客観的なものではなく、一方的かつ感情的なものとなりやすい。その結果として、空自の存在意義そのものを否定するような社会的、政治的雰囲気が醸成される傾向にあることは、過去の例からも明らかである。一旦失った国民、政治からの信頼を回復するのは容易ではなく、結果として任務遂行に多大な影響を及ぼすこととなる。更に、現場部隊においても、事故調査、報道対応、再発防止策の策定、隊員や家族の精神的ケア等々、事故処理にかかる時間と労力は極めて大きく、部隊を事故以前の状態に戻すには長い年月と忍耐力が必要となる。従って、そのような航空事故を未然に防止し、安全を確保すべき事は当然であり、飛行関連部隊の指揮官の重大な責務である。
 一方で、空における唯一の武力集団として、国防を担うという重大な使命を考えるとき、与えられた任務の完遂とそれを可能とするよう部隊の更なる精強化を図ることも、又、部隊指揮官の原点とも言える責務である。部隊指揮官として、与えられた任務遂行のために部隊指揮を適切にする努力を尽くした結果として、安全な状態が確保できることが望ましく、事故防止と任務遂行の吻合を図られなければならない。空自は、過去の航空事故の教訓を踏まえながら、各種の再発防止策を講じるとともに、CRM(Crew Resource Management)を始めとする社会科学的な安全管理手法を導入し、組織的に事故防止に取り組んできた。年々、航空大事故の件数は減少してきており、ある意味、安全管理の組織文化が確立されつつある。
 一方、軍隊が典型的な官僚組織であることとR.K.マートンが指摘する「官僚制の逆機能」と呼ばれる負の影響を念頭におかなければならない。つまり、官僚組織においては、既存の手順、要領を所与の前例として無条件に維持し、それを遵守することが絶対化される傾向にある。つまり、事故防止の活動が徹底され、安全確保の文化が定着すればするほど、安全確保が目的化し、部隊が追求すべき原点である任務遂行と更なる精強化という目標が見失われる可能性があることを忘れてはならないのである。より実戦に近い飛行訓練には危険がつきものであり、リスク管理を適切に行いながら紙一重のところで技を磨かねばならない。リスク管理の為に定めた要領や手順、訓練規定等の背景や意味を常に考えながら、実戦的訓練を追求する意識、姿勢を維持し、その為の準備を怠らないようにしなければ、戦技能力の向上による精強化と飛行訓練における安全も確保できないのである。

 

(2)部隊における安全の評価


 部隊における安全を如何に評価するかは極めて難しい問題である。航空事故、業務事故、体育事故、服務事故等々、ある一定期間事故がないことが一つの評価基準であり、部隊を褒賞することが制度化されている。一定期間事故がないと言うことは、部隊隊員や関係者の努力の積み重ねの結果であるとも言えるが、その状態を維持できていることが必然なのか、偶然なのか誰にも判らないのが実態である。安全確保への努力に、時間的な区切りが無く、またその幅と深さにもここまでやれば万全という基準はないと言われる所以でもある。
 空自の大事故は、約80%が創設後の20年間に発生しており、残り20%が最近の30年に生起している。これは、安全管理手法にかかる知識、考え方の普及・徹底が、事故防止に一定の効果を挙げた結果であるが、それが十分であったか否かは誰にも判らない。従って、個人と組織が事故防止と更なる精強化の努力を不断に継続するしかないのである。部隊指揮官として、組織として為すべき事を全て尽くした後、天命を待つ心境になれれば、結果として発生した事故に一喜一憂することはないのであるが、なかなかその心境には至れないのが現実である。事故の防止が部隊の目的ではなく、任務の遂行と更なる精強化が部隊の原点であるならば、結果として事故が発生していない状態が維持されていることを評価するのではなく、その間における任務遂行の度合い、或いは精強化の進展の度合いを併せて部隊を評価しなければならないのではないかと考える。事故防止のためのリスク管理において安全係数を不必要に多く掛けていなかったか、リスク回避のため消極的かつ非実戦的な訓練の為の訓練になっていなかったか、事故発生後の再発防止策においても「角を矯めて牛を殺す」施策となっていなかったか、そしてなにより部隊の精強化は図れていたかを問わなければならないのである。平成11年からの連続大事故以降、平成17年のMU-2事故を除き、人命を失う航空大事故が生起していない。このことは大変喜ばしいことであり、空自全体の組織的努力と各級指揮官の継続的な努力の賜であろうが、この状態に満足してはならないのである。事故防止の為のあらゆる組織的努力を継続しつつも、部隊の精強化への努力が阻害されていないか、任務遂行のための態勢を確立できているのかと言った原点に立ち返った評価も同時に踏まえておかなければならないと考える。

3 部隊長として着意していること


(1)プロ意識と当事者意識の振作


 部隊における事故防止の鍵は、事故防止の重要性を理解させると同時に、隊員一人一人のプロ意識と当事者意識を振作することであると考えている。我々は、空における唯一の武力集団の一員として、一般国民より更に高い規範性と遵法精神や国防の為に自己犠牲を厭わない使命感、更に高い科学技術に立脚したエアパワーを運用する為に必要な専門的な知識や技能、そしてそれらを基に戦いを制するという軍事のプロとしての能力が求められている。このような軍事の、そして専門特技分野におけるプロとしての能力を身に付けるためには、自らの職務の使命を自覚し、自ら為した行動の結果の全てに責任を負うという覚悟を持つというプロフェッショナルとしての認識を持つことが重要である。又、常に頂点を目指して技を極める熱意と努力を継続できる強い意志を持つこともプロ意識の要件である。部隊における事故防止は、隊員一人一人の基本動作の徹底や組織的な相互補完のための常続不断の活動によって可能であることから、隊員一人一人にプロフェッショナルとしての意識を振作することが不可欠である。自らの専門特技において技を極めようとする意志がなければ、事故防止の要諦である基本動作の徹底は不可能である。何故なら、基本動作の愚直なまでの徹底はプロフェッショナルとしての最初の一歩であり、基本の積み重ねによる技術の向上無しに更なる精強化も事故防止もあり得ないのである。

 プロ意識と同時に隊員一人一人が当事者意識を持つことも事故防止には重要である。人は自分が集団の中の一人、つまり「One of them」であると認識した瞬間から、関心、責任感、モチベーションが低下する傾向にある。更に、自分が直接関わっていないことについては、当事者意識を持って真剣に考えることができない。当事者意識を持たずに、自ら責任を取るという自覚と覚悟は生まれない。各種機能が有機的に活動して初めて組織力が発揮できる「掛け算」の組織である空自、戦闘航空団にあって、隊員一人一人の能力発揮が、組織全体の能力発揮に直結することから、当事者意識は不可欠である。同様に、飛行安全に拘わらずあらゆる分野の安全を確保は、隊員一人一人が事故に直接/間接に拘わらず関与する当事者であり、自らが自分の立場、期待される役割を踏まえ、為すべき事は何かを考え、状況の判断やリスク管理を行って適切に行動することによって初めて事故を未然に回避できるのである。将棋の羽生名人は、「24時間、365日プロであり続けること。プロであることを常に意識の片隅に置き続けること」がプロフェッショナルの要件であると述べている。安全確保のためにも更なる精強化のためにも示唆に富む言葉であり、隊員一人一人にこのような意識を持たせられるよう努力しているところである。

(2)編成単位部隊長の活用


 編成単位部隊長(以下「編単隊長」という。)が隊務運営や組織活動の中核であり原動力であると言わる。編成単位部隊にあって初めて内訓上に基本任務が付与されており、その職責に応じた権限として、人事権や命令を発する権限が付与されている。部隊を編成する最小の単位部隊の指揮官である編単隊長が、隊務運営の一つの基本であることは明らかであり、各機能が適切に発揮されて初めて組織全体としての能力が発揮されることから、まさに隊務運営の中核である。
 事故を未然に防止するためには、「生き物」と呼ばれる部隊の状況を的確に掌握することによって、事故の兆候を未然に察知し、部隊の特性に応じた時宜を失することなく適切に対処をしなければならない。部隊の雰囲気や疲労度、個々の隊員の性格、能力等を的確に掌握できるのは、現場に最も近い編単隊長であり、部隊の任務上、組織編成上、人員構成上の各種の特性に応じた適切な処置を考えられるのも編単隊長である。「指揮即安全」と言われ、常続不断の指揮活動を通して安全を確保し、責任を持って編単隊の任務を遂行するのは、指揮官たる編単隊長であり、安全確保のための核心であるとも言える。先に述べた隊員個々のプロフェッショナル意識と当事者意識の振作ができるのも、隊員に直接接し、感化、教導できる編単隊長である。従って、編単隊長自身が、部隊の安全、精強化を直接担っていることを自覚させるとともに、各編単隊の特性、現状に応じた事故防止施策を企画、実行すること、その為の中核として努力を継続することを指導している。同時に、自らも編単隊長の活用法について、創意工夫しているか、そのための努力は十分であるかについても、常に自省自戒している。    


4 最後に


 「原点に帰れ」を掲げ、充実した部隊勤務を楽しみながら約1年半が過ぎようとしている。最近では、意識的に「部隊の更なる精強化、飛行安全・地上安全、家族の健康等」の順で神前に手を合わせている。空における戦いのプロとして、任務遂行、更なる精強化を追求しつつ、事故防止を図るという部隊長としての責務を果たすために一層精進しなければならないと感じている。常に原点を振り返りつつ、部隊活動の核心である編単隊長を活用し、隊員一人一人に軍事のプロとしての意識と当事者意識を持たせることにより一層意を用いていきたいと考えている。
 「精強化と安全に王道なし」と言われる。常に原点を忘れずに部隊指揮官として為すべき事を「兀兀(こつこつ)」と行うしかないのである。その意味するところは、安全の確保や更なる精強化のための努力に終わりやこれで良いという幅や深さがないという現実を踏まえ、「兀兀(こつこつ)」=「一心不乱な様、絶えず努める様」で為すべき事を為すという意味で考えている。事故防止や更なる精強化において、結果を「兀兀(こつこつ)」=「着実な様」で求めることは不可能であることを認識しているからである。何時の日か、「人事を尽くして天命を待つ」といった心境で鎮守の神に手を合わせてみたいものである。

安全意識の根底(平成21年3月:福江広明)

 この記事は、航空安全管理隊が編集、航空幕僚監部が発行している「飛行と安全」No.630から再掲載したものです。


1 生命は尊くも、儚きもの
 1991年1月14日、長男はある総合病院の集中治療室で息を引き取った。3日後、湾岸戦争が勃発。私があの世界中が驚愕した事態を理解し、イラク上空に向けて発射される無数の曳光弾の映像を眼にしたのは、開戦から随分と日が経ってからだ。

 当時、市ヶ谷の指揮幕僚課程に入校中だった私は、前日(13日)も日曜日ながら夜更けまで官舎で戦史課題に悪戦苦闘していた。昼間、春を思わせる陽気に誘われて官舎近辺で時間を忘れ息子と二人で戯れたせいだ。次の日の早朝、私は息子を抱きかかえ介抱している妻に起こされた。

 それ以降のわずか半日の出来事が、私自身の心の奥底に安全意識や危機管理意識として根付き、今日に至っている。

 安全とは、究極のところ生命の尊厳を確保することだ。我々の組織存立の意義には、崇高な使命である国民の安全確保や隊員の生存といった事象が含まれる。
 しかし、生命なるものは内・外部から及ぶ様々な危害に脆い。

 また、これらの危害は時を指定しない。そもそも生命は儚い。だからこそ、自衛隊員である我々は、人一倍の安全意識を常に有していなければならない。隊員個々に信念ともいえるほどの安全意識、危機管理意識の定着化が必要なのである。

 
 以下は、冒頭に記載した個人的体験を改めて思い返すことによって、私の安全意識の根底にある決して忘れることのない安全管理上の強い戒めなどをまとめたものである。


2 事故発生の見極めに躊躇せず
 その日の早朝、私はぐったりとして動かない息子を一見して、「季節柄の風邪を引かせたかな」と反省した。しかし熱はない。この時、私は息子の状況から「とにかく近くの病院が開院したら、受診させよう」と判断した。

 妻は反対した。母性として息子に通常の病気とは異なる変化が生じていることを感じていたのかもしれない。そこで妻が連絡した最寄りの小児科病院に私達は向かった。病院に到着後、息子の様態は急変した。

 私自身が最も悔やみきれないのは、息子の異変を眼前にしながら、また妻の機転を受けながらも、「救急車出動の緊急要請」をすみやかにとるという判断と行動ができなかったことである。

 今になってみれば、「大したことではないはずだ」「騒ぐことほどでもないだろう」「私が傍にいるから大丈夫」といった、何とも独り善がりで自信過剰的な判断が私の意識の中にはあったのだと思う。


 指揮幕僚課程を修了した以降、私は勤務上のいかなる配置に付いても、安全管理のみならず各種事態の対処にあっては、常に最悪の状況を念頭に置き判断及び決心することとしている。
 事故発生のおそれがわずかでもあるならば、事態の重大さを見極めることに躊躇することなく、まずは考え得る限りのアクションを起こすことが私の信条となっている。

 一般的に、事故、事件、緊急事態(以下「事故等」)が発生した際の報告において正確性及び迅速性を欠くのは言うに及ばず。速報の段階では、事故等の重大性・緊迫度を把握するに当たり困難を伴う場合が多いのが実状であろう。
 まして重大な事故等の発生にかかわる予兆を正しく察知し、至短時間の中で適正に判断して最善の措置を講ずることは至難なことだ。

 したがって、事故等の発生に直面あるいはその予兆を感知したと判断するならば、常に最悪の事態を予測しての最適対処の方法を選択し、これをすみやかに実行すべきである。
 仮に事故等の発生当初に執った対処策が大仰であったとしても、状況掌握が進む中で是正措置を講ずれば大きな問題ではないはずだ。むしろ、事態に直面しているにもかかわらず、遅疑逡巡して人命を失うという事態こそあってはならない。


3 平素から態勢及び装備に万全に期す

 開業医は、息子が呼吸不全の状態に陥ったために救急車を自治体に要請した。考えもしなかった深刻な事態に私は冷静さを欠いていたらしく、この時の医師や妻との会話を全く思い出せない。

 この後の記憶があるのは、総合病院に向かう救急車に同乗している中での理解し難い状況からだ。救急隊員の準備する人工呼吸器に何らかの手違いがあったようだ。自ら救急車に同乗していたその開業医は、いち早くその医療機器の不備を知ると、すぐさま息子の心配機能の蘇生に努めた。

 愕然となった。当時の救急自動車の標準仕様については知る由もない。しかし、患者の年齢、性別、様態に関わりなく緊急搬送に努めるべき専用車両の呼吸・循環管理用資器材に過誤があろうとは。


 平素からの態勢確保や関係装備の点検整備が、如何に重要であるかをこれほど思い知らされたことはない。組織や個人の不注意や点検ミスが取返しのつかない事態をまねく。
 事故等への対処に当たる組織にとって、特に人命にかかわる場合、概ね良好の態勢は許されない。こうした組織に属する者は、対処の要領及び装備において万に一つも手抜かりをしてはならない。


 自衛隊は、有事はもちろんのこと平時にあっても想定される緊急事態等へ適応するために態勢及び装備は常に要求どおりに機能しなければならない。想定外の事態が生じた場合でも、最善の対処措置を講ずるだけの実力を有しておくべきである。


 私は、幸いにして現職に付いて以来、人命救助を伴う事故等の発生に直面していない。しかしながら、対処のみならず予防及び抑止の観点からも、態勢及び装備に関する常備不断の精神を忘れることはない。

 

4 状況の変化に最適対処を繰り出す

 救急車は指定の総合病院を目指していた。依然として、息子は自発呼吸が困難な状態にあった。住宅街を抜け国道に入ってしばらくすると救急車が減速し始めた。ラッシュアワーだ。完全に渋滞に填まってしまったらしい。
 この間、救急隊員が無線で代替病院や迂回路の調整を行っていたのかは記憶にない。全く為す術がない。無力感に苛まれながら時間だけが刻一刻と過ぎていく。通常ならば20分とかからない所なのに1時間以上が経過し、目的の病院に到着したのだった。


 渋滞に阻まれなければ息子の命を救うことができたのか。わからない。しかし、こうした膠着状態に陥って身動きの取れなくなることの予測は可能であったはずだ。その予測のもと、救急の組織力をもってすれば最悪の状態を回避できたのではないか。渋滞に巻き込まれた状態からでも、脱出する手段はあったのではないだろうか。

 

 事故等への措置については、平素からあらゆる観点をもって予測、分析し、ひとつでも多くの手段・対策を見出し確保しておくことが肝要である。生命を救うことにおいて、執念と手段等に対する飽くなき追求は必要不可欠である。

 事故等の対処には一刻も猶予すべき時間はない。我々の組織にあっても、こうした事態に当たっては、新たな情報入手の都度あるいは状況の変化の都度、最適の対策等を打ち出していかねばならない。当然のことながら、実動人員と使用し得る装備は十分に考慮した上である。

 たとえ、これまで経験したことのない緊急事態への対処を余儀なくされた場合でも、狼狽えることなく沈着冷静に事態打開のための次善策を繰り出すだけの実行力を養っておきたい。
 そのためには、平素から身の回りに起きるさまざまな不測の事故・事件、緊急を要する各種の事態の解決に真摯に取り組む姿勢が特に大切ではないだろうか。

 

 5 最後に

 今更のように医療体制の不備や緊急医療従事者の責任を問うたり、批難したりすることを目的に寄書したのでは決してない。
 また、これまで私の記憶の奥底に留め、思い出すことがさほどなかったこともあり、思い込みの部分もあるだろう。

 しかし、明らかなのは、私の安全意識の根底には決して忘れることのない経験が存在すること。
 そのさらなる深淵に安全管理や緊急事態対処にかかわる発言及び行動の根源となる哀惜の念が定着しているのは、紛れもない事実だ。

 息子を失った直後は、しばらくの間「肉親の命させ救えぬ者が部下隊員、ましてや国民の生命を守れるはずもなし」と塞ぎ込む時期もあった。
 しかし、上司、同期生等、空自関係者の精神的支えにより、先の心のわだかまりはいつしか払拭、無力感は責任感に、そして自虐心は安全保障の志に転化できた。

 そして今は空自幹部の一人として、任務に邁進しつつ、国民及び部下隊員の生存のために信頼度のより高い指導力を身につけるよう日々努力している。

 安全は、死生の問題と密接不可分であるだけに極めて重要な課題である。
 したがって、この課題の解決に当たっては、自らの安全意識の根底に死生観が定着していることが重要であり、
 また、このことにより不安全要素を意識の根本から絶つことが可能になるのではないだろうか。


 起床後の黙祷。何年も続けている私の日課である。これにより、飛行・地上の両安全に対する意識を新たにしたり、加護が得られるような気になる。


 戦闘航空団の指揮官として勤務する現在も、事故の未然防止という観点から「平素の態勢及び装備に抜かりはないか」、事故への対処という観点から「事故発生の見極めに躊躇しない」「状況に応じて最適対処を繰り出せ」と機会あるごとに自らに言い聞かせることにしている。


 さて、貴方の安全意識の根底には、果たして何が存在するのだろうか。一度じっくりと考えてみては如何か。

幹部学校長の抱負『スマートパワーの源泉を目指して』(平成25年11月:尾上定正)

 この記事は、航空自衛隊連合幹部会機関誌「翼」No.101(平成25年11月鷹狩号)から転載したものです。

はじめに

 8月22日付をもって第44代目の航空自衛隊幹部学校長を拝命しました。
 本誌読者の多くが目黒基地の幹部普通課程等を履修された、もしくはこれからされると思います。私は、目黒基地での入校も勤務も経験がなく、このたび念願かなって、初めての目黒勤務となりました。
 私が指揮幕僚課程を履修したのは、幹部学校がまだ市ケ谷基地に所在する時期であり、その後は米国への留学のため、高級課程等への入校は無かったからです。そのような経歴もあり、幹部学校で後輩幹部の教育や航空戦略の研究に自分の知見を活用したいと考えていました。
 おりしも、幹部学校は来年、創設60周年、目黒移転後20周年の節目を迎えます。そのような時期に学校長に就任できたのも運命的なものを感じます。
 本稿では、幹部学校について紹介しつつ、学校長としての抱負を述べたい
と思います。

学校長室の扁額「制空」


 学校長室には写真の「制空」という立派な額【本額は、元内閣総理大臣 海軍大将 鈴木貫太郎氏が終戦直前の昭和20年8月4日、中央航空研究所(内閣の管理下、三鷹に所在)を視察された際、当時研究所長をされていた元海軍中将 花島孝ー氏の所望に応じ、進んで揮竃されたものである。なお、本額、その後花島氏が所蔵されたが、昭和38年2月本校の航空兵器課程の講師として来校された際、本校に寄贈されたものである】が掛けてあり、上記の説明がついています。学校棟2階のエレベーターホールには本額のレプリカが展示してあるので、ご覧になった人も多いと思います。
 戦局を決定的に左右したミッドウェー作戦に言及するまでもなく、「空を制するものが戦を制する」という強い思いを、私はこの鈴木海軍大将の筆跡から感じます。
 航空自衛隊の使命を突き詰めると、「制空」 の二文字になるのではないでしょうか。幹部学校に相応しい宝として、日々、使命の原点を見る思いでい
ます。
 
学校綱領

 「制空」 の横にはかなり慎ましやかに、学校綱領が掲げられています。この綱領は、幹部学校の使命を踏まえて、学校職員及び学生が共通して目指すべき教育・研究の理念及び理念達成のための指針を明らかにする目的で、平成12年8月に決定されました。
 その解
説には、航空自衛隊の中・上級の指揮官・幕僚として必要な知識・技能を習得させるための教育訓練及び大部隊の運用等に関する調査研究を行うという幹部学校の使命(自衛隊法施行令第35条)を「航空戦略・戦術の教育・研究を極める」に集約し、「航空自衛隊の明日を拓く」で、学校の諸活動における叡智結集の方向性と将来に向けての決意を示した、とあります。 
 この理
念を達成するための行動指針が、「明智、正義、勇気」です。防衛大学校出身幹部には、学生綱領の「廉恥、真勇、礼節」を想起させますが、簡潔な一文に幹部学校の使命が凝縮されていて、とても航空自衛隊らしいと私は思います。
 「制空」という航空自衛隊の使命、「航空戦略・戦術の教育‘研究を極める」という幹部学校の使命は、極めて簡潔明瞭です。有事即応を旨とする航空自衛隊は、シンプルを美徳とします。デカルトの”A clear and distinct idea is true”の精神、あるいは、有名なDNA二重らせん構造の解明というノーベル賞論文がたった1ページである事実、また、「E=mC2」や「eiπ+1=0」に表現される真理などに共通する価値を、私はこの結晶化された使命に感じます。装飾を削ぎ落として本質を追究する精神と言い換えてもよいかもしれません。
 私は、幹部学校に継承されるこの良き精神を基礎に、「航空自衛隊の明日を拓く」ための教育と研究を追求していきたいと考えています。

学校長勤務の土台

 私は、1996年から2年間、ハーバード大学ケネディ大学院に留学させてもらいました。当時、「文明の衝突」という論文で世界的な論争を巻き起こしたサミュエル・ハンチントン教授、「決定の本質」というキューバ危機を分析した名著の著者グラハム・アリソン教授、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」 のエズラ・ボーゲル教授などの講義やセミナーを受講した記憶があります。
 その時のディーン(学院長)が
安全保障の専門家であり、ソフトパワー/スマートパワーの提唱者、ジョセフ・ナイ教授です。この留学時の水準の高い知的訓練によって、私の思考回路はかなり幅が広がり、論理的になったのではないかと思います。
 私は、更に2001年から1年間、ワシントンDcの米国防大学NWCで学ばせてもらいました。アメリカの国家安全保障・軍事戦略を教育する最高学府の講義やセミナーは、非常に現実的かつ実務的でした。
 特に、9・11同
時多発テロが発生した後は、国防大学全体がシンクタンク化し、米国安全保障戦略の新たなパラダイム(枠組み)を、教官も学生も真剣に議論していました。この経験は、学術的な安全保障の理論を現実の政策や戦略に転換するための実務的な能力を高めてくれたと思います。
 その後、航空幕僚監部防衛班長、人事計画課長、統合幕僚監部報道官、防衛計画部長等の幕僚職、第8航空団基地業務群司令、第2航空団司令の指揮官職等を経験し、ある程度「知識を能力に転化」 できたのではないかと思います。このような土台の上に、学校長という重責に臨んだところです。

学校長着任の辞:
スマートパワーの源泉

 着任にあたり、私は以下のような訓
示をしました(抜粋)。
 
 空自の中核となる指揮官・幕僚を
育成し、かつ空自の任務遂行に必要な最適の部隊運用方策を案出し発信することが、学校長以下全職員に付与された責務である。
 この責務を果
たすため、私は、諸官一人一人に、それぞれの持ち場で、スマートパワーの源泉となって頂きたい。スマートパワーとは、部隊を戦略的に運用し、最も効果的に国益を確保するノウハウであり、我が国を取り巻く内外の現情勢を踏まえると、既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想で、複雑かつ複合的な状況にいかに適切に対応できるか、即ち、どの程度のスマートパワーであるかが決定的に重要である。
(中略)私は、諸官ととも
に大いに議論し、学生の教育と調査研究を通じ、幹部学校をスマートパワーの源泉と成し、航空自衛隊の精強化に貢献したいと考えている。

 我が国の安全保障環境は厳しく、自衛隊に求められる役割は拡大、多様化しています。尖閣諸島や北朝鮮の問題は、平時と危機の境界を暖昧にし、いわゆるグレーゾーンにおける政府全体の適切な対応が重要になっています。
 また、技術の進歩は、無人機やサイバーなど今までに経験のない状況での対応を待ったなしで求めています。このような傾向は今後も継続し、一層深刻の度を増すと思います。
 このような将
来に備えるには、ナイ教授のいう「スマートパワー」 の強化が必要であると私は思います。
 ナイ教授は、米国が冷戦後の複雑な国際関係においても大国であり続けるためには軍事力(ハードパワー)のみならず、理念や価値観・文化などのソフトパワーが重要であり、これらを適切に組み合わせたスマートパワーを行使する必要があると主張しました。
 日
本が直面する様々な課題を克服し、将来にわたって平和と繁栄を確保するためには、我が国もスマートパワーの強化が必要です。日本のソフトパワーは、先進民主主義諸国と共有する基本的な価値観に加え、東日本大震災で世界から称賛された国民性や魅力的な伝統と文化など、米国に勝るとも劣らないと思います。
 ハードパワーたる自衛隊は、
厳しい予算や定員の制約のため伸び悩み続けていますが、一流の装備と練度を備えており、今後の適切な防衛力整備によって、精強な存在としてその役割を果たすことは可能だと思います。
 自衛隊のソフトパワー、例えば隊員の高いモラル(士気)や規律正しさ、部隊の即応態勢や統合運用などの無形の戦力も誇りにできるレベルです。我が国は、ハードパワーの行使に関しては、「専守防衛」や「集団的自衛権の不行使」等の政策によって、 一定の制限の範囲で行使するという選択をしています。
 その補完として日米安全保障条約を締結していますが、「同盟国は助けてはくれるが、運命を共にしてはくれない」というド・ゴール将軍の警句も忘れてはなりません。日本としてどのような形のスマートパワーを目指すのか、今問われていると思います。

 安倍総理の「スマートパワー」
戦略?

 本年9月の自衛隊高級幹部会同にお
いて安倍総理は、「現実を直視した、我が国の安全保障政策の立て直しを進め」、「国家安全保障会議を創設し」、「国家安全保障戦略を策定し」、「防衛計画の大綱も見直し」、「自衛隊の能力向上に取り組む」と訓示されました。
 10月
には、日米安全保障協議委員会(2プラス2)が開催され、「米国は日本政府のこのような取り組みを歓迎し」、「日米防衛協力の指針(ガイドライン)を来年末までに見直す」という共同声明を出しています。地球儀外交と称される積極的な外国訪問等と併せると、まさに日本のスマートパワーの戦略的行使と強化が進められていると私は思います。
 航空自衛隊も、益々拡大・多様化する役割を適切に果たすため、統合運用を基本とする将来の戦い方や危機の拡大抑止の方策を研究し、体制を整え、教育訓練に精励し、任務を完遂できる部隊を育成しなければなりません。幹部学校はこのような方向に沿った研究と教育を実現する、すなわち、航空自衛隊のスマートパワーの源泉となるべしというのが私の抱負です。

幹部学校の現状と課題

 幹部学校は、24年度実績で年間517
名の学生を教育し、これまでに、延べ2万1千名を超える卒業生を送り出してきました。教育課程も時代とともに変遷し、現在は、幹部高級課程(AWC)、幹部特別課程(AOC)、指揮幕僚課程(CSC)、幹部普通課程(SOC)及び上級事務官等講習(CAC)の5コースを設定しています。
 歴代学校長をはじめとする諸先輩方の努力で、教育内容も様々な改善が行われています。CS学生の国際感覚と英語力を磨くための多国間セミナーも、第13回目を実施し、大きな成果を挙げました。
 部隊の中核となる幹部自衛官の教育は、「明智、正義、勇気」を柱とする全人格の陶冶と将来の航空自衛隊の任務完遂に必要な様々な能力の修得を目指さなければなりません。そのためには、「不易流行」 の理念を参考に、変えてはならない 「不易」と変えなければならない 「流行」を見極め、改善や改革を続けることが必要です。例えば、我々航空自衛官のバイブル的教範である「指揮運用綱要」は、昭和46年に制定以来一度も改正されていません。
 その理由は、時代を超えた普遍性
を持つ内容、即ち「不易」 の部分が大半を占める優れた教範であるからですが、一方、記述の前提を含め、大きく変化した環境や技術など「流行」を反映できていないことも事実です。学校長としては、学校綱領を自ら体現する覚悟で、学校職員とともに、時代の要請に適応した教育体制の構築を目指していきます。
 幹部学校の使命のもうーつの柱である研究については、これまで「航空自衛隊のドクトリンに関する研究」などの成果を挙げてきました。航空自衛隊は、幹部学校の研究機能の質を高め、部隊運用により密着した研究成果を発信することを目標に、26年度、幹部学校研究部を航空研究センター(仮称)に新編する計画です。私は、先頭に立ってこの事業を推進したいと思います。

おわりに

 創設60周年を迎える幹部学校の使
命や課題について紹介しつつ、学校長としての抱負を述べてきました。拙文を参考に、これから入校される幹部は修学の志を立て、既に卒業された方は修学時の初心・所信を思い出して頂ければ幸いです。
 また、教育や研究はど
こで勤務していても、どのような立場の役職であっても、幹部自衛官として果たすべき役割だと思います。基地での幹部教育や自学研鎗の成果の「鵬友」への投稿など、自らのスマートパワーを高める努力を、全ての幹部に期待します。

苦笑の宝箱(平成28年3月:福江広明)

 この記事は、航空自衛隊連合幹部会機関誌「翼」No.108(平成28年3月東風号)から転載したものです。


 今年5月下旬、伊勢志摩サミットが三重県で開催予定である。サミットは、主要国首脳等が世界経済や地域情勢等、国際社会が直面する課題について討議等を行う会議の場とされている。


 日本では過去5回開催。このうち平成12年に九州・沖縄が、平成20年には北海道洞爺湖が主催地となり、それらの開催支援に職務上、関わった経験がある。


 九州・沖縄サミットの時は、空幕運用課(現在は運用支援課に改編)の運用1班総括として勤務。開催直前に異動になったものの、1年余りの準備段階において東京及び沖縄における関係省庁間の各種調整会議へ参加し、関係部署への情報共有を担当。加えて、期間中に那覇基地で3自衛隊が運用する航空機の展開調整、同基地の環境整備等について内局関係部署と連携しながら支援活動に従事したことが思い出される。


 その8年後の北海道洞爺湖サミットの際には、千歳基地司令の職に就任した直後から参加国の政府専用機等の集結場所になった千歳空港及び千歳基地において同基地の諸力をもって支援の準備と実施に当たった。特に警察、陸自部隊と密接に連携した基地警備を通じての貢献は印象深いものがある。


 さて、ここで「宝箱」の出番。それは、先述の洞爺湖サミットが無事に終了して数日後。在日米空軍武官がわざわざ私個人宛に届けてくれたものであった。

 
 そのうちの一つは、千歳空港に駐機した米国大統領専用機であるエアフォース・ワンの機体前で、タラップから降りてきたばかりのブッシュ大統領(当時)と出迎え行事の一環として私が握手している写真。もう一つは、彼曰く米国大統領夫妻から日本側出迎え関係者へのお礼の品とのこと。アメリカ合衆国の国璽が記された金色の包装紙を纏った一辺が14センチの四角い箱物だった。


 当該武官から手渡された際、中身の説明はなかったと思う。私自身、むしろ箱よりも、来日米側関係者だけが絶好のタイミングで撮影してくれた大統領との貴重な写真に感激して、包みをその場で開けるなど考えもしなかった。ただ一見してチョコ・菓子の類いだと思えたのは確かで、すぐさま冷蔵庫に保管した記憶がある。

 
 それから半月ほど経った頃。妻からサミット支援の労いを受け、箱の存在に気づき、開けてみることに。

 
 いかにも高級チョコが入っていそうな感じ。金色の表紙を丁寧にはずす。そうすると、私宛のカードと一緒に、ティファニー・カンパニーと社名が記載された水色の箱が現れた。さらに箱蓋を取る。中には布製の袋に丁寧に包まれ、大統領の紋章と共にブッシュ大統領夫妻のサインが刻印された直径10センチの銀色に輝くボックスが出現。はてさて中身はと期待を膨らませながら金属蓋を取ってみると、ただ青い布が敷かれているだけで中は空っぽ。妻と二人して大笑い。いわゆるアクセサリーケースであることがわかった瞬間だった。

 
 当然、この苦笑いの金属製の容器は、我が家の宝物として、妻が包み紙からすべてを今でも大切に保管してくれている。

 
 それにしても、『開けぬティファニーのチョコ算用』、お粗末様。

 
 このことがきっかけで、楽しみを後にとっておくという習慣を考え直した。これ以来、先入観、期待感、思い込みは回避して、しっかり確認する行為が身についたような気がする。もちろん実務でも着意は同じ。


 昨年末、光栄にも航空総隊司令官職を拝命。伊勢志摩サミットでは、これまで以上に警戒監視や各種態勢の整備等で大きな関わりを持つことになるはずである。「二度あることは三度ある」とは言い得て妙なり。巡り合わせとは言え、同じ国家行事に三度も関与できることを誇りにしながら、作戦遂行組織としての威信をかけて部下隊員と共に重責を果たす所存でいる。私が現役自衛官の立場で関わる最後のサミット。航空総隊の全力を投じて支援任務を完遂させ、満面の笑みをぜひ浮かべたい。

父の軍歴に想う(平成25年3月:福江広明)

 この記事は、航空自衛隊連合幹部会機関誌「翼」No.99(平成25年3月東風号)から転載したものです。


 手元に帝国海軍から継承された人事記録の写し(B5版)が1枚。実父の軍歴である。同記録の「入籍時」欄には、学力-中三在、職業-生徒との記載から、中学校在学中に志願したと思われる。

 
 部隊歴は次のとおり。昭和19年9月15日に第15期甲種飛行豫科練習生として鹿児島航空隊に編入。その1ヶ月半後に福岡航空隊、翌年3月には臨時第3特攻戦隊司令部、同年6月に佐世保鎮守府第14特別陸戦隊へ所轄替えとなっている。記録の最下行には昭和20年9月1日依命豫備役編入とある。ちなみに海軍飛行兵長が父の最終階級だった。


 旧軍の人事記録の存在を知ったのは、空幕補任課で栄典にかかわる業務に携わった7年前。厚生労働省の関係部署に所定の書類を提出することで、軍歴の写しを入手できることを耳にした時、父を思い出した。

 
 生前、父は軍隊時代について語ることはほとんどなかった。私が防衛大学校への入校意志を告げた際に、思い止まらせようと「考え直してはどうか」と意見したところから察するに、相当に辛い体験をしたのだろう。


 こうした思いから、無性に父の軍歴を知りたいという衝動に駆られた。戸籍、死亡届など結構な数の関係書類を揃えるまでに、時間はさほどかからなかった。記録の写しを手にした時は、わずか1年にも満たない旧軍での部隊歴がわかっただけで満足だった。その後、職務に追われる中、写しは引き出しの奥へ。

 
 戦後、父は教職に就いた。休日の宿直当番時には、小学生の私を赴任先の教員室や宿直室に連れて行ってくれた。

 
 自分の子供の世話も両立しようと考えてのことだと思う。私の通う学校と父の赴任先とは異なっていた。職員規則の関係だろう。他校の運動場やプールで一人遊びしていたのが心寂しくも懐かしい。

 私が中学に進学する頃には、父は自ら望んで養護教育の場に移った。それ以降、長崎県内の公立養護学校で教鞭を執ることになる。

 
 私の防大在学中や任官後も「ひ弱だったのが逞しくなった」と父は大変喜んでくれたが、それでも二人で自衛隊関係の事、ましてや軍歴の事などを話することはなかった。

 
 父は25年前に59歳で他界。真に学校教育を愛する人だった。葬儀の後、身辺を整理していたところ、1冊の業務手帳が出てきた。その中には「教育は草木の手入れと同じ。手をかければかけるほど、愛情を注げば注ぐほど、生き生きと応えてくれる。楽しい」というメモ書きが残されていた。父は庭いじりがとても好きな人で、私も大いに手伝われたものである。

 
 教職者として定年間際だった父の年齢に近づいてきた今、父に問うてみたいという気が一層募る。戦中のことよりも、むしろ戦後の人生について。師範学校へ通い、教職の道を目指したのは何故か。養護児童・生徒の教育に転換したきっかけは何だったのか。最後まで管理職ではなく、何故に教室の檀上に立つことを選択し続けたのか、等々。いずれにも心境の変化と決意があったはずである。

 
 また、私自身も自衛官としての現役期間が残りわずかのところまできた。近年の職務では、後進の育成を強く意識して勤務に精励。業務上の指導に当たっては、奢らず、高ぶらず、背伸びせずをモットーとしているものの、未熟の域を脱せず反省の日々が続いている。

 
 さらに今後はメンター、カウンセラー、アドバイザーという立場でも、心豊かな隊員の育成に助力していきたい。父のように愛でる楽しさという境地には達し得ないにしても、教え育てるという観点で、より良い隊務運営に貢献したい。

 
 父の未知なる人生の手がかりを得て4年が経過。私は期せずして20年ぶり2回目の九州・福岡(春日基地)勤務となった。定年退職後にと、半ばあきらめていた父の軍籍時代の足跡巡り。余暇を利用した戦跡探訪は、私の新しい趣味になるだろう。まずは福岡航空隊跡に立ち、父を想い、語りかけることから始めよう。今の職責にかかわる新たな気づきも、きっと見つけられるはず。楽しみ多き、鎮西の勤務なり。

「航空自衛隊の品質文化とその将来展望」(平成23年8月 福江広明)

2011年、当時空幕装備部長の職にあった福江広明が一般誌に投稿した記事のタタキ台を、10年ぶりに掲載してみました。
当時添付した図、表、写真等を見つけることはできませんでしたが、当時から空自による品質管理のレベルが如何に高かったかを感じ取っていただけるのではないでしょうか。

1.航空自衛隊の品質管理の歩み

 航空自衛隊(以下「空自」)が「品質管理」を重要視し始め、その定義及び方針等を初めて規則化したのは、昭和40年代半ばである。これに検討を加え、品質管理上の最上位規則として「航空自衛隊装備品等品質管理規則」を昭和51年に新たに制定し、その後度重なる改正を経て今日に至っている。


 この規則の中で、品質管理は、「装備品等の各管理段階を通じ、装備品等の品質を効果的かつ経済的に維持するため、品質基準に基づき装備品等の品質及びその品質に直接関連する作業及び検査の状況を評価確認し、発見した不具合を是正するとともに、じ後における不具合の発生を予防するための対策を講ずる一連の業務」と意義づけられている。


 こうした現行規則の制定経緯及び内容等からみて、空自は最先端技術を有する装備品等の導入及び航空安全の保持に伴い、品質管理に関して概念を確立し関連業務を充実させるとともに、そのノウハウを関連業務に従事する隊員(以下「隊員」)間で伝承し任務遂行に貢献してきている。


 では、空自には品質管理に関して組織に定着化している特有の文化があるのだろうか。また、隊員が身につけ次世代に受け継がせようとする文化は何なのだろうか。


 空自は創設から既に半世紀が経過する。当初は品質管理について米軍規格等に準ずる場合が多かったが、昭和50年代後半以降、防衛庁(防衛省の前身)の独自規格又は国際規格を使用する体制を整えてきた。この間、国内防衛産業の関連会社(以下「会社」)による品質管理に関する支援のおかげで装備品等の高い可動率を維持してきた。また、我が国安全保障環境の変化に伴い空自も国際貢献任務を果たす機会が増え、苛酷な状況下での品質管理活動が求められた。こうした中で隊員の品質管理意欲も高まりQCサークル活動の新たな展開も認められるようになった。


 これらの事象から、空自は会社等の支援を得ながら、独自の品質文化を形成していると考える。また今後とも継続発展を遂げるための隊員意識も醸成している。

 
 以下では、空自の品質文化の具体例として、①品質管理に関する空自内の教育訓練体制及び会社による支援の各体制とその連携②任務遂行に直結する品質管理活動等③品質文化を支える隊員の高い意欲を紹介する。最後に、今後空自が追究すべき品質文化を総括的に展望する。

 なお、ここでは説明の一貫性という観点から、装備品については航空機を、隊員は航空機整備員、部隊は航空機(戦闘機)の配備基地(航空団)を対象に記述する。

2.官民一体による品質管理の体制


(1)空自組織内における教育訓練体制

 隊員は、空自内の教育専門機関で行われる課程教育と現場の部隊で行われる実務訓練を両輪に育成されることになる。

 まず、隊員は教育機関の初級課程を履修した後、部隊においてマンツーマン方式でOJTによる実務訓練を行い、装備品に係る理論と手順を理解する。部隊での一定期間の実務を経験した以降、各系統の作動原理や整備管理の内容を理解するために上級の課程に進み、課程修了後上級の実務訓練を受け整備に関する業務と指導を実施できる中核要員として成長する。


 その後、部隊において実務経験を重ね、審査を得て装備品の合否を判定できる一般検査員に指定される。また、一部の隊員は品質検査員として特定部隊(整備隊)における品質管理を指導する立場になる。

 
 一方、部隊(航空団)では、整備補給群本部の品質管理班が中心となり、整備実施部門(整備隊)と連携して、装備品及び各種作業の品質を確保している。この航空団の整備は、補給処等を通じて不具合対策の実施、装備品の改善活動、技術図書の維持改善等、広範多岐にわたる分野で会社の技術力に支えられている。

(2)会社による品質管理上の支援体制

 空自は、航空防衛力を構成する装備品等の生産及び維持の多くを会社に委託しているため、会社の支援なくしては空自自体の品質文化を醸成することは難しい。会社の有する高度な技術力とその支援活動が、空自が保有する装備品等の高い可動率の維持と安全性の確保に寄与している。また、部隊から逐次提供される装備品等の各種情報に基づき、装備品の品質は日々向上している。


 会社の支援体制について細部は以下のとおりである。部隊等への窓口であるサービス部と技術的な検討を行う設計部門により、会社は支援体制を確立している。その支援内容は、日々の技術的質問等への対応から、装備品の不具合対策及び改善措置に係る提案、部隊の整備作業や調査活動のバックアップ、整備マニュアル全般の維持改善に至るまで広範多岐にわたる。


 また、装備品等の事故発生時には、会社技術員のすみやかな現地派遣により、事故や修復に係る助言を得ている。特に、航空機事故の場合には、関係航空機の飛行再開に向けた適正な措置を講ずるため、会社内に24時間の支援態勢が整備されている。


 こうした会社の迅速かつ適確な対応姿勢は、部隊等の隊員のプロ意識にも感化作用しているようである。このことから、空自の品質文化は会社と一体となって形成されており、その醸成に会社の支援体制はなくてはならない存在であると言えるのではないだろうか。


3.品質管理による任務遂行への貢献

 空自における品質管理の最大目的は、組織に付与された任務遂行に貢献することである。このことは、空自の品質文化にとって最も重要な事項であり、国家の主権保持及び国民の安全確保に直結するものだ。

 以下、品質管理活動がいかに任務遂行に関わっているかの具体例を示す。

(1)平時の任務における品質管理活動

 空自の航空機は飛行隊において管理され、使用される度毎に隊員が飛行前、飛行後等の各種点検を入念に繰り返し機体自体の品質を確認している。また、飛行隊では各々の航空機に機付長をつけて、航空機個々の整備状態を平素から把握させ、各機体の品質維持に努めている。


 平時の重要任務である対領空侵犯措置に使用する航空機については、緊急発進に確実なものとするために、他の航空機に優先して所要の整備作業を行うとともに、品質管理上のさらにきめ細かい点検を実施する。


 対領空侵犯措置に係る待機任務につく航空機の整備については、①暦日検査等の整備所要が当面発生しない航空機を選定②航空機の不具合発生時、迅速に予備機と入れ替える③期限付き技術指令書(TCTO)等が発簡された場合、予備機を最優先で点検し、健全な機体を準備、その後他のアラート機を点検といった留意点が挙げられる。


(2)国際貢献任務時における品質管理活動上の課題

 平成の時代に入り国際貢献任務に自衛隊装備品等が指向されるケースが増えた。イラク特措法に基づく空自部隊のクウェート派遣はそのさきがけであったと言える。結果として5年の派遣期間中に一度の機体の損傷や隊員の死傷者を発生させることはなく、まさに任務の完遂であった。


 しかし、派遣期間中は高温及び砂塵の苛酷な現地状況下で装備品等の品質管理は困難を極めた。派遣当初の段階では品質管理を担当する部署を欠いていたこと、現地との時差から装備品等の不具合修復に迅速性を欠いたこと等、課題山積の状態であった。


 それでも現地の諸環境に隊員が慣れていく中で、①航空機の派遣前後作業(機体改修、飛行時間確保のための計画整備、機体及びエンジン洗浄等)②現地における整備手順(エンジン運転及び停止手順における放熱又は発熱の抑制、砂塵進入防止に留意した手順の規定等)を定めたほか、現地における特別な検査項目をTOとして制定する等、品質管理上の難題を解決した。


 クウェート派遣における教訓と実績は、その後の国際貢献任務を果たす上で大いに役立つものとなっている。


4.品質管理意欲に基づく自発的活動

(1)部隊におけるQCサークルの活動等

 ここでは、部隊のQCサークル活動の現況と同活動に日々勤しむ隊員のインタビュー結果を紹介する。これらから、QCサークル活動がいかに空自の品質文化の一翼を担っているかが理解してもらえると考える。


 空自におけるQCサークル活動への取り組みは、昭和50年代後半から始められ、近年では日本科学技術連盟主催の全国大会で受賞するまで活動の成果を高めている。中でも第2航空団(北海道千歳市)は、空自におけるQCサークル活動の草分け的存在で、現在でも全国の部隊を牽引し続けている。


 今年、先の大会に進んだ部隊は、第83航空隊(那覇市)であった。同部隊にとって初めての受賞となった。こうした実績からすると、空自のQCサークル活動が全国規模で浸透し始めているのは明らかである。


 第2航空団でQCサークルを積極的に推進する隊員との意見交換でわかったことは以下のとおりである。①冷戦期の危機管理意識が部隊精強化を求める気概となり、これが品質管理の職人気質を生み伝承されている。②「指揮」「統御」といった自衛隊特有の概念と相俟って人材育成、職場活性化の促進している。③昨今では装備品等に対するQCのみならず、経理、厚生、警備等の整備補給部門以外の部署にも展開しつつある。


 また、同航空団は長きにわたり指導を賜っているQCサークル北海道支部(日本科学技術連盟)の島村氏からは、「2空団の隊員をみる限りでは、QCサークルを適応する業務範囲の拡大に努める姿勢、より創造的な改善に毎年取り組むやる気、活動成果をTOに準拠した形で職場に生かす体質、そして何よりも既存のTOにしがみつかない体質、これらから独自の品質文化を持ち得ている」との評価は、隊員にとってQCサークル、ひいては空自の品質文化を発展させていく上で大いなる励みになるものである。


(2)新たな制度である「作業品質管理」体制の構築

 作業品質管理とは、装備品等の整備業務においてヒューマンエラー(以下「エラー」)に起因するは事故等の発生を防止するため、ヒューマンファクター(以下「HF」)の考え方をとり入れた新たな品質管理活動である。


 これは、教育機関の自主的な研究等をもとに体系化、制度化しつつある空自独自の文化とも言える。ただし、自主啓発を主体したQCサークル活動とは異なり、制度化を念頭に置いて中央と現場の関係部隊等と連携して体制を構築するものである。


 そのきっかけとなったのは、1998年に。国交省が航空法施行規則等により整備士へのHFに関する教育、訓練を義務化することを資格要件と規定したのに対して、防衛省では当該規則等が適用除外となっているものの、空自としては安全施策として、これに対応していく必要があると判断したことにある。


 現在、航空機等の作業品質管理体制の構築を先行的に推進している。今後は、航空機等以外の地上装備品等に関する同体制の整備についても段階的に施策化していくこととしている。


5.空自が目指すべき品質文化

 前項までの具体例を通じて、空自の品質文化を形成する特徴的な事項を説明してきた。組織体制の観点では、先達がこれまで築き上げてきた効果的な教育訓練体制が基盤となり、会社の高度な知識と技術に基づく支援体制を不可欠であることと、隊員の観点では、品質管理の目的である任務遂行に対する意欲と不具合等に対する探究心及び創造力が旺盛であることである。


 また、空自は航空大事故の発生件数が他国の空軍種に比して極めて少ないことからも、その品質文化の成熟度は比較的高いものと言えるのではないだろうか。


 こうした現状を踏まえ、空自が今後さらなる高みを目指して独自の品質文化を繁栄させるためには次に掲げる3つの点が必要不可欠である。


 まず1点目は、予算的及び人的な制約並びに新たな装備形態等に適応した品質管制度及び組織体制の見直しである。特に、将来においても防衛予算の縮減化の傾向が予測され、維持整備経費の高騰に対応していく中で、より効率的かつ経済的な品質管理が必要となる。また2項で説明した整備補給組織の体制見直しも必定であろう。


 2点目は、有事におけて各種航空作戦を遂行するために、被害を受けた装備品等を応急的に可動させる品質管理要領等を確立する。3項で説明した国際貢献任務時の実績等をもとに、より過酷で危険度の高い環境下において装備品等の損傷部位を緊急処置し運用に供するための品質管理要領等を装備品毎に定めることが重要である。


 3点目は、会社とはもとより他自衛隊及び米軍等との間においても、より組織的な品質管理活動が促進する。2項で説明したとおり会社については、装備品等の高性能化、現有装備品等の改修及び部品枯渇対策等と現在よりも広範多岐にわたり品質管理面での充実した支援が求めていくことになる。また自衛隊の統合運用及び日米共同等の視点からは、装備の共通化もあり品質管理の統一的活動を重視すべきである。


 最後に、空自の品質文化に関わる事項を紹介したい。航空幕僚監部装備部(東京・市ヶ谷)では組織理念を定めている。その一つに「隊員個々の尊重と作戦体質の維持」を掲げている。事務運営上の指針として所属職員があまねく銘記すべき共通の価値観としたものだが、空自の品質文化が未来にわたり存続、発展し、空自の安全文化と融合しつつ空自組織全体に根ざしていくための不変の価値観であると確信している。