ASPI航空宇宙戦力研究所

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後輩に語る

「後輩に語る」シリーズ全体案内

■このシリーズについて

「後輩に語る」は、先人が職務経験を通じて後輩に伝えた言葉、教訓、ものの見方を、次の世代へ継承するためのシリーズです。

時代や勤務環境が変化しても、人を育て、組織を率い、責任ある判断を行うための基本には、変わらないものがあります。本シリーズでは、先人の言葉を当時の記録に基づいて紹介するとともに、現在の指揮・統率や人材育成にどのように生かすことができるかを考えます。


■最初に紹介する先人

本シリーズの最初の12話では、故・森田忠信氏(防衛大学校第7期)の講話を紹介します。

森田氏は、平成2年12月1日から平成4年4月1日まで、航空自衛隊幹部学校において指揮幕僚課程(CSC)の教育に携わり、第39期及び第40期の学生を指導しました。

ASPI理事・福江広明は第39期、ASPI理事長・尾上定正氏は第40期の学生として、森田氏の講話を直接聴いています。


■資料の構成

第1話から第10話は、森田氏が後輩に伝えた講話をもとに構成しています。講話の原文に加え、必要に応じて福江広明の所感を付しています。

第11話及び第12話は、令和5年末に新たに確認された森田氏直筆の配布資料等をもとに、その内容を紹介し、福江広明の所感を加えたものです。


■掲載に当たって

講話の原文については、先人の言葉と当時の時代背景を伝えるため、原則として元の表現を尊重します。

明らかな誤記や転記上の誤りは修正しますが、現在では一般的でない表現については、必要に応じて注記を付して掲載します。また、森田氏の講話と後年に付された所感が混同されないよう、見出しによって明確に区分します。


■収録内容

  • 第1話「勤務方針」
  • 第2話「本質」
  • 第3話「人生のチャンス」
  • 第4話「出処進退」
  • 第5話「状況判断」
  • 第6話「戦略と戦略的思考」
  • 第7話「戦術を学ぶ」
  • 第8話「統合と連合」
  • 第9話「日米共同と英語」
  • 第10話「ノーブレス・オブリジェ」
  • 第11話「人事の要訣」
  • 第12話「世界を見る眼」

先人の言葉を単なる過去の記録として読むのではなく、現在の自分の判断や行動に置き換えて考えていただければ幸いです。


■公開済み記事一覧

第1話「勤務方針」― 森田忠信(防大7期)

講話者:森田忠信氏(防衛大学校第7期。当時、航空自衛隊幹部学校教育部第3教官室長)

所感:福江広明(指揮幕僚課程第39期)


■第1話に想う(記 福江広明)

第1話の中で述べられている「戦機一瞬 常備不断」の方針は、CSCを卒業して以降、指揮官及び幕僚のいずれの職務に就いた際も、私自身のモットーとなるほど強いインパクトあるものであった。

CSC第39期の課程修了に伴い、全学生は森田当時課程主任から「戦機一瞬 常備不断」の8文字が記された色紙を賜った。私はこれをずっと自宅の勉強部屋に飾っていたために、随分とセピア色になってしまった。

もちろん私も部下・隷下部隊での講話に大いに活用させていただいた。おかげで防衛力整備、作戦運用に従事する者の心構えの一つとして、少しずつ身に付いていったようである。

森田忠信氏から贈られた「戦機一瞬 常備不断」の色紙

森田忠信氏から贈られた「戦機一瞬 常備不断」の色紙(画像をクリックすると拡大します)


■第1話「勤務方針」


 私のモットー、旗印、まずは勤務に当たっての諸君に示す方針は、 「戦機一
瞬、常備不断」ということである。読んで字の如く、戦いのチャンスは、一瞬の間に来たりて、また去る。この勝利のチャンスを捉え、我がものにするためには、常に怠らず不断に備えていることが肝要である。
 ただそれだけのことで
はあるが、この8文字に私自身の人生を託している言葉でもある。  茶道ではよく一期一会という。茶席に会して一服の茶を喫するこの出会いは、主にとっても、客にとっても人生只一度の出会いであり別れでもあることを念じて茶を立て、茶を飲する。この心得は、只今を無二の只今として、ひたすらに生きる心構えでもある。  戦機は不断に連続する一瞬の継続の間にある。諸君は、今CSCという課程 に学んでいる。人生の時間の長いスパンでみれば、この一年は正に須臾の間であり戦機の一瞬である。不断の備えをもって学ぶべきものを学び自らの戦略・戦術を確立する機会としてほしいという願いを込めている。
 私は前任地の空救団飛行群司令当時、隷下10個救難隊2個ヘリコプター空
輸隊の隊長の着任に当たって、1つだけ要望したことがある。隊長の勤務方針 は何かということ、その方針を着任に当たって隊員に示せということである。  隊員は、隊長の着任を心待ちしている。自分の任務、自衛隊での生活、更に家族の生活をも左右しかねない隊長である。どんな考えで、どんな指導をするつもりか、良い指揮官、頼り甲斐のある隊長であって欲しいとの願望を込めて、壇上の隊長の最初の言葉を待っている。その隊員に向かって、力強く心のこもった隊長自身の人柄のにじんだ勤務に対する心構えの一言は、隊員の心に染みるものである。  それに反して、壇上の隊長から、 「当分、前任者のとおり、私の方針は追って示す。」という訓示をうけた隊員の失望は大きい。かかる隊長が、追って示した方針などというものを、その後聞かないことの方が多い。聞いたとしても、今更という気分と、その程度のことかと言われるのが落ちである。  従って、隊長になる日、隊員の前で示すべき方針は、自ら備え温めておくべきであり、逆に、かかる旗印を持てた者が隊長になる資格があるとさえ言える。
 もう少し、この旗印にこだわりたい。 「風林火山」や「昆」の旗印は、戦国の
武将達のものである。部隊には、部隊マークがある。家にはそれぞれの家紋がある。古来、旗色を鮮明にするとは、敵味方を明らかにすることである。部下に、この旗の下で死ねという死ぬ拠り所となるのがこの旗である。 風林火山や昆は、それぞれの主将の人生観、戦略、戦術観をも含めた戦いの哲学の集約であり、彼自身の心の拠り所、部下をして帰一せしめる大義でもある。  軍や部隊には、かかる大義が必要である。この大義を与えうるものが、真に部下をして死をも辞さぬ誇りを与え得るものだということを古来の戦史が教えており、今も変わらない真実である。  そういう旗印であるから、鮮明で他と区別がつき、かつ簡潔で、その人柄と思想が見えることが望ましい。最近、私が鳥取地連部長の当時、中方総監であった竹田寛陸将の方針は、1.任務に誇りを持て。2.任務を自信を持って遂行できるだけの実力を練磨せよ。3.地域社会と共に歩め。というものであった。しみじみと、明瞭で内容のある指導方針だと思った。

第2話「本質」― 森田忠信(防大7期)

講話者:森田忠信氏(防衛大学校第7期。当時、航空自衛隊幹部学校教育部第3教官室長)

所感:福江広明(指揮幕僚課程第39期)


■第2話に想う(記 福江広明)

CS1次試験の準備段階から、「問題の所在」を明らかにすることに四苦八苦し、課程修学中にあっても教官から『本質は何なんだ』と再三詰問された。空幕勤務時、戦略・事業計画の策定や政策検討等にあたっての説明では、上司から『一枚の絵にしてみろ』『一枚紙にまとめろ』『英語に置き換えたらどうなる』等、本質を捉えきれていないが故の指摘は数知れず。

本質を把握しようと地道に経験を積み重ねてきたつもりだが、いまだに修得の実感はない。今回あらためて恩師の言葉に触れて、引き続き「何が問題かが問題だ」を常に念頭に置き、社会事象等を「より簡明」に表現できる力を培っていきたい。


■第2話「本質」

 「本質」という言葉ほど、諸君に身近な言葉はあるまい。CSCの受検勉強を始めるころから、問題の本質を把握して解答せよと指導を受け、模擬試験の答案には、朱書で本質をついていないと注意されたことがあろう。CSCに入校後は、事あるごとに、本質の追求が要求されている。これほどに重要なものにもかかわらず、本質の本質について、私自身CSCを卒業しても永らくそれを、明確に自覚したことはなかった。私の勉強不足、思慮不足もさることながら、その本質というものを具体的に解いていただいた記憶がないのも確かなことであった。

 11年程前、法律書の折り込み解説書を、忘れもしない西武線の中で読んでいるとき、所沢の近くで「本質は、自然物においてはその存在にあり、又、人造物においては、その目的に存する。」という一行に出会って、「これだ。」と心の中で叫んだのを思い出す。以来、この言葉を詮索しつづけて来た。現在までに行きついた所を諸君に伝えたい。

 第1のカテゴリーに属するものに、自然物がある。リンゴは、どこから見てもリンゴであり、その皮を剥いても、半分に切ってもリンゴである。百合の花は、聖書にもあるように、野の百合に人間は指一本の変化も与えることのできない神の遺物である。したがって、自然物はそのあるがままで本質そのものである。つまりは、神の創ったものは、その被造物自体が本質そのものなのである。しかし、ここに一つの難しい自然物がある。人である。人の存在は何かという問いの領域には、ここでは立ち入らない。それは古来、哲学・倫理・宗教の分野に属するテーマであり、私にとっても、諸君にとっても未だ未踏の世界が無限に拡がる。

 問題は、第2のカテゴリーの本質である。即ち人が造ったものの本質は、その目的に存するというテーゼである。

 形のあるものの証明は、明瞭である。自転車の本質は何かと問われれば、人が人力で走らせるために造った器械であり、たとえ車輪が一つでも、二つでも三つでも、又、2人乗り・3人乗りでも自転車は自転車である。

 しかし、人が造ったものでも、形がはっきりしないものとなるとだんだん本質が見えなくなる。例えば、自衛隊というものの本質をみよう。自衛隊の本質はその目的に存するというのが、私の提案である。自衛隊の目的は何かと問えば、諸君はすぐ自衛隊法の第3条自衛隊の任務を思い出すだろうし、それは防衛庁設置法第4条防衛庁の設置の目的をうけたもので、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つことを目的とする。」ところに本質がある。これと同様に、組織は、その規約に定める組織体設置の目的にその本質が存するのである。この辺までは、頭で理解できるが、これが、ごく身近の事となるとさらに見えなくなる。例えば、今諸君が学ぶCSCの本質は何か、何のために君はCSに入校を希望するのか、その目的は何か。などとなると答えは曖昧になるだろう。CSC入校の諸君も必ずや一度はこの問いに答える必要がある。

 本質については、一応、輪郭が掴めたとしても、さらにやっかいな社会事象の本質をつかむという問題が残る。社会事象の本質の把握の課題が私にとっては、切迫したテーマであった。11年程前というのは、私がポーランドへ防衛駐在官として赴任する前のことだったのである。ポーランドで起こっている連帯運動というものをどうとらえるかという難題であった。

 これからのポーランド情勢、世界情勢の本質を如何にとらえるかは、防衛駐在官としての正念場の課題であった。本質はその目的に存するという人造物の場合と違い、社会事象の本質の把握の方法論について、ヒントが、前に述べたパンフレットの中につづいて書かれていた。即ち学問は仮説を立てそれを検討することであるというのである。学問を本質に置き換えることができるのではないかと考えた。本質は仮定し、それを検証し、さらに再仮定するという作業のうちに見えてくるものではないか。これは、正・反・合を繰り返すスパイラル状の弁証法的発展が、社会事象の本質をとらえる道程であり、より検証された仮定が、社会事象における本質であろうと考えた。この結論は、今も変わっていない。この方法論をもってポーランドに渡った。それ以後に起こった連帯運動、戒厳令の発令等の問題をこの手段により見て来た。

 私がとった方法論のうち、一番重要だと考えるのは、如何に仮定するかである。この仮定の要訣は「一言で言うと」何かである。本質は、真実という言葉で置き換えられる。真実は、単純明快なものである。複雑怪奇なるものは真実に遠いというのが私の結論である。英語的に表現すると、「The simpler, the better」とでも言えよう。あのThe比較級、the比較級の構文である。より簡明に定義してみることである。

 社会事象の本質の把握には、トレーニングが必要である。情勢の見方については、別の機会に譲るが、トレーニングの方法としては、例え話で置き換える方法と、人間の機能でシミュレーションをしてみる方法を勧めたい。

 最後に、本質の把握の前提となる問題の所在を明確にする作業がある。古来何が問題であるかが明らかになったとき、問題は問題ではなくなると言われる。

 諸君と同じ立場にあるパリのフランス陸軍大学の門には、「何が問題かが問題だ。」と書かれていると聞いた。私もそれを確認する機会を逸したが、その意義は理解できる。諸君もこの門から入って本質の追求に当たってほしい。